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軍の狗の知る事じゃないか…」

頭の中に響く の叫び。
ペンを手に書類へ向かいつつも心ここに在らずのロイ。

「だから言ったじゃありませんか。嫌われます、と」

自分の仕事をこなしながらも上官の監視をしているリザ。
あれほど忠告したのだ。
もう呆れるしかない。

「…‥中尉」
「駄目です。大佐は仕事をなさっていて下さい」

先に続く言葉が安易に予想出来たリザは冷たく言い放つ。

「しかしだな」
「ハボック少尉と数名がパトロールに出ています。
見付けたら連れ帰る様に言っておきましたので大人しく仕事に集中して下さい」

この様子では何を言おうが聞き入れてなど貰えないだろう。
仕方なさそうに書類にペンを走らせ始めるロイ。
しかし明らかに上の空であった。
リザは自業自得だろうと溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

長い髪を風に舞わせ、ふらふらとあてもなくぶらついている

「…ドコ行こう。そう言えば外に出た事なかったっけー」

保護されて以来、 は司令部に入り浸ってばかりで街へ出る事がなかった。
故に暇潰しが出来る様な場所など知らないし、知人がいる筈もない。

「あれ? じゃないか」

そう言いながら走り寄って来る大小の人物。

「エドワードにアルフォンス…」
「こんにちは、 さん。珍しいね、外で会うなんて」
「そういやそうだな。何してたんだ?」

聞かれて はどう答えていいものかと悩む。

「あー、いやぁ、別にィ。これといって何も」
「あ、んじゃ一緒に昼メシ食べに行かないか?って言うかメシ食った?」

の様子の違いに気付かないエドワードは嬉しそうに提案する。
ロイという邪魔者がいないと内心喜んでいるのだろう。

「忘れてた、食べてない…」
「んじゃ決まりだな」

と一緒のランチタイムだと嬉しそうな軽い足取りのエドワード。
エドワード程ではないがアルフォンスも心なしか浮かれている様だ。
明るい気持ちになれない は少々の疎外感を感じつつも二人についてレストランへ向かった。

さん、なんだか元気ないみたいだけど何かあった?」

レストランへ着き、注文を終えた途端アルフォンスは言う。
どうやら様子の違いに全く気付いていなかったわけではないらしい。

「え…。そ、そうかなー元気ない様に見えた?」

極力いつもの自分を装ってみる。

「まさか大佐に何かされたんじゃっ…!?」

あの男ならやりかねない!と思わず立ち上がってしまうエドワード。

「ホント信用ない人だねー」

は苦笑を浮かべて話を自分から遠ざけようと試みる。
しかし上手くはいかずにアルフォンスによって話を戻される。

「で、何かあったんですか?言いたくないならいいんですけど」

無理に聞き出そうとしないのはアルフォンスの優しさだろう。
その小さな気遣いに小さな安心を覚える。
それだけで言っても良いかな、という気持ちにされるのだから不思議だ。
先程のロイとは雲泥の差。

「……んー、マスタングとケンカした。…のかな?」
「大佐とケンカぁ?」
「大佐が女の人とケンカ…なんだか信じられないけど」

は自分と二人の言葉でふと気付く。
祖母以外に深い関わりを持った事のない にとって、初めてのケンカだという事に。
気にも止めていない相手とのケンカならこんなに落ち込まない筈である事にも。
忘れ始めていた警戒。薄れ始めていた警戒心。
その事に愕然とした は俯く。
そんな を見たエドワードは、ロイとケンカして落ち込んでいると勘違い。
自分の方が長く一緒にいた筈なのに、と嫉妬の感情が湧く。

が悪いと思うなら謝ればいーだろ。悪いと思わないなら堂々としてりゃいーじゃん」

ぶっきらぼうに放つ。

「に、兄さん」

兄の僅かな変化に気付いたアルフォンスは苦笑する。

「どーせ大佐が悪いんだろ」
「うん、マスタングが悪い」

ケンカの件に関しては…。

は口に出さずに続けた。

「そーだろそーだろ」

エドワードは の心中の思いなどわかる筈もなく、満足そうに頷く。

「はぁ…」

これで解決かと思いきや、 は深い溜息を吐く。
エルリック兄弟は顔を見合わせてしまう。
そんな思い空気を払拭出来ぬまま、三人は黙々と食事に専念する事となった。
時折エドワードとアルフォンスが話を切り出すが長くは続かない。
なんとも暗いランチタイムとなってしまった。

