通り雨

 

 

 

 

ふらふらよたよたとペンギンの様に歩く人物が向こうからやって来る。
段ボール箱を2つ重ね、その上に数冊のファイルが乗っている。
あの様子だと向こう側など見えていないだろう。
いくら何度も行き来し目を瞑ってても歩ける場所だとは言え無理がある。
誰かと正面衝突でもしたらどうするつもりだろうか。

「オイ」

見えていない事を証明する様にその人物は自分が声をかけるまで存在に気付きもしなかった。
いつもの様に本を読みながら歩いていたら確実にぶつかっていただろう。

「オルガ?何か用?」

懸命に首を伸ばしてオルガを見ようとしている少女。
オルガと同い年である彼女は整備士の
階級はこの年では出世していると言える曹長だ。

「あー…いい、いい。無理にこっちを見るな」

オルガはぐらぐらと揺れる荷物を押さえながら の隣に移動する。
そして何も言わずに上に積まれている段ボール箱とファイルを奪う様にして持ってやった。

「さーんきゅー、オルガ♪」
「…別に」

パイロットと整備士であるが故にこうしてドックへ向かう廊下ですれ違う事が度々あって、
気が付けば言葉を交わす様になっていた。
今ではすっかり友人と言える状態だ。
オルガは、話し上手で聞き上手で、
何より自分の事を根掘り葉掘り聞く様な事をしない が気に入っていた。
普段は好奇心旺盛だが、聞いて欲しい事だけを聞いてくれて聞いて欲しくない事は聞かないのだ。
過去を捨て、薬に身を委ねたなど他人に知られたいと思うワケがない。
だからこそ の人柄に惹かれた。余計な事を聞き出そうとしない に。
やがてドックへ到着した二人。
は持っていた段ボール箱を壁際に置く。それに倣ってオルガもその隣に段ボール箱を下ろした。

「どーもぉ。往復させちゃって悪いね。ありがと」

笑顔で礼を述べる

「別に大した事じゃねぇよ。それより、一度に無理に運ぼうとするなって何度言えばわかるんだよ」
「…無理だと思わなかったんだもん。まぁ、前が見えなかっただけで」
「それを無理だと言うんだ!」

べしっとデコピンを食らわせると背中を向けてドックを出て行ってしまう。
はデコピンされた額をさすりながらそれを見送った。

「ったいなぁ、もぉ〜」

ドックを出たオルガは気持ち足早に歩き始める。
僅かだが苦しい。
どうやら薬切れが近いらしい。

「そういや、そろそろ集合の時間か…」

自分と同様に薬で強化されたクロトとシャニも研究室へ向かっているか、既に到着しているだろう。
体内で生成されない物質γグリフェプタン。
依存性が強い為に一度体へ入れたら永久的に投与し続けなければならなくなる。
いくら を想ってもこんな自分では負担になるしかないと、
毎日毎日、想いは薬と共に飲み込むしかなかった。

 

 

 

 

 

バタバタと忙しなく走り回る
今日は新型三機の最終テストだ。
各部の動作テストに模擬戦に調整。整備士とパイロットは1日休む暇もない。

「オルガー!どうだった?」

先程、修正した箇所の反応はどうだったか訊ねる。

「ああ、良くなったんだけどよ。今度はこっちがなぁ…」
「えー?…誰だよ、こんな莫迦なミスしやがったのは〜」

他の整備士達はオルガに近寄りたがらない為、率先して動くのは くらいだ。
オルガとまともに会話しているのも だけ。
は内心呆れ果てている。
パイロットと話しもせずにどうやって機体を仕上げるつもりなのか、と。
そんな事を考えながらも手は動かしている。
整備士としては異例の出世を遂げているだけに の腕は確かだ。
コーディネイターよりも能力的に劣ってしまうナチュラル。
それだけに天才と言われる人種は貴重かつ重要な人材である。
もそんな一人で機械工学の博士号を持っていたりする。
因みにアズラエルのお気に入りでもある様だ。

「良し、これでOK。次はストライクダガーと模擬戦だよ。まぁ手加減してあげる事ね」
「もっと手応えあるのと戦わせろよなぁ」
「無茶言うな」

わざと据わった目をしてみせると、コクピットへオルガを蹴り入れる。
反撃を受ける前に早々にラダーに掴まって降りて行く。
シートに思い切りよく座る事になったオルガは小さく舌打ちをする。
間もなく準備が整い、模擬戦が開始された。

「…おぉい、手加減しろって言ったの聞いてなかったのー?」

思わず小声でツッコミを入れる
オルガの搭乗するカラミティは勢い良くストライクダガーに攻撃を仕掛けている。

「これで漸く完成、ですか」
「アズラエル様。いらっしゃってたんですか」

背後から聞こえた声は新型機のオブザーバーである国防産業連合の理事、ムルタ・アズラエルのもの。

「えぇ。お久しぶりですね、 。元気そうで何よりですよ」
「はい、ご無沙汰しておりました。アズラエル様もお変わりない様で」
「で、どうです?新型は」
「えぇ、どの機体も素晴らしいと思いますよ。オルガ達も乗りこなせている様ですし」

