微笑み

 

 

 

 

珍しい光景が広がっている。
何が珍しいのか。
それは高橋啓介が朝から大学へ来ている事だ。
本人は至極かったるそうにしているが…。
現在は友人達と共に学内の食堂にて昼食中である。
本日の話題は"ひとりの女の子"について。

「可愛いんだけどなぁ」

肩を落としてぼやく友人その1。

「可愛いのは確かだけどな。あの無表情がな〜。笑えば絶対モテるのに」

友人その2も溜息混じりにぼやいている。

「なぁ啓介、お前聞いてる?」

二人の熱い論議に一言も参加しようとしない啓介にしびれを切らした友人。

「聞くだけは聞いてるぜ。俺別にアイツに興味ねぇし」

興味のない話に熱くなれるワケがない。
そんな理由で啓介は話よりも食事に集中している。
かったるい講義に久々に出たせいかやけに疲れを感じている。今はとにかくエネルギー補給が最優先。

「ったく。学内でも人気高いってのに」
「ホントだよ…。ま、お前なら女の方から寄って来るからなぁ」

それぞれに溜息を吐く友人二人であった。

 

 

 

この日は結局入っている講義全てに出席。
啓介にとっては面白くも何ともない1日になってしまった。
又、丸々1日大学内に留まっているなど本当に久し振りだ。
勿論駐車場に派手な黄色いFDが止められているのも久し振りという事になる。
帰る為、啓介はその駐車場へ向かっている。
視線の先に黄色いシルエットが見えた時、気付いた。
FDから1歩下がった所に一人の学生。
一瞬愛車に悪戯でもしているのかと思ったがそうでもない様だ。
ただFDを眺めているだけ。
近寄り過ぎず遠ざかり過ぎずの位置から。
よくよく学生を見てみれば……
学食で友人達が話のネタにしていた人物ではないか。
美人だが、笑わない(無表情)・無口・とっつきにくいの嫌な三拍子が揃っている1年生だ。
しかしそんな噂の彼女。
微笑みを浮かべているではないか!?

(な…何で笑ってんだ?俺のFDって笑える様な見た目してねぇよなー??)

その笑みの理由がわからず啓介は首を傾げるしかない。
そうやって暫く眺めていた彼女も気が済んだのか、駐車場の奥へと消えていった。

「わかんねぇ…わかんねぇけど……、いいモン見た気ィする。あいつらの言う通り笑うといいかもな…」

ニッと笑うと帰路につく為、愛車のエンジンをかけた。

 

 

 

「確か… っつったか?」

此処は自宅のリビング。
ソファに沈み込む様に座っていた啓介が何気なくポツリと呟く。

「どうした?」

一緒にくつろいでいた兄・涼介が不審そうに啓介を見ている。

「あ、いや…何でもねぇよ」

右手をブンブンと振って否定する。これでは何かあると言ってしまってるも同然だ。
鋭い涼介がそれに気付かない筈もない。

「なら、いいが」

しかし追求する理由もないので涼介はあっさり退く。
この後、啓介にしては異常だと思われるくらいに大学へと頻繁に足を向ける様になるのである。

 

 

 

いつもと同じ場所へFDを駐車する啓介。
FDはターボ車なのですぐにエンジンは切れない。その為、啓介は車内で携帯をいじって時間を潰している。
ふと視線を外に向けた時だった。

「あ…」

目が合った。
そう、滅多に笑わないと有名な1年生とだ。
今日も彼女は微笑んでいた。
啓介は思わず車外へと飛び出た。

「なぁ、 …だよな」

先ずは確認する。

「はい。1年の です…けど」

それが何か?とでも言いたげに首を傾げている。

「俺は高橋啓介」

取り敢えず自分も名乗っておく。
せっかくなのだから名前を覚えて貰うのも悪くない。

「知っています」

学内でも人気の高い啓介。知られていても不思議などない。

「そうか。んでさ、何でコイツ見て笑ってんだ?」

FDを指差す。

「…FDは好きな車のひとつなんで、つい」

そう言って緩んでいると思われる頬を押さえる。

「あっ、じゃあ私はこれで」

ハッと我に返った は慌てて頭を下げると校舎へ向かって駆けていった。

「成程な。車が好きなのか」

思わずニヤリと笑みが浮かぶ。
それならば学内の奴に負ける事はないだろう。
もそれなりに知識があるらしい。
啓介の愛車を"RX−7"ではなく"FD"と呼んだあたりからそう推測出来る。
啓介は軽い足取りで校舎へと足を向けた。
校舎に入って早々数人の友人に囲まれてしまった。

