錬金術師

 

 

 

 

 

カシャ カシャ カシャン

落ち着かない様子のアルフォンス。
何やら一人でそわそわしている。
その原因は隣に座っている の視線である。
は何も言わず、小鳥にパンくずをあげているアルフォンスをただじーっと見ている。
何が楽しいのかキラキラと瞳を輝かせて穴が開く程見続けている。

「あ、あのっ!」

どうにも の視線が気になるアルフォンスは思い切って声をかけた。
は無言を貫くが目は合わせてくれた。
言いたい事があるならさっさとしろ、とでも言いたげな瞳だが。

「僕に何かついてます?」
「何言ってんの?魂しかないじゃない。何がついてるって言うのよ」

鎧の中身が空っぽである。
そう言い当てられてから一日が経過したが、やはり夢ではない様だ。
は見ただけでアルフォンスの秘密に気付いたのだ。

「…えーと、それで…そんなに見てて楽しいですか?」
「うん。こんなの見たの初めてだしね」

そう言うとまた楽しげに鎧を見回す。
口の端を引き上げた表情は、昨日とはうって変わって生気に満ちている。
青い顔で無気力そうにしていたのが嘘の様だ。

「あー、でもまだ休んでいた方が良くないですか?」

の体調を案ずるアルフォンス。
しかし はそれに答えずに観察を続けている。
ある程度の言葉は交わしてくれる様になったものの、答えたくない事には無反応だ。
それでもアルフォンスは良い方だろう。
ロイとエドワードには警戒している様子を見せ、距離を取るのだから。

「アルフォンス君、おはよう」
「あ、ホークアイ中尉。おはようございます」
「貴女も気分はどう?」
「…平気」

通りかかったリザは二人に声をかける。
リザにも反応は見せるらしい。
そんな三人の様子を室内から見ていたロイとエドワード。
何だか疎外感を感じる。

「何故君の弟には心を許すのかね?」
「…俺に聞くなよ」

不満一杯のロイ。
エドワードは呆れ気味だ。
確かに相手にされずつまらないとは思うが。

「中尉は女性同士だからともかく…。私など目も合わせてくれないのだぞ」
「何をなさったんですか」

いつの間にか室内へと戻って来ていたリザが突っ込む。
それは冷たい瞳で。
ロイは星の数程の前科があるだけに信用がない。

「だから何もしてないと言ってるだろう…」

などと返されても、リザは信じていないのか表情を変えずにさっさと仕事へ向かってしまう。
ロイは多少堪えているのか恨めしそうに外を見る。
今にも子供の様に頬を膨らましそうだ。
そんなロイの視線の先には とアルフォンスが並んで座る姿。
の観察は未だ続いてるのであろうか?
エドワードもそちらへ目を向け、二人の姿を交互に眺めながら言った。

「…アルが言ってたんだけどさ。あの人、アルが魂だけの存在だって見抜いたらしーんだよな」

ロイは僅かに目を見開いてエドワードを見る。

「何?それでは彼女は…」
「錬金術師、だよな」
「そうだな。…それも、優秀な」

 

 

 

 

 

リザにきちんと飲む様に、と渡された鎮痛剤をしげしげと見詰めている

「ちゃんと飲まなきゃ駄目ですよ」

飲むつもりがない様に見えたのか、アルフォンスは念を押す。
はムッとして睨み返す。
一応飲むつもりではいたらしい。
少し水を飲んでから小さな白い錠剤を一気に口に放り、再び水を含んで流し込んだ。

「別に飲みたくなかったワケじゃないんだけどー?君、一々ウルサイよね」
「うぅ、ごめんなさい。あの、僕、自己紹介してませんでしたよね。アルフォンス・エルリックって言います…って聞いてませんね」

あはは、と苦笑しているらしいアルフォンス。
は遠くへ目を向けて聞き流している。
その際、偶然ロイと目が合った。
にこりと微笑んで手を振っているロイ。
どこか嬉しそうだ。いや、確実に喜んでいるのだろう…。
仕事もせずに の様子ばかり窺っているのもまた確実な様子。
とは言え、 がそれに応える筈もなく、すぐにフイッと顔を背ける。
ロイはショックで一瞬固まったかと思うと、次の瞬間には書類の上に突っ伏してしまう。
ここまで女性に嫌われた事が未だかつてあっただろうか。
随分と落ち込まされる。
思わず深い溜息をもらしたロイだった。

