睡眠不足
『秋名をホームにしている走り屋です』
同じ大学へ通う同じ走り屋である涼介にそう告白した夜。
結局寝る間も惜しんで峠へとやって来ている。
秋名の峠道を軽やかに走り抜ける の黒いFC。
今夜もいつもの様に数本流し、ロータリーで小休憩。「寝不足は堪えるけど、欲求不満は抑えられないものね。思い切り走れてスッキリしたわ」
独り言をもらし、満足げな笑みを浮かべる。
それと同時に耳に届いてきた"音"。
聞き慣れたロータリーサウンド。「来たわね」
はクスッと笑った。
やがて視界にその姿を現す音源。
見慣れたシルエットは のいるロータリーにスルリと入って来る。
艶やかに輝く黒いFD。鼻先に散らされた桜の花びら。「 姉さん久し振り〜」
の従妹だ。
「そうね、しばらくぶり。元気に走ってた?」
「まぁね、最近しつこく追っかけられてて逃げ回ってばかりだけど」は苦笑する。
「追いかけられてる?」
は僅かに首を傾げる。
「あ、峠でじゃなくて大学でね〜。春休みにさ、高橋弟に走り屋だってバラしちゃって」
テヘ、と笑って頭をかく。
「え?珍しい事もあるものね。 が親しくもない人に走り屋だと公言するなんて」
純粋に驚いている 。
は根が真面目であるが為に走り屋である事をあまり言いふらす様な人物ではない事はよく知っている。「自分でも何でバラしちゃったのか…今更後悔だわ。
だって大学でもしつこ〜く『何処で走ってる?』とか『赤城に顔出せよ』、『一緒に走らねぇか?』ばぁーっかり!」
「ふふっ、でも今夜 と会ったのも何かの縁かしらねぇ。私は今日高橋兄にバラしちゃったのよね」
「えぇ!?嘘… 姉さんがぁ?それこそ信じられないよ」驚いて開いた口が塞がらない。
「寝不足で思考回路が麻痺してきたかしらね?」
悪戯っぽく笑って見せる 。
「…ねぇ、もしかして私達同じ事考えてたりしない?」
と同じ様な笑みを浮かべる 。
「そのまさか。 もいい加減キャンパスでの追いかけっこも飽き飽きしたでしょう?」
「ここは潔い諦めも必要ね〜。行きますか!」不敵な笑みの従姉妹はパチンッと手を合わせるとそれぞれの愛車に乗り込んだ。
二台の黒いRX−7がもつれる様な格好で赤城のアップクライムを登って行く。
一台は の乗るFC。もう一台は のFDだ。
あっという間に頂上へと辿り着く二台。
適当な所へ止めると二人は同時に車外へと姿を見せる。「 、あそこにいるのがそうじゃない?」
「あーそうだね。白いFCと黄色いFD。兄弟揃ってるね」ニヤリと顔を見合わせる と 。
二人は兄弟のいる方向へと足を向ける。
勿論、向こうもこちらには気付いているだろうが二人だとは思っていない様だ。
ただこちらを見ているだけ。「平日だって言うのに来てたのね、高橋君」
は口の端を持ち上げつつ涼介に声をかける。
「ようやく峠で会う機会が巡って来たみたいね〜、高橋君?」
同じように口の端を持ち上げた も啓介に声をかける。
チラリと視線を合わせた二人は同時に顔を隠している物を取り去る。
はサングラスを、 はキャップを。「「 !?」」
声を合わせる兄弟。
と は堪えきれない笑いをもらしている。「啓介…知り合いか?」
「アニキこそ…」状況が飲み込めない二人は訳のわからないという顔を見合わせた。
「君が弟君ね。私はお兄さんと同じ大学に通っている よ。宜しく」
「私は高橋…っと、啓介君と同じ大学に通う です。 姉さんとは従姉妹」は啓介に、 は涼介に自己紹介する。
「あぁ、成程。従妹さんか」
「 の従姉ね」納得する二人。
「 は秋名がホームだと言ってなかったか?」
