警戒と拒絶

 

 

 

 

 

浮上する意識。
瞼が自然と開く。
ぼやけた視界には天井が見えている。
見覚えがない。

ここはどこだろう?

そう思った途端自分の中で弾けた信号。

人に関わってはいけない!

半開きだった瞳を見開き、かけられていた布団を蹴飛ばして起き上がった。
ふと目に付いた身に付けている衣服。
里を出た時に着ていた自分の物ではない。
血みどろだった服から着替えさせられ、傷もきちんと手当てされている。
傷はまだズキズキと痛んではいるが、適切な処置のお陰か命に別状はない様だ。
もっとも、あのまま誰にも見付けられていなければ確実に祖母を追う事となっていただろうが。
はぐるりと180度見渡す。
どこもかしこも白一色。
医療施設か、どこかの医務室であろう。
言う事を聞かぬ体をゆっくりと動かして、ベッドから降りようと素足をひたりと床につけた。

シャッ

開く視界。
閉じられていた白い世界が解放される。

「目が覚めた様だな。まだ寝ていた方がいい」

ベッドを囲うカーテンを開いたのは黒髪の男。
静かに笑みを浮かべて の肩に手を置いた。
まだ寝ている様に、とベッドへ押し戻される。

「…ッ!!」

は素早く手を払い、ベッドを越えて後方へ跳躍した。
着地とともに顔を歪める。

「あぁ、無理はするな。怪我が酷いのだろう?」

一瞬その身のこなしに驚いた風だったが、すぐに表情を戻しベッドを回り込んで の隣へ移動する。
屈んで の肩を抱き、膝の裏に手を差し込んだ。

「わっ!?」

ふわりと浮き上がる感覚に声を上げる。
男は が驚くのも構わず、傷に響かぬ様にそっとベッドへ横たえられる。
取り敢えず危害が加えられる様子はない様だ。
内心安堵しつつも警戒心は解かない。
が、動けば怪我した背に痛みが走る。
ここは大人しておいた方が賢明だろう。

「そう睨まなくても何もしないさ。私はロイ・マスタングという。良ければ名前を…」

男は の突き刺さる視線に苦笑を浮かべながら自らの名を名乗る。
しかし はロイなどそこにはいないかの様に部屋の内部を観察し始める。
完全無視、だ。
かと言って がロイに気を許したわけではなさそうである。
視界の隅で不審な動きはないか窺っているのだから。
ふいに の視線が扉へ移動する。
それと同時に扉が開く。