「ごちそうサマ、エドワード」
「ああ」
「じゃ」

食事を終えたと思ったら は即立ち上がって去ろうとする。

「え!?」
「って、ドコ行くんだよ!」

驚くしかない二人。

「ちょっと頭冷やす」

ロイが悪いと思っているのではないのか?と首を傾げるエドワード。

「だから一人にしておいてくれると嬉しいなー」

おどけた口調で言った だが相変わらず表情は浮かんでいない。

「…迷子になるなよ」

仕方なさそうにそう返す。
何を言っても効果がないと判断したらしい。

「なんないよー」

ぶーたれる
その顔を見た二人は、放っておいた方が正解だと思い笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

「うるさく聞いてきたマスタングが悪い!…けど、私も変な事言っちゃったしなー」

『軍の狗の知る事じゃないッ!!』

思わずそう怒鳴りつけてしまったが、あれは余計だったと後悔の念が渦巻く。
故郷を捨て、イーストシティに辿り着き、軍部に拾われて、そして皆と出会った。
それからの日々を反芻してみる
昔から思い込んでいた軍人像とはかけ離れた人達。
彼らならば例え自分の素性を明かしたとしても問題はないかも知れない。
隠れ里という小さな世界で生きてきた故の無知。
軍人である事、軍の狗である事に拘る必要はなかったのだ。
長い時を外界から隔離された場所で生きてきた一族の情報は歪んでいたのかも知れない。

「謝らないとなー。私、ちゃんと周りを見てなかったんだ…」

警戒し過ぎ、臆病になり過ぎていた。

「あ」

考えに没頭していた はその声で現実に引き戻される。
とろとろと進めていた足を止め、俯いていた顔を持ち上げた。
そこに広がっていたのは見慣れた青。
そろそろと見上げるとそれは銜え煙草の軍人。ジャン・ハボック少尉。

「見付けたぞ、お姫サン」
「わゎっハボック!」

ハボックと目が合った瞬間、反射的に逃げようとしてしまう。

「逃げんな」

慌てて回れ右した の襟首を掴んで捕獲する。

ぐぇ、苦しいーッ

「大佐が心配してたぞ。さっさと帰ってやれ」

それを聞いた は動きを止める。
同時にハボックも手を離す。
しかし は帰る素振りを見せず黙っている。
まだ帰る決心が、ロイと顔を合わせる決心がつかないのだ。

「なんだ迷ってたのか」

ハボックは思い付いた様に言う。

「迷ってないー!」

つい振り返って言い返した
どうやらいつもの調子を取り戻しつつある様だ。

「んじゃ帰れ」
「…帰りたくないー‥」
「じゃ一緒について来い。一人で帰るよりマシだろ」

は無言で頷く。
それを確認したハボックは同じく無言で歩き出した。
残り僅かなパトロールの行程に同行し、やがて帰路を辿る。
実の所、 の決心はまだついていない。
だが一人で帰って来る方が怖い為に、動きを止めてしまいそうな足を叱咤しながら司令部の門を通り抜けた。
ハボックは が自分の後をついて来るのを確かめてからロイの元へ向かう。
今頃心配のし過ぎで疲弊しているだろうロイは仕事などしていないと予想される。

「大佐ー、 見付けて来たッスよ〜」

パトロールの報告よりも一番に 発見を報告するハボック。
恐らくロイもそちらを望んでいただろうが。

「何ッ!?」
「おわっ」

報告を受けたロイは凄い勢いでハボックを押し退けて の元へ。

!!」
「!?」

押し退けたハボックの背後にいた の姿を認めるなりガバッと抱き締める。
あまりの心配振りに驚き、目を大きくさせてパチパチと瞬きする事しか出来ない

「すまなかった」

耳元で聞こえた震えている様なロイの声。
はロイの胸に顔を埋めてそっと苦笑する。
軍部の人間であるか、よりも人間性の方が大事なのだと漸くわかった。

この人達は信用出来る。
警戒する必要なんてないんだ。

は抱き締めてくれるロイに体を預けその背に腕を回して小さく呟いた。

「ごめんなさい…」

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

あーやっとここまでこぎつけたか…;;
ヒロインが漸く皆を信用する気になりましたー。観察の対象から友人に昇格〜。
しかし、何だか…自分の文章力が低下している気がしてならないよ(-_-)
いや、元々文才の欠片もありませんがね。
どーせね!ぶーぶー(黙れ)
えーと、次回はヒロインの素性が少しばかり明かされる筈(筈?)

−2004/2/5−