カツカツと廊下に響くヒールの音。
低めのヒールを履いたその足はスラリと長く、薄いストッキングに包まれて黒いミニのタイトスカートから伸びている。
黒いスーツをラフに着こなした女性。
少女の域を脱したばかりの年齢だろうか。
黒いスーツに映える金茶色の髪をなびかせて颯爽と歩いている。
彼女は国防産業連合に勤める秘書の一人で、 という。
現在はアズラエル理事の秘書だ。
これから目を通して貰わなければならない書類のファイルを二冊程小脇に抱えている。
ふと背後から近寄って来る足音。
時折罵声や鈍い音も聞こえてくる。
は足を止め、振り返った。

「またアズラエル様にしかられるよ、皆」

騒ぎながらやって来た三人の少年に苦笑を向ける。
いつもの事だが、この少年達は の姿を見付けると我先にと争いながらやって来るのだ。
そしてその度にアズラエルに叱られている。
何度同じ事を繰り返せば気が済むのか。

「別にいーよ。あんなオッサンの言う事気にしてないしさー」
「クロト…少しは気にしようよ」

呆れるしかない

「アイツのトコ行くの?」

抱えているファイルを指差しながらシャニが問う。

「うん。この書類は今日中に処理しなきゃならないから」
「んな大量にか?」
「そんなに多くないよ。殆どが資料だから」

オルガにそう返すと再び歩き出す。
三人もぞろぞろと について歩き出す。

「皆、今日の訓練は終わったんでしょ?休んでたら良いのに」
「…ん。ダイジョーブ」
「部屋籠もっててもつまんねぇんだよなぁ。 相手してよ」
「本も読み終わっちまったしな。 、何か持ってねぇの?」
「疲れてないなら良いけど。私、今仕事中だから相手出来ないよ。
後でで良いなら前に貸した本の続刊貸してあげる」

同時に返された返事をしっかり聞き分けてそれぞれにそっけなく返す。
視線は合わされたが何となく適当にあしらわれた気がしなくもない。
どちらかと言えば大人しい部類に入る性格で、押しに弱そうに見えるのに押しても押してもなびかないのだ。
どれだけアプローチしても気にかけてくれない に手を焼いている様子のオルガ達。
の返事を聞いた三人は「またか…」という顔を見合わせてしまう。
そうしているうちに四人はアズラエルの職務室に到着してしまった。
コンコンとノックしてから扉を開ける。

です。入ります」

部屋へ一歩踏み入れるといつもの様に一言ことわる。
後に続く三人は無言で入室するが、これもいつもの事だ。

「アズラエル様、こちらの書類は今日中に処理して欲しいとの事です」

そう言ってアズラエルにファイルを差し出した。

「今日中、ですか?面倒ですねぇ」
「またその様な事を…」

は言いながら処理済みの書類を手に取り確認し始める。
しかしどうにも気になって視線を書類から離す。
トントンと机を叩くアズラエルの指先だ。
どうもアズラエルは指を動かすのがクセらしい。
視界にそれが入るとどうしてもそちらの方が気になってじっと見てしまう。

「…気になります?」
「ええ、とても…」

笑顔で問われ、苦笑で返す。

「でもその仕草、私は好きですよ」

書類へ向き直りながら は何気なく言った。
勝手にソファでくつろいでいた三人がそれに反応してアズラエルを睨む。
するとアズラエルは の言葉と三人の部下の反応にわざとらしく肩を竦める。

「おやおや」

言いながらも三人などには目もくれず から渡された書類の処理を始める。

「抹殺、決定」
「ムカツクー…」
「うぜぇんだよ、てめぇ」

射殺せそうな程キツイ視線を浴びせながらそれぞれの口から飛び出した言葉。
思わず本当に自分の身の危険を感じて冷や汗をかいてしまうアズラエル。
だが は平然としている。

「確認致しました。こちらの書類は明日一番に私が提出致します。本日はその書類の処理で終了です」
「おや、そうですか。今日は早く仕事が済みそうですねぇ」
「そうですね。…さて、三人とも用がないなら出て行ってね。アズラエル様のお仕事の邪魔になるから」

にこやかにアズラエルへ返事を返すと、クルリと三人へ体を向けて出て行く様に言い放つ。

「えー!?なんだよぉ、それでオッサンの仕事終わりなら の仕事だって終わりだろ!?」
「アズラエル様からあの書類を受け取るまで仕事は終わりじゃないわ。それに私には私の仕事があるもの」
「んじゃ、 は俺達の相手してくれないの?」
「他あたって」
「本貸してくれるんじゃなかったのかよ」
「後で、って言った筈だけど」

不満そうに文句をたれる三人に即答する。
どうやらこの様子だと始めからマトモに相手をする気はなかった様だ。
さっさとソファに座って自分の仕事を広げ始める。
既に三人の事は眼中にない。
の集中力は半端なモノではないのは三人もよく知っている。
こうなったらもう返事すら貰えないのは重々承知だ。
仕方なく、目配せして三人で出て行く事にしたのだった。
哀れな少年達の後ろ姿を見送ったアズラエルも漸く落ち着いて仕事に向かう事が出来ると安堵した。
自分は有能な秘書を持った、と思いながら。
そうして書類に向き直ればその場は静寂に支配される。
どちらかが仕事を終えるまでその静けさは保たれるであろう。

 

 

 

 

 