「偶然秋名で に会ってね。高橋君の弟に走り屋だってバレて学内で追いかけ回されてるって言うから」
「私のせいにしないでよ〜」は眉間にシワを寄せて抗議する。
「 …お前何言ったんだよ」
思わず啓介も突っ込む。
「ありのままを。顔会わせる度に『赤城に来い』その他諸々しつこく言ってきたのは高橋君でしょう?」
「あまりしつこいと嫌われるわよ?」はクスリと優雅な笑み。
「似てない兄弟だよね〜、高橋君」
「そう言う は随分似た従姉妹だな」どことなく似た容姿、艶やかな長い黒髪に強い眼差し。
姉妹だと言われたら信じてしまいそうだ。「そう言えばよく間違えられるわね」
思い出した様に は呟く。
「なぁ…高橋君、高橋君ってワケわかんなくなんだけど」
「ソレ言ったら私だって 、 って混乱しそうよ」一瞬の沈黙。
「「確かに…」」
と涼介は苦笑顔。
「この際だし、名前で呼んでくれると有り難いわ」
「俺も同感」そう言ったのは と啓介。
「ま、改めて宜しく。啓介、涼介さん」
「あ?イキナリ呼び捨てかよ」
「あら、啓介君とお呼びした方がよろしいかしら〜?」悪戯っ子の様な笑みを浮かべた 。
「気持ち悪いからヤメロ。… 、だったよな」
「確認しないでくれる?確かに大した接点なかったけどさ」は肩を竦める。
「んー、私はどう呼べば良いのかしら。涼介さん?涼介君?涼介?」
「 の好きに」柔らかい笑みで簡潔に答える涼介。
「…そう////」
「 姉さん照れてる?」ニヤニヤと笑いながら は茶化す。
「おだまり」
はそんな を睨む。
「図星か」
啓介までも と同じ様にニヤついている。
「邪魔者は退散しようかしらね、啓介」
「あぁ、そうだな。流して来ようぜ、 」二人のFD乗りはそそくさとその場を去って行く。
「あの二人…」
は小さくなっていく標識カラーのFDを睨み付けながら見送る。
「で、どう呼んでくれるんだ?」
「ム。三人して人をからかって楽しまないでくれる?」
「からかっているなんて心外だな」
「峠では強気に、がモットーなの。敬称なんて付けないわよ」フイッと顔を背け、そのまま相棒の元へ足を向ける。
「そうか。…何処へ?」
「少し仮眠。流石に眠くなってきたわ」は欠伸を噛み殺す。
FD二台が赤城の頂上へ戻って来る。
「あれ?ねぇ、啓介〜 姉さんと涼介さんドコ行ったのかな?」
「知るかよ、俺はお前とずっと一緒にいただろーが」啓介は頭をかく。
「FCは二台共あるしー」の言葉通り白と黒のFCは動かされた形跡もなくそこにある。
「ん?」
啓介は何かに気付き立ち止まる。
「わっ」
は急に立ち止まった啓介の背中に突っ込んでしまう。
「何?イキナリ立ち止まらないでくれる?」
自分より高い位置にある啓介の顔を睨み上げる。
「あー悪ぃ。それよりもアレ見ろよ」
楽しげに笑う啓介が指差す先。
涼介の白いFCの車内。「…あらら」
そこにあったのは仲良く寝息を立てる と涼介の姿。
「話でもしてるうちに寝ちゃったのかなぁ?」
クスッと笑う 。
「そうかもな。アニキここんとこあんま寝てねぇみたいだったし」
「 姉さんも睡眠不足なんてしょっちゅうだし。今日もそうだったのかも」顔を見合わせた二人は同時に言った。
「「帰ろうか」」
残された と涼介は空が白み出す頃まで夢の中にいる事になる。
++後書き…もとい言い訳++
これってダブルヒロインと言うべき?
一応メインは26・告白のヒロインさんの方なんですけど
啓介スキーさんは11・宿題の方のヒロインさんに自分の名前を入れても楽しめるのでは?
きっとこの後、啓介は涼介に は に黒い笑みで怒られるでしょうねぇ(笑)
どうして起こさなかったのか?と−2003/4/3−