もう長くない事はわかってた
そして此処にいられるのも後僅かの間
私は独りになる…

 

 

 

 

 

それが全てだった

 

 

 

 

 

「おばあちゃん…」
。教えられる事は全て教えた。忘れるんじゃないよ、ばあちゃんが教えた全てを」

か細い声。
私の唯一の肉親にして育ての親であるおばあちゃん。
そのおばあちゃんの命は今、燃え尽きようとしている。

「わかってる。大丈夫だよ。独りでも生きていけるから」
「嗚呼、 を一人にしてしまうなんて…」

ベッドの中で静かに涙を流す。
泣かないで…。
私まで泣きたくなっちゃうよ。

「易々と秘密を明かす様な真似はしちゃあいけないよ?」
「うん」
「田舎町なんかで生活するんじゃないよ。ああいう所は人の繋がりが強くなり過ぎる」
「大丈夫だってば」

何度言っても言い足りないらしく、ここ数日こればっかり。
それだけ私の事を心配している証拠。

「それから、ね…」

そう言っておばあちゃんはいつも枕元に大切そうに置いていた一冊の本を差し出した。
何の本なのか、何度聞いても教えてくれなかった本。
触る事さえ禁じられていた本。
私は目を見開いて凝視する事しか出来なかった。

「…受け取りなさい。漸くこの本をお前に託す時が来た」
「だって、これ…触っちゃいけないって。見ちゃいけないって…」
「まだ時ではなかったからねぇ。その理由は、中を読めば全て理解出来る。
何故これが門外不出とされていたのか。何故私達一族が代々受け継いできたのか。その他の事も色々と。
読んで、その後は好きな様に扱いなさい。受け継ぐべき者は で最後なんだからね」

そう告げたきり、おばあちゃんは口を閉ざした。
もう、何も言う事はないのだとばかりに。
翌日の早朝。
私はおばあちゃんと言葉すら交わす事が出来なくなってしまった。
朝日が昇るのを待たずに……

 

 

 

 

 

私はその日一日かけて生まれ育った小さな里を隅々まで歩き回った。
おばあちゃんと散歩に行った花畑。
朧気に覚えている、お父さんに連れて行った貰った川辺。
記憶にさえ残っていない、お母さんが好きだったという小鳥さえずる庭。
私が生まれる前は誰かが住んでいたらしい古びた家。
よくお昼寝した大きな木。
おばあちゃんが亡くなった事で此処も人の目につく様になってしまう。
錬金術で隠されていた里。
私達一族の隠れ里。
最後の生き残りとして、私は此処を完全に隠さなくてはならない。
全て、なかった様に。
消してしまわなくてはならない。
虫も獣も眠ってしまう深夜に、私は火を放った。
近くに街はない。
誰もこの炎に気付く事なく、みんな消えてしまう。
託された本によって知らされた事実の為に。
そして仕上げに一族の特徴を、自ら、切り落とした。

「く…ッ。あ、あぁぁあああ!!」

襲いくる痛みに負けない様に歯を食いしばって、切り落としたそれを炎の中へ投げ入れた。
里と共に、おばあちゃんと共に、思い出と共に…燃えて溶けて崩れていく。
危険を避ける代価として、安全を得る代価として、わたしはそれをも失った。
轟々と燃えてゆく、私の全てだったもの。
私は残された本一冊を大事に抱えて、里が燃え尽きる姿を目にする前に旅立った。
早くしなければ痛みで失神してしまいそうだったから。
重い体を引きずって、意識を朦朧とさせながらも辿り着いた場所は東の町の外れだった。
町並みを目にし、安堵した瞬間。
私はとうとう意識を手放した。
それでも服の下に隠した本だけはしっかりと抱えて。

 

 

 

 

 

コツコツと響く音。
澄んだ朝の空気は靴音をいつもより遠くまで届ける。

「血…?」

靴音の持ち主は道に染み込んだ血痕らしきものを指先でなぞった。
まだ新しいものだ。
しかしこの周辺で流血沙汰の騒ぎなど暫く起きていない筈。
不審に思い辺りを警戒して見渡す。

「!!」

林の方に横たわる人の姿。
急いで走り寄って容態を確かめる。
染みを作っていた血の持ち主はこの人物で間違いない様だ。
衣服は真っ赤に染め上げられている。
服から伸びる四肢は白く血の気がない。
蒼白な顔。
このままでは失血死しかねない。
朝の冷気で体温も奪われ死体にも見えるが、辛うじて息はある。
早急な治療が必要だ。
発見者は自分の着ていたコートをかけると、さほど離れていない場所にいるであろう仲間へ怪我人発見の旨を伝えた。
真紅の血に濡れた女性――― は、発見者達によって医師の診療を受ける事が出来た。
昏々と眠る本人は知る由もないが。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

あーあ…
始めちゃったよ(滝汗)
もう連載は増やしちゃいけない!って思ってたのに…
ネタ思い付くとついそっちに気を取られちゃうんだよね
駄目だ、駄目だって我慢してると余計に意識がそっちに向いちゃうんだよねぇ
あぁ、駄目駄目です(-_-)
んで、堪えてても気を取られるくらいならいっそ書いちゃおうと開き直った(ぇ)
でもこれはそんなに長くならない予定だし!
だ、大丈夫…かな?

−2003/11/10−