静養

 

 

 

 

 

二人の軍人が部屋を出て少々。
人がやって来る気配は感じられない。
予め人払いしてあるのか、近寄りがたいだけなのかはわからないがチャンスである。
ベッドを抜け出し、窓際へ寄る。
外へ目を向けてみれば人影は見当たらない。
ますますチャンスだ。
は口の端を持ち上げて不敵な笑みを浮かべる。
そっと音をたてずに窓を開け、窓枠に足をかけた。
さっと辺りを見渡してから怪我をしているとは思えない身軽な動きで屋根へ上がる。
心地よい風に頬を緩ませて、ぺたんと座り込む
しかしすぐに表情を歪める。

「覚悟はしてたけど…ここまで重傷を負うとは思わなかったなー。さて、逃走経路を確保しなくちゃね!」

痛む傷に溜息をひとつもらしてから、気合いも新たに屋根の上から施設内を見渡した。
出口の方向、人の出入りの多い場所、監視の目の有無を確認する為に。

 

 

 

 

 

「大佐!」

バタン!と大きな音をたてて開かれる扉。
扉を開いた人物はリザ。
ロイは珍しい事もあるものだと面白そうに見ている。

「騒々しいな。私ならこうしてちゃんと仕事をこなしているぞ」
「それは本来当然の姿です。…彼女の姿が見当たりません」
「彼女?彼女とは医務室で休んでいる筈の
彼女か?」
「そうです。手の空いている者に探させていますが、まだ…」

やれやれ、と溜息を吐くロイ。
リザによれば、食事を持って行った時には既にベッドはもぬけの殻。
冷たくなっていたという。
そう長時間医務室を空けたわけではないというのに、あの怪我でよく動き回るものだ。

「私も行こう」
「お願いします。どうやら建物内からは脱出した様ですから」
「もう、か?」

そう言えば随分と軽い身のこなしをしていた、と思い出す。
あの警戒心の強さといい、行動力といい、ただの市井の者なのだろうか。
悪い人間には見えなかったが一般の人間でもなさそうに思える。

「取り敢えず外へ出るか」

ロイはリザを伴って広い司令部の建物を出る。
素早い を追うにはゆっくりしているわけにもゆかず、二人は早足で歩く。
一方、逃亡中の
裏からコソコソと脱出していくかと思いきや、堂々と正面から出て行く様子だ。

「やっぱり逃げるって言うと目立たない所から、とか考えちゃうんだよね〜。残念でした!っと」
物陰からひょっこりと姿を現した
司令部の出入り口である門はもう目の前。
しかしその門の向こうからは誰かがこちらに向かっている。

「…子供?」

門をくぐり、こちらへ歩いて来るのは少年だ。

「此処って軍の施設じゃなかったっけ?見たとこ軍人ってワケでもなさそうだしなぁ…」

少し迷った だが、気にせず素通りを決め込む。
ここでいきなり走り出した方が不審に見られかねないからだ。
一度止めた足を再び踏み出そう、とした時だ。
背後に感じた気配。
同時に鋭く響く声。

「鋼の!」
「ぅあっ。ヤバ〜イ!」

追って来るロイ達の姿を認めた は急いで走り出す。

「その子を捕まえて!エドワード君、アルフォンス君!」

リザも声を張る。

「どいて、君達っ」

は少年と大きな鎧姿の人物を押しやる。
ここまで来て捕まるのも癪である。
ズキズキと痛みを感じながらもとにかく走った。

「え、え!?」
「ほら、アル!ぼさっとすんな。捕まえるぞっ」

事態は飲み込めないが、取り敢えずロイに協力するらしいエドワードと呼ばれた少年。
くるりと踵を返すと を追いかけた。
それにアルフォンスと呼ばれた鎧姿の人物も続く。
ガチャガチャと重そうな金属音をさせながら。

 

 

 

 

 

相手が子供だと油断していたのが悪かった。
あっさりとエドワードに捕まった は、また医務室のベッドの上へと戻されてしまっていた。
不機嫌そうに眉間にシワを寄せた は無言のままに与えられた食事を口に運んでいる。
流石に三日間寝込んでいただけにこれだけは拒否出来なかったのだろう。

「まったく…大人しくしていれば傷が開く事もなかったのに」

呆れた、という視線を送っているのはリザ。
屋根へ上がったり、走ったりと暴れたせいで塞がりかけていた傷が開いてしまったらしい。

「これに懲りたら逃げない事ね。面倒を見て貰えるのに何が不満なのかしら」
「…面倒を見て貰う事こそ不満ね」

ボソッと呟く
思わず を睨み付けてしまうリザ。
しかし は臆する事もなくそれを受け止め、負けじと睨み返している。
なかなか気の強い少女だ。

「随分と厄介なの拾ったな、大佐」
「拾ったのは私ではない。中尉だ」
「でも、厄介な事には変わりないですよね…」

女二人が睨み合う姿を、男三人は小さくなって見守る事しか出来ない。
情けない姿である…。
やがて何事もなかったかの様に視線を外した二人。
丁度食事を終えたジエルはひとつ溜息を吐いてから言った。