先に息を吐いたのはアズラエルの方だった。
処理の終えた書類に再び目を通して間違いがないか確認する。
それが終わると今度は へと視線を向けた。
真面目な顔で自分の仕事を片付けていく姿を暫く眺める。
次々と資料を手に取り視線を滑らせ、手元のコンピューターに素早く打ち込む。
そんな流れる様な動きをアズラエルはにこにこと至極楽しそうに見ている。
そのうちにクセである指の動きが顔を出したが本人は気付かない。
クセというのはそういうものだろう。
トントン、と軽い音が聞こえ始めた。
それによって急に が動きを止め、アズラエルの方へ顔を向ける。
アズラエルは自分がクセを出していた事に気付いていなかった為、
どうしたんですか?と言葉には出さずに首を傾げる事で問う。
はくすっと笑って未だトントンと動いている指を見た。
これで漸く気付き、指は動きを止めた。

「失礼。お邪魔してしまったのは私でしたか」

肩を竦め、処理が終わったばかりの書類を持って立ち上がり と向かい合う様にソファへ移動する。

「いえ、邪魔など…。終わっていたのでしたら声をかけて下されば良かったのに」
があまりにも熱心に仕事をしているのでね。中断させるのも悪いかと思ったんですよ」
「そんな…私はアズラエル様の秘書ですから、アズラエル様の方が優先順位が上です。
私個人の仕事などに気を遣わないで下さい」

はにかむ様な笑みを見せる
それをアズラエルは満足そうに見る。

「では、こう言えば良いんでしょうかね?私が"熱心に仕事に打ち込む貴女の姿を見ていたかったから"、と」

僅かに首を傾げてそう言ったアズラエル。
の頬は一気に赤みが差した。
何と返せば良いのか見当も付かず口をパクパクさせている。

「ああ、それと。先程この仕草が好きだと言ってくれた時、凄く嬉しかったんですよ?」
「あ、アズラエル様…?」

言いながら向かい側のソファから隣に移動するアズラエルの笑顔に胸を高鳴らせる
そして の視線を絡め取って離さないアズラエル。
隣に座ると の顔を覗き込んでにっこりと笑いかけた。

「私は貴女が真面目に仕事に取り組む姿が好きだったのでね」
「え、えと…それは……」
「…いつかその視線を自分に向けさせたい。そう思う事も度々ありましたけれど」

次第に笑顔を引っ込めて真顔になっていく。
気が付くと の好きな指先が頬をなぞっていた。
細く白い繊細な印象を受ける指先。すぐ間近で見れば力強いつくりである男の手。

「私が嫌いですか?」
「!?」

その言葉が耳に入った途端に全身を緊張が走る。
今何を言われたんだろう、今何と答えるべきなんだろう。
ただ呆然とアズラエルの顔を見詰めて固まっている
既に思考回路は凍結してしまっている。

「おや?大丈夫ですか、

の状態を察したアズラエルは苦笑を浮かべた。
もう少し優しく出るべきだったか、と。
とオルガ達の遣り取りを観察していた限りでは、 は非常に押しに強い女性だと感じる。
だがどうもこれは間違いであった様だ。
今の はどうして良いのかもわからずオロオロとして瞳を潤ませている。
このままでは本当に泣き出しかねない。
つまり三人は異性として意識されていなかっただけなのだ。
それではどんなアプローチも効を成さない筈である。

「貴女を困らせるつもりではなかったんですがねぇ…」

などと呟くが寧ろアズラエルの方が困り果てている様に見える。
取り敢えずそっと の手を取って、きゅっと軽く力を込める。
はハッとして繋がれた二人の手を見下ろした。
アズラエルの手が自分の手を優しく握っている。
クセにかこつけて何度この手を眺めただろう。ふとそう思うと徐々に落ち着いていく。
頭は落ち着いて行くが心が反比例する様にざわつく。
それを押さえ込むかの様に大好きな手を握り返した。

?」

遠慮がちに力を込められたアズラエルはそっと名を呼ぶ。

「だ、大丈夫です。私、別に、困ってるワケではなくて…その、何と言うか……」
「急がなくて良いですよ。急にこんな事を言いだした私が悪いんですから」
「急いでません!今、言わせて下さい」

まだ潤んではいたがアズラエルの気に入っている真っ直ぐな瞳が向けられる。
何か圧倒される様な強い瞳に、今度はアズラエルの方がドキリとさせられてしまう。

「私、アズラエル様が…」

緊張で震える の声。
しかしアズラエルは先を聞こうとはせずに口を開いた。

「好きですよ」

ハッキリ告げられた言葉。

「え?」

横取りされた言葉にキョトンとする。

「何を間抜けな顔をしているんですか、
「だ、だって…!」
「いやですねぇ、そういう言葉は男である私に先に言わせて下さいよ。さ、続きをどうぞ?」
「……好きです」

先を促されても言う気がすっかり削がれていたのだが、
アズラエルの上機嫌に続きを待つ顔を見たらポロッと口から零れていた。
次の瞬間には腕の中に閉じ込められ、暫くの間逃がして貰えなかった。

「ああ、そうですね。折角今日は仕事が早く終わったんです。食事にでも行きましょうか、二人で」

解放して貰えたと思えばこれである。
今にスキップでもしかねない勢いのアズラエルに苦笑しつつも、自分も同じくらい浮かれている事に気付く。
笑みを浮かべて大好きな指に自分の指を絡ませる事で答えた。
広げっぱなしの仕事など放ったらかして、手を繋いだ二人は職務室を後にした。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

自分の中では、アズラエル様は鬼畜!
と思ってるのですが、どうしても甘系で書きたかったんです
で、挑戦してみたのです…が;;
如何だったでしょう?
どうも甘って書くの苦手で…(だからいつも気付くとほのぼの)
涼風的には上出来かと思ってます
これ以上は無理だー(涙)
砂吐くかと思ったよ、ぜぇぜぇ(疲労度大)

−2003/9/17−