好奇心

 

 

 

 

 

数日が経過し、 の傷も大分癒えてきた。
は相変わらず僅かな警戒を見せながらも錬金術師三人には多大な興味を抱いている様子だ。
自身も錬金術師だというのに何故そんなに気にする必要があるのか…。

「お早う。マスタング、エドワード、アルフォンス」

そして今日も は何の用もなしに司令部へ顔を出す。
エドワードとアルフォンスも同様に。
こちらは 会いたさであろう。

「ああ、お早う
「オッス! ー」
「お早う御座います。 さん」

朝から三人はご機嫌だ。

「ところで 。何故、私は名前で呼んでくれないのかな?」

一つの不満を口にしたロイ。
一瞬キョトンとする 。すぐに他にどんな理由があるんだ、という顔で返した。

「二人ともエルリックだから。名前で呼ばなきゃ区別つかないでしょ」

と。
兄弟は満足そうな笑顔を浮かべている。
アルフォンスの方はどうだかわからないが、恐らくそうだろうと思われる。
エドワードはチラリとロイを見るとニヤッと笑う。
そんな挑発に乗ってしまうロイ。
二人はバチバチと火花を散らしている。
大きな子供もいたものだ。

「あら、 来ていたの?」

大量の書類を抱えたリザがやって来る。

「ん。お早う、ホークアイ」

コクリと小さく頷き、リザの持つ紙の束を半分持ってやる。
二人はいがみ合う男二人を無視してそれを机まで運んだ。

「ありがとう」
「んー、別に」

気のない返事を返し、 は視線でロイ達を指す。
リザは呆れて溜息を吐く。
が来てからロイとエドワードのいがみ合いは日課の様なものだ。
ふと何事かを思い付いたリザは に向く。

、大佐にはくれぐれも気を付けなきゃ駄目よ?」

顔を寄せて小声で忠告するリザ。

「私は誰にでも気を付けてるよ」
「だから、女の子として気を付けなさいって言ってるの」
「…‥どういう事?」

警戒心が強いのは一目瞭然。
ところが の警戒は信用出来ない程に隙だらけなのだ。
ロイに手招きされれば平気で寄っていき、エドワードに手を握られれば握り返す。
アルフォンスが相手なら警戒もへったくれもない。自ら身を寄せる始末だ。
それを忠告しておきたいリザだったが、 は理解してくれない状況である。
これにも思わず溜息をもらすリザなのであった。
怪我が完治しても、このまま保護下から外して大丈夫なのか心配になってくる。

「エドワード、アルフォンス、向こうへ行かない?マスタングに仕事させないとホークアイが可哀相だから」
「なッ! 、私は除け者なのかい!?」

に飛び付かんばかりの勢いで寄って来たロイ。
腕の中に を閉じ込めて哀願する様な顔を向ける。
こんな事では流されない 。実に冷ややかな表情を返した。

「大佐、仕事をなさって下さい」

リザの言葉と共に、ロイの後頭部に押し付けられた固い感触。
そろそろと挙げられる両手。
まだ冷たい表情をしていた はそれを見ると、エルリック兄弟を連れてその場を去った。

「ああ、 …」
「はぁ…‥仕事をキチンとして下されば も戻って来ます」

ぱたん、と閉められた扉へ手を向けて寂しげにしているロイ。
東方司令部の大佐ともあろう者がこれで良いのだろうか。
リザは頭を抱えた。
すごすごと席に着いたロイは深呼吸一つすると、物凄いスピードで書類を処理していった。
これで溜め込んでいた仕事が全て片付けば良いのだが。
その頃 は楽しそうにエルリック兄弟を引っ張って書庫へ向かっている。

「ねぇ さん。いいのかな?大佐…」
「いーのいーの。今頃ホークアイが上手く仕事へ向かわせてるって」
「で、俺達はドコ行くんだよ」
「書庫。いつもの暇潰し場所」

吐き捨てる様に言った はズンズンと進む。
頭の中では既に二人とどんな錬金術の話をしようか、そんな事でいっぱいになっていた。

 

 

 

 

 

カリカリとペンの走る音。
左から右へ、上から下へと移動していく目線。
ペンを走らせる動きに合わせてサラサラと揺れる黒髪。
その気になれば有能なロイである。
最後に自分の名をサインすると、その書類を机の前に立つリザへと差し出した。

「…確かに。これで本日期限の分は終了です」

リザは受け取った書類に目を通し間違いがないか確認してから、
明らかに昨日以前の物も含まれているであろう書類の山へ最後の一枚を乗せた。

「常にこの調子を守って下さると助かるのですが」

思わずもれたリザの言葉。
執務室にいる誰もが納得しただろう。

ガチャ

遠慮がちに開かれた扉。
そこからいつもの様にひょいと中を覗く

!丁度良い時に戻って来たね」

嬉々とした表情を浮かべて手招きするロイ。
それを見た は扉を大きく開け放って中へと入って来る。
勿論後ろにはエルリック兄弟が続いている。

「…今までずっと一緒にいたのかね?」

現在の時刻はおやつ時を少し過ぎた頃。
三人が部屋を出て行って六時間は経過しているのだ。
ロイとしては面白くないのも頷ける。

「あー、ずっと一緒だったぜ。なっ?」

フフンとロイへ嫌な笑みを向け、 へはにっこり笑いかけるエドワード。
は無言で頷くだけだ。

「ランチもかね?」
「えぇ、食堂でお喋りしながら。楽しかったね、兄さん、 さん」

花でも舞っていそうな空気を放つアルフォンス。
その厳つい風貌には不似合いでなんとも不気味だ…。
対してロイの機嫌は急降下中。
そんなロイの前へ進み出て来た
不機嫌さを押しやって首を傾げながら へ笑んでみせるロイ。
はロイの机の上を一通り眺めている様だ。