「やはりこちらでしたか、大佐。…目を覚ましたのですか。気分は如何ですか?」

まずロイへ声をかけた金髪の女性。
すぐに の痛い視線に気付き、僅かに微笑を含ませた表情で問いかけた。

「此処はどこ?」

返された言葉は酷く冷たいもの。

「何かしませんでしたか?大佐」

女性はロイへ冷たい瞳を向ける。
何もしていないのに思わず一歩下がってしまうロイ。

「な、何かとは何かね。失礼だな」
「…ごめんなさいね。私はリザ・ホークアイ。此処はイーストシティ東方司令部の医務室よ」

ひとしきりロイを睨んでから再び に向き直ると、 の質問に答えた。

「やっぱり、そう…」

ロイのまとっている青い軍服を見た時から予想はしていたのだろう。
複雑そうな表情で呟く。
出来るものなら軍部には関わりたくなかったのだが、今更だ。

「それで、気分は如何です?」

改めて質問するリザ。

「…最悪」

溜息と共に吐き出された小さな答えに二人は苦笑した。
これだけの大怪我だ。当然だろう、と。
が別の事を指していたとは知らずに。

「貴女三日も眠っていたのよ。ああ、そうね、食事を用意させるから少し待っていて」
「三日…!?」
「そう、まるで眠れる森のお姫様の様にね」

まさかそんなに時間が経過していたとは思っていなかったジエルは絶句。
ロイの言葉など耳を素通りだ。
そして漸く大事な事に気付く。

「あ、本!本はっ!?」

祖母から受け継いだ本の事を思い出して飛び起きる。
痛む体など二の次と言わんばかりに苦痛で顔を歪めながら周辺へ手を伸ばす。

「駄目よ!大人しくしていないと!」

慌てて の肩を押さえるリザ。

「どいてっ、あの本を何処へやったの!?あれは、あれは…っ」

一族が代々守り抜いてきた大事な本。
そしてその中身は一族の者にしか読む事を許されていない。
もし、あの本が他人の手に渡ってしまったら…。

「あ……どうにもならないや」

急にピタリと動きを止めた
リザはわけがわからずキョトンとしている。
背後からはロイの笑い声が聞こえる。

「君がお探しの本とはこれの事かな?」

ポン、と何かが頭に軽くぶつかった感触。
振り返ると、ロイが一冊の本を差し出していた。
見間違える筈のないあの本だ。
錬成陣をモチーフとしているらしい紋様が描かれた古い本。

「…っ!良かったっ」

は安堵の笑みを浮かべてそれを抱き締めた。

「随分と大事なものらしいな。見た所錬金術の本の様だが…」
「見たの?」
「…いや、だからね、そう睨まないでもいいんじゃないか?」
「見たのか、と聞いてるの」
「見ていない。…その鍵、君が付けたんじゃないのかね」

言われてから、抱き締めていた本へ視線を移す。
厳重に施錠されている。
元々こういう造りの本だから が付けたわけではない。
それでも は不安だった。
この鍵は丈夫だ。
ちょっとやそっとでは壊れない。
しかし錬金術師や鍵の構造に詳しい者なら簡単に開けられる筈だ。
は深呼吸をしてから目前にいるロイを見た。
落ち着いた瞳で、静かな心で、ロイと始めてまともに目を合わせた。

「何かな?」

の視線を受けてにっこりと微笑むロイ。

「見てないのね。ならいいわ」

本の中身は見られていない。
そう確信した はぶっきらぼうに吐き捨てるとベッドから降りた。

「…何度言えば大人しくして頂けるんですか」

溜息混じりにリザは言う。

「君の…あー、名前を教えてくれるつもりは…」
「ありません」
「冷たいな。とにかく、君の怪我は酷い。治るまではこちらで身柄を預かると既に決定していてね。寮に部屋を用意してある」
「結構です。面倒を見て貰わなくちゃ生きていけない程ヤワじゃないの。
治療して貰った事は感謝してます。有難う御座いました。では私はこれで…」

早口でまくし立てる様に言うと、 はそのまま医務室を出て行こうとする。

「いけません!完治するまでは面倒を見させて頂きます。立っているのもやっとでしょう?ベッドへ戻って下さい」

睨み合う とリザ。
二人の間にスパークする火花の幻でも見えそうなくらいだ。
ロイなど口出しも出来ずに見守っている。
はリザをはり倒してでも脱出してやろうかとも考えたが、相手は曲がりなりにも軍人。
例え女とて怪我人である を押さえ込む事ぐらい容易に出来るだろう。
背後には一番警戒すべきロイもいる。
ここは が折れるしかなかった。
盛大に嫌そうな溜息を吐いてからベッドへ腰掛けた。

「逃げないで下さいね?この施設の人間は皆、貴女の話のひとつやふたつ聞いている筈ですからすぐに捕まりますよ。
大佐も逃げずに仕事なさって下さいね。どうせ彼女には拒絶されてますし」

最後にロイに釘を差す事と嫌味を放つ事を忘れずに、リザは の食事を用意する為に部屋を退出した。

「……仕事に戻るか。君はそんなトコに座ってないで布団に入りたまえ」

そう言いながらロイは の髪に指を絡める。

バッチーン!!

部屋にそんな音が響き渡った刹那後、 は布団へと潜り込んだ。
その後ロイが赤く腫れた頬で書類に向き合っていたのは言うまでもない。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

これ、夢じゃなくてただの名前変換小説だね…
いや、これから夢へなっていくんですけど;;
ほんとはこの話でエルリック兄弟出す筈だったんですがね
長くなっちゃいそうだったので次回へ持ち越しー
つか、大佐嫌われてるね(笑)
この話のタイトル"警戒と拒絶"
勿論、警戒→中尉。拒絶→大佐、となってます

−2003/11/11−