バレンタイン。
 誕生日、クリスマスに並ぶ恋人たちの一大イベントである。
 恋人たちじゃなくとも世間的に何となく浮かれてみたり、そうでなくとも女の子は意中のあの人に対する胸の高鳴りをチョコレートに乗せて献上すべく大童なわけである。
 さて、バレンタインだ。









「セント・ヴァレンティヌスの命日ですよね。幸いにもこの辺じゃ『好きな人にチョコレートを上げる日』なんて平和な設定ですけれど、他国では『不幸の日』とかそんなんだったりもするんですよ。元は、えっと、『鳥が恋に落ちる日』? だった? だったっけ? うん、まぁそんなんで、ヴァレンティヌス様が殉職したのと上手い具合にごちゃ混ぜにして、何故かチョコレートをみんなで買いあさる愉快な日になっちゃってるわけです。それにしたって広がりの狭い行事ですよまったく。もう少しなにかこう捻ってみたりは出来なかったものなのかなぁ。チョコレートを上げてそれで終わりじゃないですか、しかも義理チョコなんてものあったりするわけですから、世間の殿方の苦労が目に見えて理解できるわけですよわたしとしては。 でもまぁやはり何かな、えーっと、極普通のことを言ってみましょうか。至極普通に普通の女の子としての意見を語らせて頂くと、やはり今日が年に一度のイベントであることには代わりがないわけなんですよ。平将門公は関係なくさぁ、ねぇ。だからなんといったものですかね。えーっと、えーっと、こういうことを言うのは非常に心苦しく尚且つ申し訳なかったりなんだったりするんですけれどね。生まれて来てごめんなさい、みたいな? ああ、違う違う。そんなこと言いたいんじゃなくて。そしてこれは決して現在のこの状況をどうにかはぐらかそうと一生懸命になっているわけじゃなくて、…………わけじゃなくて、そろそろ本題に戻ろうか。まぁ線路なんてどこまでもずれる代物だから問題ないですよね。うん、でもあんまりずらしっ放しだと事故が怖いですから。じゃあ本題ターイム」





 そこまで言ってから少女は再び躊躇した。
 さきほどから何度も何度も似たような台詞を繰り返して、繰り返しては口ごもり、またわけの分からない講釈をたれてはいざ本題、と堂々巡りを続けていた。



 誰だろう、この子。



 ごく当たり前の思考に辿りついていながらも、 はどこか冷静にその少女を見物していた。
 むしろ、それより気になる事柄が数点。
 目の前に置かれた大量のチョコレート、諸々のお菓子作り道具。用意された二着のエプロン。

 何だろう、これ。














 バレンタインディ















「だから、さっきから言ってるでしょう。聞いている? もう、聞いているかな緋染さん、ひーせーんーさーん? 緋染の君? 緋色に染められた錬金術師? うわ、かっこいい。というかなんですけれども、『ひせん』って音だけ聴くと奇妙な感じがしますね? 『非戦』? 『飛泉』? ああ、こういうのもあるよね、『卑賤』。あ、これは嫌ですねぁ。でもわたしは『ろうおく』と聞くとまず『牢獄』と聞こえて次に『陋屋』と聞こえるんですけれどね。あ、なるほど。あの無駄に小さな生活用品を最小限に抑えた小屋のような汚い家とかけているのかな、やるなブラッドレイ。 ああ、まぁいいや。それでですね、『お誕生日も素敵、クリスマスも大好き、お正月も大事、でも、女の子にとって一番大事な日、2月14日バレンタインデー』というのはまぁ某魔法少女の言なのですけれど、どうやらそういうことらしいんですよ。なら仕方ないですよね。仕方ない仕方ない仕方ない。そういうわけで、あー…………、そういう、わけで? ああもう、なんでわたしがこんな恥かしい役回りを引き受けなくちゃならないのか全然まったくわけがわかりませんよ。でもクリスマスもお正月も祝っちゃったからなぁ……やらなきゃだめらしい、だめらしいですよ『バラレンタリンディ』。そんなわけで、そんなわけで、そんなわけで。……………はぁ、そんなわけで緋染の錬金術師さん、わたしと一緒にバレンタインチョコを手作りしませんか?」



 最後の方はもう既にやる気の欠片もなかった。無駄話をしている時の方が活き活きとしているように見える。
 不承不承という風にようやく本題を切り出した少女に、 はとりあえず、当初の疑問をぶつけることにした。


「で、きみは誰?」
「誰という質問には答えられないかな、システムの都合上わたしの名前は出ちゃいけないことになってるんですよ。不便ですね。実に不便です。名前を名乗れないだなんてまるで海に突き落とされたウサギじゃないですか。そんなわけでわたしのことは、何とでも呼んでいいですよ。もう、なんとでもどうぞ。ちなみにわたしはきみのことを緋染さんとか呼んでいますけれど、きちんと名前の方は理解しているから安心していいですよ、 ちゃん。うわ、嫌そうな顔。やっぱり『ちゃん付け』は嫌? あはは、嫌そうですねぇ、そうですよね、嫌ですよね、じゃあ『 さん』でどう? ああ、もう面倒臭いから で良いや。良いですよね? 緋染さん。よし、じゃあさっそくお菓子作りを開始しよう。まずはエプロンをどうぞ」

