フェチ

 

 

 

 

濡れた髪をタオルで拭きながらペタペタと気怠そうに歩く少年。
つい先程訓練を終わらせ、汗を流したばかりであるクロト・ブエルだ。
部屋に戻ったら新しく買ったゲームでもしようかな、
などと考えながら歩いているクロトはその身に危険が迫っている事に気付いていない。

その頃。
少し離れた場所をキョロキョロと辺りを落ち着きなく見渡しながら走っている少女の姿があった。
クロトに迫りつつある危険そのものである である。
はハッとして急ブレーキをかけた様に立ち止まる。
そして今度は忍者の様に足音を殺して先にある曲がり角をそっと覗き見た。
ニヤリ。
嫌な笑みを浮かべた の視線にはクロトの後ろ姿が捉えられている。

「!?」

なにやらぞくりと寒気を感じたクロト。
思わず立ち止まって恐る恐る背後を振り返る。

「…き、気のせいか」

クロトの動きが全て見えている はさっと身を隠した為に見付からずに済む。
物音を立てずに素早く靴を脱いだ は気配を消し、足音すらたてずに全力疾走した。
のんびり歩いていたクロトの背後をとるのは容易い。
背後を取った瞬間、靴を投げ捨てるとその勢いのままクロトの腰に抱き付いた。

「わあぁぁぁっっ!!」

誰もいないと思っていた背後から突然飛び付かれたクロトは情けない叫びを上げる。

「くーろーとっ♪びっくりしたぁ?」

ぐりぐりとすり寄りながらクロトを見上げた
楽しそうな満面の笑み。

…びっくりしたよ。…ていうか離れてよ」
「い・や!」
「嫌じゃないだろっ、くっつくなって!」

必死に を引き剥がそうとするクロト。
は負けじとくっついて離れようとしない。
やがて訓練後で疲れていたクロトは引き剥がすのを断念して溜息を吐いた。
これ以上奮闘しても疲れるだけで報われる事はないだろうと結論付けて。

「クロト、シャワー浴びたんだー。まだ髪濡れてるよ」
「あ、そうだった。 がくっついてくるから忘れてたじゃないか!髪、乾かすから離れろって」
「むぅー、しょーがないなー」

渋々だが漸くクロトを解放してくれた
ぷぅ、と両頬を膨らませている。

「しょーがないじゃないだろ。何でいつもくっついてくるのさ」
「何でって…イイじゃん。何でもさ」

良くないよ、と心の中で呟きながらわしゃわしゃとタオルで髪を乱暴に拭いて乾かすクロト。
心惹かれている女の子に毎度毎度密着されてはいつか我慢の限度を超えてしまいそうだ。
は両手でタオルごと頭をかき混ぜているクロトを見て口の端を持ち上げる。

(これは最大のチャーンス!)

そんな の表情をバッチリ視界に捉えてしまったクロトは頬が引きつりそうになっている。
忙しなく動いていた筈の腕もいつの間にか動きを止めていた。
固まったクロトににぃ〜っこりと微笑んだ は再びクロトとの距離を一気に縮めた。

「うわぁぁーッ!! 、何っ、何すんだよ!?」

裏返った声で絶叫したクロトは顔が赤い。
いや、全身真っ赤になっている。
対して
こちらも頬を上気させている。

「いやーん。クロトほっそー!きゃー♪この脇のライン最高!!流石よ、私が見込んでいただけあるわっ!!」

は興奮して一人でキャーキャー騒いでいる。
呆然と立ち尽くすクロトの周りをぐるぐると周りながらなおもはしゃいでいる。
が何をしたのか、と言うと。
クロトの短い軍服の下に着ている赤いシャツを捲り上げただけである。

「もー、ずーっと狙ってたんだぁ。服の上から見た感じも抱き付いた感じも私の理想に限りなく近かったんだもの!!」

興奮気味に語る は目的を達して非常に満足そうである。

…これってどーいう事なのかなぁ」

未だ正気に戻れないでいるクロトは辛うじてそう口にする。

「いやん!そんな事聞かないでよっ。言えるワケないでしょー、脇腹が好きだなんてぇ〜」

キャーなどと叫びながらその場で ジタバタと暴れている変態…もとい
クロトは今にも風化してしまいそうな勢いだ。

「あーもー、クロト好き好きっ大好きよ〜」

これでもかと軍服ごとシャツを捲ってしげしげとクロトの体を眺めている。
そこへ幸か不幸か通行人。

「んなっ!何やってんだぁっ、 !!」
「あ。何だ、オルガか。私オルガの脇腹は興味ないのよね」

冷たく吐き捨てる だがこの場合そんな事はどうでも良い。

「脇腹だぁ?アホかっ、こんなトコで莫迦な真似してるんじゃねぇよ!お前、誰かに見られたらどーすんだ」
「もう見られた。オルガに」
「…俺は勘定に入れなくていい。ったく、仕事終わってねぇだろお前は。アズラエルが呼んでた、行くぞ!」

どうやら の趣味を知っていたらしいオルガはぶーたれる を引きずって行く。

「あ、おい、クロト!お前もんな格好で突っ立ってねぇでとっととどっか行け!じゃねぇとまた に襲われるぞ」
「…あっ。うわわっ」

慌てて乱れた服を整えるクロト。
はそれを不満そうに見ている。

「仕方ないか。クロト、続きはまた今度ね」
「つっ、続きってなんだよ! !」

残念そうな と慌てるクロト。
そして頭を抱えているオルガ。

「じゃ、アズラエル様んトコ行きますかー。あの方の脇腹もなかなか良さそうなんだよねぇ」
…」
「やだなーオルガ。流石にアズラエル様の服剥いたりなんてしないよー。んじゃね〜」

クロトの脇腹を見て取り敢えず満足出来たらしい はにこにこと上機嫌で走り去って行った。
とんだ災難を被ったクロトは複雑そうに見送る。

「はぁ…。台風みてぇなヤツ。おい、クロト大丈夫か?嵐は去ったぞ」
「あ、あぁ、うん。大丈夫だよ…多分」
「気を付けろよ。アイツ、脇腹フェチだから」

そう言ったオルガはポンとクロトの肩を叩いて元来た道を引き返して行った。

「わ、脇腹フェチ…」

心の傷は重い様だ。

「僕、気に入られたんだよね…。続きって……ほんとにあるのかな」

…どうやらそうでもないらしい。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

最早何も言うまい…
あの短い軍服見たら脇腹フェチじゃなくたって捲りたくなるだろ!?
捲って下さいって言ってる様なものだ!
何故だかオルガがお兄ちゃん的存在になってるケド
結構世話好きそうだなーとか思うんだけど、彼
ぶつぶつ文句垂れながらも世話焼いてくれるの(笑)

−2003/8/9−