「とは言ってもこの状態じゃ歩くのも辛いし。お世話になるしかないわね…」
「お世話になる者の態度じゃないわね」
「……。お世話になります、宜しくお願い致しますッ」

空になった食器の乗ったトレイを受け取りながら冷たく放つリザ。
はそれに刺々しく返した。
この二人はそりが合わないのであろうか。
一々空気が冷たくなっている気がしてならない。
リザは特に言葉を発さずにトレイを持って医務室を出て行く。
それに続く様にロイもかけていた椅子から立ち上がる。

「さて、私も行くか。あの様子ではサボったら何をされるか…」
「つーか、この人一人にしていーワケ?」

そそくさと退出して行こうとするロイにエドワードが突っ込む。

「…見ていてくれないか?」
「俺の用事はどーなんだよ」

相変わらず不平以外で口を開こうともしない と同じ空間にいるのが辛いのは皆一緒らしい。
ロイなどは完全に拒絶されていて話にもならない。
何よりも をこのまま不機嫌にさせておくわけにもいかないだろう。
それでは体が休まらず、傷にも響きかねない。

「あー…僕で良ければ残りますけどぉ」

おずおずと進み出るアルフォンス。

「おお、そうか。なら頼もう。何かあったらすぐに知らせてくれたまえ」

そうわざとらしいくらいに爽やかな笑顔を残してロイは去って行った。

「いいのかぁ?アル」
「だって仕方ないじゃない。大佐だって中尉だって仕事あるし、兄さんだって用事あるでしょ」

自分より大きな弟を見上げるエドワード。
アルフォンスは苦笑している様な声音で返す。

「ま、怪我も酷いみたいだし食ったばっかだし大丈夫だろ。本人も世話になるって言ってたしな。じゃーな」
「うん。後でね、兄さん」

アルフォンスはエドワードの姿が見えなくなるまで見送ると、再び医務室へと戻る。
医務室の主である医者は一体何処に行ったのだろう…などと思いつつ。

 

 

 

 

 

一番先に医務室を出て行ったリザはトレイを片付けてから通常の業務へと戻っていた。
珍しくもさっさと仕事に戻って来たロイに一瞬目をパチクリさせたが、すぐにいつもの顔に戻してロイの元へ足を向けた。

「大佐。今、宜しいですか?」
「あぁ、何だ」
「彼女の傷なんですが……」

言いかけて言葉を止めてしまうリザ。

「酷いんだろう?さっきも聞いたぞ。他にまだ何かあるのか?」
「私は医者ではないので何とも言えないのですが…どうも傷が不自然に思えるんです」

不自然な傷とはどういう傷だ?とロイは内心首を傾げる。

「どう不自然なのか説明出来ないのか?」
「そうですね…表面だけを剥いだ様な感じなのですが、どういう状況でそんな傷を負ったのか見当もつかなくて…」
「なんだそれは…。取り敢えず夕方には軍医も戻って来る予定だっただろう。
それはその時に見て貰う事にしよう。逃げ出さずにいてくれればの話だが」
「そうですね」

 

 

 

 

 

エドワードと言葉を交わしていた時は気付かなかったが、微かに聞こえてくる声がある。
の歌声。
細く澄んだ声だが何処か力強さも感じさせる。
声に誘われる様にアルフォンスはベッドの方へと近付いた。

「あ、さっきのヨロイ」

ぴたりと歌を止めた は言った。

「よ、鎧…」

僅かにショックを受けるアルフォンス。

「何か用?」
「あ、えーと…歌が聞こえてきたから…。綺麗だな、って」

ケロリとした顔でヨロイ発言した は冷たい瞳に切り替えてから聞く。
その変化に多少驚きながらもアルフォンスは返事を返す。
その答えに目を見開く
そんな事を言われたのは初めてかも知れない。
何となく照れもしたがその感情は表に出て来る事もなく押し込まれた。

「…別に」

吐き捨てる様に放たれた言葉を身代わりにして。
同時にアルフォンスへ向いていた視線も手元にある本へと移されてしまった。

「う、あのぅ。僕、お邪魔ですか?」
「そう思うならどっか行ってくれる?空っぽのヨロイ君」

視線は変わらず手元の本。
その本を指で撫でながら はそう放ったのだ。
アルフォンスは驚いて の顔をまじまじと見詰めた。

「え!?」

少しの間を置いて出た言葉はそれだけだった。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

ありゃりゃ、随分長くなっちゃった…
それはさておき…ヒロインとホークアイ中尉の遣り取りを書いていて自分で悲しくなりました;;
何でこんなに不仲なんだ!?
まぁ、今だけですがね
徐々に歩み寄っていきますから!
アルとは最後の方でちょいとばっかし話してますしね
つか、名前すら名乗ってないよ…
予定では次回名乗る予定。最後の方で(爆)

−2003/11/14−