 白いエプロンを手渡された。
 …………本当に一体なんなのだろう。



 どうやらバレンタインのチョコを作りたいのだということはわかった。彼女の口ぶりからすると『本当はこんな事したくないけど裏で誰かの意志が動いているから仕方なくこういう展開に甘んじているんですよ』的な要素が見えるが、しかしどういうことだか彼女は表情が無い。



「・・・・・・…………」



 仕方ない。
 こういう展開なら従おう。




「だいたいそもそも、白いエプロンというのはおかしい発想だとわたしは思いますね。服が汚れないようにエプロンをつけるのに汚れ易い白をもってくるなんて間違ってるんじゃないのかな。間違ってると思う。うん、間違ってる。うわぁ、間違ってる。そんなわけで、わたしは黒のエプロンを用意したわけなんですけれど、しかしこれもよく考えたら汚れが目立つんですよね。薄力粉とか。あ、そうそう、そうだった。バレンタインチョコという名目ではあるものの、どうやら別にチョコレートをあげなければならないというわけでもないようですから、作るものはチョコでなくてもいいわけです。ていうか、チョコレート砕いて溶かして型に流して固めてハイどうぞなんて面白く無いですもんね。ケーキがいいかな? 生チョコとかいう手もありますけれどね。ちなみに馬鹿みたいにチョコレートはあるから、これを使って出来るお菓子に限ります。ほらほら、本もいっぱいあるよー」

 言ってどこからかお菓子造りの本を取り出してきた。
 意外とやる気満々である、この少女。
 軽く眩暈に似た感覚を覚えつつも、 は仕方なくチョコレートの作成を開始した。























 というのが、今から数時間前の話である。


























「………で、その変な女と作ったケーキがこれ?」
「そう、あまりもので悪いけれどね」

 目の前に置かれたチョコレートケーキ(正式名称・ガトーショコラ)を切りわける にエドワードは非常に複雑そうな顔をした。
 バレンタインチョコを頂けるのはありがたいことだが、しかしそんな奇妙なエピソードを添えられても困る。

「味見はしたよ、美味しかった。本当は他にも色々作ったんだけど、あげるあてがないから……。エドワードは、甘いものは平気だったよね?」
「全然だいじょうぶ」
「そう、じゃあどうぞ召し上がれ」

 扇型に切られた茶色いケーキには生クリームが添えられ、一緒に紅茶も差し出された。
 意外とこういうのは嫌いではないようだ。

 まぁ、あげるあてがないから、などとわざわざ付け足している辺りを見るとケーキを作る予定はなかったようだし。
 小さなフォークを手にとって、エドワードはアルフォンスに一言「悪いな」と苦笑して、それをありがたく頂くことにした。




























「……………………」

 すでに定番となっているいつもの廃墟で、エンヴィーは思いっきり立ち尽くしていた。
 甘い香りがほのかに流れ、その惨劇に対する彼の衝撃をより一層際立たせている。

 綺麗なラッピング、すらも存在していない。
 しかしこの甘ったるい匂いは間違いなく、ここにそれがあったことを指し示している。
 見えきっている答えをあえて追求する為に、エンヴィーはその少女に目をやった。

 珍しく口を開かず、それどころか少し口ごもり言い難そうにしているように見える。もっとも、彼女の表情そのものは変化していないので、それはエンヴィーの希望的観測であったのかもしれないが。

「………………エンヴィーは、なんていうのかなぁ……運がないですよね」

 ようやく放った彼女の言葉は、本当に短い一言で、
 それと同時に、口の周りを茶色く染めたグラトニーが声を上げた。


「ごちそうさまー」



 犯人はこいつだ。



「……グラトニー、手前」

 無惨にも食い尽くされたチョコレートを思い浮かべ、大人気なくもマジギレ寸前のエンヴィーに、
 グラトニーは、にやりと笑った。



「運がない」



 廃墟崩壊、決定。












◎後記的

そんなわけで、なんの変哲もないバレンタイン話でした。
持って帰ってもしょうがないとは思われますが一応フリーで。14日のみ展示です。
日記ご覧の方はご存知でしょうけれど、何だかもうギリギリまで書き終らなかった代物なのでガタガタですね…。許してあげてください。

尚、バレンタインは女の子のイベントですので、今回は女の子主人公二名のみで。
ちなみに、本編とは全く関係ありません(笑)。

ではでは、片想いな方も両想いな方も、そんなイベント関係ないぜという方も、ロードオブザリングでバレンタインどころじゃないわという方も、皆々様素敵なバレンタインをお過ごし下さいませ。

バレンタインプレゼント、お待ちしております(殴)。

☆涼風コメント

大好きサイト様のフリー夢を頂いて参りましたッ!
いや、お正月夢も頂いたのですが時期を逃してしまいアップ出来ずに終わってしまっただけです;;
今度こそは!という事で。充分過ぎてますがもう気にしない方向で。
密かに作る気満々な戦隊ヒロインが可愛いなぁvv緋染ヒロインはどんな顔して一緒に作ってたんだろう(笑)
戦隊ヒロインのチョコを食べ損ねたエンヴィーが哀れだね。そうか、彼女のチョコが欲しかったんだね〜vv