「どうかしたか?」
「仕事、終わったんだ?」

どうやら珍しくスッキリしていたロイの机に目が留まったらしい。
いつもと様子が違うというのはどうにも気になるものだ。

「ああ、今日の分は終了した。… 、今日は良い天気だな」
「どうでもいーよ」

窓の外を仰ぎ見ながら言ったロイ。
しかし は外を見ようともせずに切り捨てた。
取り付く島もあった物ではない。

「…そ、そうか。お茶にでも行かないか?ずっと此処にいてもつまらないだろう」
「お茶なら此処でも飲めるよ。仕事したら?」

またもアッサリバッサリ。

「いや、だから今日の分は終わったのだよ」
「ならたまには仕事の前借りでもして進めてみたら?どうせすぐに溜めるんでしょー?」
…‥」

全くなびかない
と言うよりも何故ロイが自分をお茶へ誘うのか、その意味がわかっていないのだろう。
その様子を見ていたエルリック兄弟は面白そうに成り行きを見守っている。

「さすがの大佐も手こずってんなー」
「うん。それにしても さんってニブイね…」
「あのニブさに大佐が耐えきれるのか凄く不安ではあるのだけれど…。 が心配だわ」
「「た、確かに…」」

内心ハラハラしているらしいリザ。
その言い分はもっともかも知れない。
いつかロイが暴走してしまわないとも限らない。
それは何としても避けたい事態だ。

「大佐、 達も戻って来た事ですしお茶にしませんか」

ロイと を放っておけばいつまでもこんな問答が続きそうだ。
リザはさりげなくストップをかける。

「そ、そうだな。では向こうへ行こうか、

外で、二人きりでのティータイムは無理そうだと判断してリザの案に乗ったロイ。
そっと の肩を抱いて歩き出す。
ここで抵抗されないあたり本当にニブイのだろう。
ロイとしてはもう少し意識されたいところだ。
五人は別室へ移るとリザの淹れた紅茶で疲れを癒した。
とエルリック兄弟は喋り疲れとでも言うべきかも知れないが。
だがそこは錬金術に関しては向学心旺盛な三人。
まだ話し足りてなかったのか、ロイとリザの事も忘れ先程の続きを話し出している。

「エドワードは錬成陣なしで錬成出来るんだー!それは珍しいね。ふぅーん」

パン!と合わせられた両手。
錬成され形を変えた機械鎧。
はエドワードの手を取って、アルフォンスにしたのと同じ様に観察をし始める。
楽しそうにエドワードを見る と、 に見られて照れているエドワード。
同じ場にいるだけのロイは当然面白くない。

はどんな錬成が得意なのかね?」

エドワードから注意をそらせようと質問をぶつけるロイ。
つい数日前までは同じくらい警戒されていた筈のエドワードにここまで気を許しているのが我慢ならない様だ。
過ごす時間の長さが違うのだから仕方ないのだが、相手が女性だと思うと変な意地も出てくる。
女性関係で困った事がない故の意地が。

「私は突出したモノはないかな?って言うかつくらない様に心がけてたから」
「何故だね?得意技の一つや二つ、あった方が良いとは思わないのか?」
「まんべんなく何でも出来る様にしたいもん」

グッと拳を作りニッと笑う

「成程な。良い顔だ。 は優れた錬金術師になるな」

同じ様に不敵な笑みを返すロイ。
そんな上官を横目で見たリザは言う。

「良い心がけね。いざという時に無能では困るもの」
「それにばかり片寄るかも知れないしねー。バカの一つ覚え錬金術師なんて格好悪いし」
「ぅぐっ、ちゅ、中尉…」

サラリと吐かれた毒にむせるロイ。
プッと吹き出すエルリック兄弟。
何を意図した発言だったのか知り得ない だけがキョトンとしていた。

「へ?何、何?今の面白い話だったのー!?」
「くくっ、大佐に聞けよ」

エドワードは自分に向けられた視線にそう返す。

「あははっ、兄さん駄目だよそんなの。大佐が可哀相だってば」

大きな鎧をカシャカシャ鳴らしながら小さな兄の肩に手を置くアルフォンス。

「えー、何なの?ねぇ、マスタングー」

むぅっとした表情でロイを見詰める

「べ、別に知らなくても良い事だ。気にするな」

おもむろに視線をそらして紅茶をすする。
まさか自分が の言うところのバカの一つ覚え錬金術師に類するなど言えるわけがない。
しかも雨の日は無能に成り下がるなどとは…。

「そー言われると気になる…」

カチャン!と音をたててティーカップをソーサーへ戻すと、ロイの隣へ座った
教えろー教えろーという唸り声でも聞こえてきそうな瞳でロイを睨んでいる。
いつもなら にまとわりつかれて嫌だと思う事は決してないが、この状況ではあまり嬉しくない。
困った様な笑顔を浮かべて、 の額にキスを落とした。

「まぁ、そのうちな」

額を押さえてポカンとしている
ハッと我に返るとすかさずロイの頬へ平手打ちをお見舞いしたのだった。
それを見たエルリック兄弟が更に爆笑したのは言うまでもない。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

どうしてこうも大佐が哀れなんだろう(笑)
やっぱり僕がへたれ好きなせいかしら?
でも随分ヒロインと皆の距離が縮まったよね
取り敢えず普通に会話はしてます、はい
次の話もこんな調子かなー?
ほのぼのしつつ、ドタバタな感じで(どんな話だよ;;)

−2003/11/30−