マスタング大佐が一番嫌いなのかなぁ?僕は喋ってくれるだけいいかー

ちょっと気分の良くなったアルフォンス。
じっと見られて少しばかり緊張していたのが緩み、リラックスした姿勢を取ろうとした。

パリーン

伸ばした腕は が横に置いたグラスに命中。
グラスは割れてしまった。

「わゎっ!ごめんなさい!」

慌てて破片を集め出す。

「アルフォンス…君、ジャマ過ぎ…」
「うぅーごめんなさ〜い」

が自分の名を呼んでくれた事にも気付かない程慌てているアルフォンス。
どこにしまっていたのか白いチョークを取り出す。

「‥ッ!君、錬金術師?」

珍しく、いや初めてぶつけられたジエルからの質問に手を止めてしまう。

「え?うん、そうだけど…」
「あー続けて続けて。グラスを元に戻すんでしょ?見せてよ」

観察していた時と同じ、輝く瞳を見せている。
小さく笑うアルフォンス。
ぶっきらぼうに振る舞う だが、それが本当の姿ではないと確信出来たから。
何故人との関わりを避けるのかを疑問に思いながらも作業を進めた。

「じゃ、いきまーす」

 

 

 

 

 

耳に飛び込んできた と思しき笑い声。
ギギギ、と音がしそうな動きで窓の外を見た二人。
漸く再開させた筈の仕事の手が止まっているロイと読書に耽っていた筈のエドワードだ。
笑顔を見せている
何やら楽しそうな様子の
窓一枚を隔てた向こうに信じ難い光景がある。

「鋼の…」
「大佐の言いたい事はわかるぜ」

どう見ても仲が良いとしか思えない とアルフォンスの空気。
ついさっきまで壁を作っていた は一体何処へ行ったのか。
ロイとエドワードは
ズルイ!と叫びたい気持ちを辛うじて封じる事に成功した模様。
複雑そうな表情で、楽しそうに歩いて行く二人の後ろ姿を見送った。

「大佐、手が止まっています」
「…わかっている」
「本当にそうならば良いのですが」

疑いの眼差しを送りつつ溜息を吐いたリザ。
彼女を怒らせると怖い事を承知しているロイはそれ以上何も言わずに書類へと向き直る。
取り敢えずその日の午前は順調に仕事をこなしていく事となった。

カチャ

扉が静かに開かれると、ちょこんと顔を覗かせる
それを見たリザは笑みを浮かべて手招きする。
招かれるまま室内へと入った は、疲労困憊で机に伏せているロイを呆れた目で見た。

「今日も溜めてた仕事に追われてたワケ…」

ボソッとそんな事をもらしてしまう。
その声を聞いたロイはガバッと顔を上げる。

「あぁ、来ていたのか君!」

先程まで見せていた疲労はどこへやら、だ。
その様子に尚更呆れた であった。

「大佐、一時間ですからね」
「折角の彼女とのランチだ。もう少しゆっくりしたいものだが」

リザは朝からランチは と取るのだと宣言していたロイに時間制限を与える。
そうでなければいつ戻って来るのか知れたものではない。
ロイは短いと渋るがリザは知らん顔。
午後もまだまだ働いて貰わねば困る。
延長を許すつもりはない。
への精神的負担を考えたら尚の事。

「私、アルフォンスと食べる」
「いや、アルは…」

ロイが苦手らしい はアルフォンスに一歩寄る。
それに困った様に突っ込みかけるが言葉が続かないエドワード。
アルフォンスは飲み食いが出来ないのだ。
ロイはショックで白くなっている。

「知ってる。私はただ話の相手をして欲しいだけ」
「「あ…」」

そうだった。
うっかりしていたが はアルフォンスの実体に気付いていたのだ。
それくらいわかる筈。
ロイは真面目な顔を へ向けた。
滅多に見ないその表情に は呆けている。

「君、錬金術師なんだろう?」

問いかけられるロイの穏やかな声。
はキッとロイを睨み付ける様に見据え、口元を引き締める。
短く沈黙が流れた。

「だんまりかよ」

短気なエドワードは苛ついてもらす。
そんなエドワードを宥めるかの様に肩に手を置くロイ。

「私も鋼のも錬金術師なのだがな」

その言葉に目を瞠る

「貴方達も?」

心底驚いた、という顔をして見せる。
まさか一つの場所で三人もの錬金術師と会えるとは思っていなかったのだろう。

「あれ?僕、言わなかったっけ…」

首を傾げたアルフォンス。
同時に鎧が音をたてた。
はアルフォンスを見上げて睨んだ。
そういう事は早く言え、という文句を込めて。

「そう、錬金術師なんだ…」

伏せられる瞳。
背の傷を気にする素振り。
吐息を一つだけもらすと、真っ直ぐに三人を見詰め凛とした声で言った。

「私は 。確かに錬金術師よ」

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

大佐が哀れですね…;;
隠れ里で過ごす事が多かったヒロインはきっと積極的な人と関わった事がないんでしょう
だから引いちゃうんですねー
まぁ少しづつ口数も増えてますし、名前も漸く名乗った事ですし
次からは距離を縮めていって頂きましょうvv

−2003/11/18−