別れ
雑然とした工場の片隅。
そこに は立ち尽くしていた。
少しボンネットが煤けた黒いハチロクを目前にして。
毎日明け方の赤城を一緒に走り込み、バトルで力尽きた相棒だ。
ブローしたエンジンは下ろされ、無惨な姿を晒している。
は滲み出てきそうな涙を必死に堪えていた。「本当にいいのか?」
やがてかけられた声。
一緒に来ていた叔父だ。「いいよ。はじめから決めてた事だし」
はっきりと答える 。
その答えに迷いはないが、やはり寂しそうな表情は隠せない。
いよいよ黒ハチロクが廃車となる事が決定してしまったのだ。「あ、キーは貰ってってもいいよね?」
「ああ、ほら」叔父の手から の手に乗せられるキー。
その存在を確かめる様に、ゆっくりと、じっくりと、握り締めた。「さよならだね。今までお疲れ様」
ハチロクに向かって小さく微笑みかける 。
「まぁ、使えそうなパーツは文太が貰うって言ってたからな。
あっちのハチロクに受け継がれる部分もあるだろ。そう落ち込むな」
「そう、なの?…そっか、なんか、ちょっと嬉しいかも」叔父の言葉に驚きを覚えながらも、 は力が抜けた様にふにゃと笑う。
その笑みを再びハチロクへ向け暫く眺めた後、 は黙って工場を去った。
心なしか寂しげに響くロータリーサウンドを残して。
はその足で藤原とうふ店へ向かった。
温泉街に轟くエンジン音は少々喧しい。
しかし はそんな事お構いなしにFDを走らせる。
多少の速度超過もご愛敬。
見慣れたとうふ店に到着したかと思えば勢い良く中へ入って行く。
ノックも挨拶もなしに。
にしては珍しい事だ。「拓海っ!」
茶の間でぼーっとテレビを眺めていた拓海にその勢いのまま抱き付く。
拓海は何度も瞬きをしてから状況を把握したらしく、随分と遅い反応を返した。「うわっ、な、なんだよ!」
「拓海、ハチロク大事にしてね」抱き付いたまま喋った の声は少しくぐもって聞こえた。
「は?なんだよ、突然」
「なんでもない」
「はぁ?ワケわかんねぇよ。って、 泣いてんの?」
「な、泣いてないわよ!」強く言い返すものの拓海にしがみついたまま、顔を見せようとしない。
「はいはい」
拓海は呆れた様に言いながらも背中に腕を回し、ポンポンと優しく叩いてくれる。
それに安心してしまった は涙が止まらなくなる。
一層強く抱き付いて頑固に泣き顔を隠した。
そんな様子を目の前で見せ付けられている状態にある文太はニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていた。
++後書き…もとい言い訳++
前から書きたかった黒ハチロクとの最後のお別れ
短いけど書けて満足ですーv
本編では啓介に泣き付いたから今度は拓海に泣き付かせてみましたん(笑)
最後の一行が書きたいが為に拓海にしたトカそうでないトカ…ごにょごにょ−2004/9/23−