辛うじてパイロットは無事であろうと思われる沈黙したストライクダガーと、その前に佇むカラミティを見やった。

 

 

 

 

 

「お疲れ〜」
「あ?あぁ、 もな」

1日MSに乗りっぱなしで疲労の色が強いオルガ。
も疲れてはいるもののあまりそれを感じさせない。
明るい物言いのせいだろうか。
ぐったりと座り込むオルガの横に並んで座る。

「まだ片付けあんじゃねぇの?」
「私はお役免除。アズラエル様がもう休んで良いってさ」
「ああ…気に入られてるもんなー」

ニヤと笑ってみせる。

「何?その笑い」

アズラエルに気に入られておくのは非常に都合が良いが、個人的感情としては嬉しくない。
故に含みのあるオルガの笑みにムッとして睨み付ける。
ふと眉間にシワを寄せたオルガ。急に立ち上がろうとする。

「ちょっと?」

不審に思った は腕を掴んで止めた。
それで振り返ったオルガの顔は…。

「どうしたの?ちょ、オルガ!?」

額を伝う汗。
運動でかいた汗ではない。
脂汗だ。
オルガはそのままその場に崩れてしまう。

やべぇ、動けねぇ…
コイツに、 に、ンな姿見せられるかよ…!

必死にその場から逃げ去ろうとするが、苦しくてとても動けない。
口からは苦しげなうめき声が漏れる。
肩で息をするオルガ。
忙しさと疲れで薬の事を失念していた。
こんなトコでゆっくりせずに研究室へ行かなければならなかったのに。
しかし今のオルガはそんな事を考える事も出来ない。
すぐ側で声をかけてくれる の声も右から左へと素通りしていく様だ。
何か言っているのは聞こえるが何と言っているのか聞き取れない。
疲れのせいなのか。
いつもより発作が酷い。
何やら周囲に人の気配が増えた気がするが、この状態では気にするどころではない。

「オルガ、オルガ!聞こえてる?これ、飲んで。しっかりしなさいよ!!」

いつの間にか仰向けに寝かされていたオルガの口元に冷たい感触。
震える手でそれを掴むと、中の液体を喉に流し込んだ。
ぜぇぜぇと喉で呼吸をした為かそれが心地良く感じる。
次第に呼吸も落ち着き、霞んでよく見えなかった視界を取り戻す。
真っ先に映ったのは心配そうに自分を覗き込んでいる の顔だった。

そうだ…バレちまったんだ……

薬を摂取し、一度は安堵の表情を浮かべた顔が再び凍り付く。
上半身を起こしたオルガは の顔を見る事が出来ずに俯いた。

「はぁ…取り敢えずもう大丈夫ね。次からは時間、気をつけなよね」

苦笑している様な声音で の口から飛び出した言葉。
驚いたオルガは弾かれた様に顔を上げた。
既に知っていた風な に目を見開く。
そんなオルガを見てキョトンとした だが、
すぐに「ああ、そっか」と呟いて優しく微笑み、オルガをその胸に抱いた。

「一人で抱え込む必要ないのに」

はっきりと言いはしないものの、言外に知っていたと言い含める。
自分がどんな状況に置かれているか知っていて、知らないフリをしてくれていた。
普通に接してくれていた。
それを知ったオルガの頬を涙が伝う。

「… 、知ってたんだな」
「うん。オルガが知られたくなさそうにしてたから、黙ってた」

言いながらゆっくりとした動作でオルガを離し、指で涙を払ってやる。

「チッ、一人で空回ってたのかよ」

照れと気まずさで横を向くオルガ。
はなかなか見る事の出来ないその表情にくすくすと笑い出す。
思わず睨め付けるオルガだが、それが照れ隠しである事は既にお見通しだ。
の笑いは引っ込められそうにない。
このままではあまりにも情けな過ぎると、 の腕を引いて自分の中に閉じ込めてしまう。

「!?」

反射的に顔を上げた の唇に柔らかい感触が降りてくる。
目前にあるのはオルガの顔。
互いの息がかかるくらい、焦点が上手く合わない程に狭められた距離。
合わせられた唇が離れると、普段の顔に戻ったオルガと目が合う。
ニヤリと口の端を上げオルガは言った。

「黙ってた罰だ。続きも覚悟してろよ」

もう一度ちゅっと音を立ててキスをすると、着替える為にその場を去って行った。
真っ赤な顔で呆然としている が正気を取り戻す前に。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

わぁい、どこが通り雨なんだかサッパリわっかんなぁ〜い(コラ)
簡潔にご説明を…

薬物で強化された自分はヒロインに相応しくないと思い込み、心の砂漠化が進んでいたオルガ
実はアズラエルに薬の事を知らされていたヒロイン
(↑恐らくヒロインがさり気なく聞き出したと推測される)
最後の「一人で抱え込む必要ないのに」のセリフで砂漠化がストップ
つまり砂漠(オルガ)に降る雨(ヒロイン)

と、いう話でした
わかりにくくてスマンです;;
因みに、薬が届けられた時点でアズラエル様がさり気なく人払いしてくれました
周囲の目を気にせずイチャついてたワケではありません(そりゃそうだ)

−2003/9/19−