コンタクトレンズ
とある小さな峠。
今夜はこの峠をホームとしているチームとの交流戦だ。
なんでも相手チームのリーダーが走り屋を引退するのと同時にチームを解散するらしい。
今回のレッドサンズとの交流戦がラストバトルという事になる。
バトル相手がレッドサンズとは何とも華々しい引退の花道ではなかろうか。
下りのバトルを担当する啓介は既に数本流してコースを頭に叩き込み、スタート時間を待っている状態だ。
ふと沸きに沸くギャラリーに目を向ける。
この峠には普段ならば到底集まらないであろう数のギャラリー。
啓介は自分と兄へ向けられた黄色い声に顔をしかめる。
そんな黄色い声を発している女達の中に一人だけ静かにこちらを見ている女性がいる。
周りの女達とは違い騒ぐ様な事はせず落ち着いている。
大人しそう、というワケではない。
ワックスで毛先を遊ばせた髪は明るい茶色。
本来茶色いであろう少しあどけなさを残す大きな瞳は鮮やかなブルーだ。
どうにも何処かで見た事がある気がしてならない。
しかしどうしても思い出せない啓介。
バトル前だというのにそちらばかりが気になって仕方ない。
じっと女性の方を見ているうちに涼介に気付かれてしまった。「周りのバカ女が更にバカに見えるな」
騒いでいる女達を切り捨てる涼介。皮肉ですか?
「結構キレイな子じゃないか」
「あ?あぁ…」返事を返すもののどこか上の空。
そんな啓介に僅かに目を見開く涼介。「珍しいな、峠で一目惚れか?」
大半の女性ギャラリーはただ騒ぐだけのバカ女と見ていた。
それだけにこんな事は今まで一度たりともなかったのだ。「違ぇよ。アイツどっかで見た事あんだよな…けど思い出せなくてさー」
啓介は思い出せない事に苛ついて頭を掻きむしる。
「考え込むのはいいがあまり集中力を乱すなよ。時間だ、スタート地点へFDを移動させろ」
「わかってるよ。俺があんなヤツに負けるかっての」一瞬で走り屋の表情に切り替わる啓介。
「ならいいんだが?」
フッと笑みを浮かべた涼介はその場を離れた。
楽勝。
この一言に尽きるだろう。「アニキ!アイツまだいるかっ?」
バトルから戻った啓介は涼介の元へ走り寄る。
「なんだ、思い出したのか?」
「いや、思い出せねぇ」キッパリ言い放つ。
苦笑するしかない涼介だが、何も言わずバンの方を指差す。
そこには折り畳み式の椅子に座ってお茶を飲んでいる例の女性。
どうやら啓介が峠を下って行った後に涼介がしっかり確保していたらしい。「アニキ…」
「ん?」
「いや、何でもねぇ。さんきゅ」小さく礼を言うと女性の元へ走り寄った。
啓介の姿に気付いた女性はにっこり笑いを向ける。
人懐こそうな笑顔。「勝ったんでしょ」
「あぁ、まぁな」相手が誰だか未だに思い出せない為、どう話して良いものか悩む啓介。
「ふふふっ、まだ思い出せない?お兄さんに大体の話は聞いた。さて私は誰でしょー?」
「あー…うー……」啓介は呻って考え込んでしまう。
「そこまで思い出せないモンかなぁ。アタシはすぐわかったのにー」
そう言って胸ポケットに差してあった眼鏡をかけてみせる。
「ああぁぁっ! !!」
ようやく思い出した啓介は指を差した上に大声で叫ぶ。
「やっかましーわぃ!」
は啓介の両頬を抓って引っ張る。
「いてて、やめろって。んだってよ、中学ン時ずっと眼鏡してたじゃねぇかよ。わかるかっての」
自分の頬から の手を引き離して言う。
「今は目の調子さえ悪くなければずっとコンタクトよ」
「ってソレ、カラコンだろ?」聞きながら の瞳を覗き込む。
「度の入ってるカラコンくらいあるって。ま、中学卒業以来の再会だしね、気付けって方が難しいか」
近づけられた啓介の顔をペシッと叩いて遠ざける。
「ってーな。でも 、高校進学と同時にどっか引っ越したんじゃなかったか?」
「あーうん。北海道にね〜、寒かったよぉマジ。
でもあっちは走り屋のレベル高いし面白かったよ。走れるトコも多いしさ。啓介も一度は行ってみな〜」楽しそうにケラケラと笑う。
「へぇ、あっちでも峠に出入りしてたんだな。 とはトコトン気が合いそうだぜ」
啓介は口の端を上げる。
「うーわー、中学の時のコンビ復活?でもアタシだって負けないよ〜。あっちで速い奴等に揉まれてたからねぇ」
の後半のセリフに一瞬考える啓介。
「 、まさかとは思うけどよ…」
「まさかのまさか〜。私も立派な走り屋よvv」元気にVサインを突き出す。
啓介はやっぱりか…と項垂れる。「どうした、啓介」
そこへ現れたのは涼介。
「あー、コイツ走り屋になってたらしくてよ」
啓介は信じられない、という顔をしてみせる。
「ああ、かなり名の知れたチームにいたらしいな。俺も噂は聞いていた」
「いや〜、危うく次期リーダーに推されるトコだったよ。タイミング良くコッチ戻って来れて良かったわ〜」言い終わると同時に椅子から立ち上がりそそくさと立ち去ろうとする。
「あぁっ!?オイ、待て!今の聞き捨てならねぇ!」
慌てて追いかけ、腕を掴む。
「だから〜、アタシってば速いみたいなのよねぇ」
言いながらある方向を指差す。
「アレがアタシの相棒」
そこに鎮座していたのは雪色のFD。
啓介はあんぐりと口を開けて絶句するしかなかったという。
と涼介が顔を見合わせクスクスと笑い合っていたなど気付きもせずに。
++後書き…もとい言い訳++
最初は無難に啓介がヒロインのコンタクトを割ってしまう話にしようかと思ってました
それが何故かこんな話に…いつの間に?
そしてちゃっかりヒロインを確保した上に色々と話してたらしい涼介が素晴らしい(笑)
" は啓介の両頬を抓って…〜…ペシッと叩いて遠ざける。"の辺りがお気にです♪
微妙だけどさり気ない触れ合いが萌え〜vv
って、涼風が萌えたって仕方ないんだけど−2003/4/1−