「おい啓介!お前駐車場で ちゃんと話してたってマジ!?」

一人が代表宜しく質問をぶつけてきた。

「あ?ああ話してたぜ」

思わず不敵な笑みが浮かぶ。

「何だよ!この間興味ねぇって言ってただろ」
「どうしたんだよ、急に!」

友人達は悲壮な顔をしている。
それもその筈。
啓介を敵に回したら誰も適わないと知っているからだ。
がよほどの変わり者でない限りは。

「ま、偶然面白いモン見ちまってな」

ニカッと笑うとさっさと校舎内へと紛れて行く啓介。
残された友人達はそれはそれは暗い雰囲気を醸し出していたとか…。

 

 

 

啓介はあれからよく を見掛けた。
いや、気にしているからよく気付く様になったのかも知れない。
今日は啓介にしては珍しく一人で学食へ来ていた。
窓際の席で雑誌に目を落としながら食事をしている を発見する。
彼女も又一人だ。
チャンスだとばかりにランチを手にした啓介は の元へ。

「此処空いてるか?」

啓介が指差してるのは の向かい側の席。
その声で顔を上げた は僅かに目を見開く。

「空いてますよ」

答えた は啓介を気にしながらもまた雑誌に目を落とした。
何気なく が熱心に見ている雑誌へ目を向ける啓介。

「!」

なんと が読んでいたのはRX−7の専門誌だ。
しかもどうやら走り屋仕様のチューニングの特集ページを熟読している。

…お前FDが好きなだけじゃなくて、チューンにも興味あんのか?」
「まぁ…そうですね」

曖昧に答える

「へぇ。んじゃ峠にも来んの?」

啓介は自然と身を乗り出す。

「行きますよ。たまに弟連れて」
「姉弟で車好きなのか。ウチと似た様なモンだな」
「あぁ、そうですね。でもレッドサンズの高橋兄弟は有名、私はまだまだヒヨッコですけど」

肩を竦めて苦笑する。
初めてだ。
FDではなく啓介に向けられた笑顔。
苦笑ではあるが啓介はドキリとした。

(コイツぜってぇ笑った方いいけど…他の奴に見せんの勿体ねぇな)

「ヒヨッコって…走ってんのか?」

まさかとは思いつつも聞き返してしまう。

「免許取ってスグに。一応赤城の走り屋ですが、明け方走っているので知らないと思いますよ」

意外にも肯定される。

「マジ?なんだよ、それなら一緒に走んねぇ?明け方じゃなくたって別にいいだろ?」

全開の笑顔でまくしたてる。
は少し驚いている様だが嫌ではない様子。

「高橋先輩が走っているのは10時くらいからですよね」
「あぁ、そんくらいの時間」
「じゃあ…お願いします」

ペコと頭を下げる。

「よっし、んじゃ次の週末な。忘れんなよ、

僅かに語尾、つまり名前を強調する啓介。
いきなり呼び捨てにされた はスプーンを銜えてキョトンとしていたが、柔らかく微笑むと言った。

「忘れませんよ、啓介先輩」

周囲の人間がざわついていたのを気にも止めず、二人は講義が始まるギリギリまで話し込む事になる。
そして の噂がひとつ訂正された。
"笑わない女の子"改め、"車と啓介にしか笑みを向けない女の子"…と。

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

こ、これでお題クリアした事になるのかしら〜??
あぁーもう本当に短編は苦手だわっ
なんか長くなっちゃいそうで…
因みにこの話のヒロインは「銀の風」のヒロイン設定で書いてます
まだ本編書いてねぇのに…いいのかな(汗)
まぁ本編とは関連のない番外編とでも思って下されば良いかと
そう言えばセブンの専門誌なんて存在するのだろうか?
車の雑誌なんて買った事ないし、わかんないッス〜

−2003/2/28−