聖なる日に

 

 

 

 

 

それはクリスマスを数日後に控えたとある日。
夜勤明けの は寝ぼけ眼でブランチをつついていた。
ゆっくり身支度を整えて午後からは仕事。
何の変哲もない一日になる筈だった。

、起きていたか」
「おはようございます、父様」

久し振りに顔を合わせる父親のイジェンダだ。隣には穏やかな笑みをたたえた母もいる。
そんなイジェンダに目もくれずに言葉だけの挨拶。

「…久々に会ったんだから顔ぐらい上げてくれないか?」

声音からして苦笑しているらしい。
は面倒臭そうに父のいる方へ視線を向けた。
その瞳は「言いたい事があるなら早く言え。用がないなら声をかけるな」と言っている様だ。
娘の素っ気ない態度に溜息を吐く父、哀れ…。
まぁ、娘と父親の関係などこんなモノだろう。
気を取り直したイジェンダは の向かいに腰を落ち着け、白い封筒を差し出した。

「何ですか?」

封筒の中身を取り出しながらイジェンダを見る。
イジェンダは笑顔で答える。

「見合い写真だ」
「ぶっ…!!み、見合い写真ー!?」
「そうだ。どうだ?気に入らないか?」

ふるふると怒りに震える手で取り敢えず写真を開いてみる。
そこにはいかにもお坊ちゃんといった雰囲気の金髪青年の笑顔がある。
は無言で写真を閉じるとポイッと後方へ投げ捨てた。

「あ!コラ、 !!」
「寝ぼけてます?」
「それは の方だろう」
「久し振りの全休で頭どうかしました?」
「どうもしとらん。確かに休日など滅多にないけどな」
「仕方ないでしょう軍人ですもの。お互い苦労しますね。じゃ、ご馳走様。私は午後から仕事なので」

さり気なく床に落とした写真を踏みつけてその場を去ろうとする
しかしイジェンダも後に引く気はないらしく、爆弾を投下。

「そうか、ご苦労だな。見合いは24日だ、忘れるな」

その爆弾で動きを止めた は鬼の様な形相で振り返った。

「それは決定?私の意見も聞かずに決定ですか!?」
「そうだ」

満足げに頷いているイジェンダ。
は優雅に微笑むと踵を踏み鳴らす。
同時に踵からは小振りのナイフが飛び出す。

「三枚に下ろして欲しいのですか?」

その笑顔が非常に怖ろしい。
イジェンダは口元を引きつらせている。

「じ、時間はお前の仕事に都合に合わせて下さるそうだ。感謝しろ」
「したくないわ!って、何ですか?24日ですって!?何故そんなお坊ちゃんに私のイヴをくれてやらなきゃいけないのですか!!」

思わずテーブルの上のフォークをイジェンダに投げつける。
ヒュン!と風を切ったそれはイジェンダの頬をかすって壁に深々と刺さった。

「あ、危ないだろう!」
「軍人ならこれくらい避けて下さい。 大佐」

間一髪でフォークを避けたイジェンダは本気で肝を冷やした様だ。
冷や汗が流れている。

「ざ、残念だが私は文官でね…」

イジェンダ危うし!
既に押され気味だ。
このままでは見合い話はお流れになってしまう事間違いなしだ。

「まぁ、 。貴女またやったわね?」

母は壁に刺さるフォークを見て呆れている。
この反応。こんな事は一度や二度ではないのだろう。

「お父様は戦闘が苦手なんだから手加減してあげなさいよ」
「大丈夫です。この通りちゃんと無事ですから」
「…‥ノエル、この場合止めるのが普通じゃないか?」

怖ろしい母娘だ。

「止めても止まりませんよ、この子は」
「そこで諦めないでくれ!」

懇願するイジェンダ。

「母様からも言って下さい。見合いなんて冗談じゃありません」
「行って来なさい」
「うわッ!即答!?」

決して流れに逆らおうとはしないノエル。

「クリスマスイヴに良家の子息とお食事だなんてこんなに良い話ないわよ?」
「どうせ付き合ってる男もいないんだしなぁ、 は。予定は空いてるだろう?」

ずずいっと迫る両親。

「「そして盛り上がった二人は一気に結婚まで突っ走る!!」」
「突っ走らんわーッ!!!」

両親は当人を差し置いて盛り上がっている。
家はそれなりに格式ある家柄だ。
それに見合った家柄の者と結婚させたいのはわからなくもないが少々…いや、随分と強引である。

「だ、大体24日は普通に仕事ですよ。年末に向かって忙しい時期だもの定時に帰れる保障だってないのですからね!
私はぜぇぇったいお断りです!!」

半ば叫ぶ様にして言い放つと食堂を飛び出して自室へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 

「あー…朝から疲れたよ、もぅ。ま、父様も今日の最終便でセントラルへ戻るし、なんとかやり過ごせるでしょ」

私には強い味方がついてるし、と不気味に笑う の手には愛用の銃が握られている。
文官である父と違い、 は男顔負けの武官。
イジェンダを死なない程度に痛めつける事くらい造作ない。

「… 准尉。何を笑っているの?」
「えっ?あ、ホークアイ中尉。お早う御座います!何でもありませんよ」

取り敢えずにっこり笑顔で誤魔化しておく。

「そう?」
「あ、書類、私もお持ちします」
「有難う」

高く積み上げられた書類の半分を受け取る。
これはきっとマスタング大佐の元へ届ける書類だ。
は中尉と並んで大佐の執務室へと向かう。
そこでは大佐がサラサラとペンを走らせている。
本日は有能モードなのだろうか。

「大佐、こちらもお願いします」
「まだこんなにあるのか…」

些かげんなりした表情の大佐。

「こちらもですよ」

は中尉が置いた書類の上へ同じ量の書類を重ねた。
大佐は溜息をもらす。

「今までサボったご自身のツケです。今日は真面目に仕事して下さい」
「…仕方ないな」

そう呟いた大佐に「仕方ないのは大佐でしょう」とツッコミたかった だったが、流石に口に出せるワケもなく飲み込んだ。

「後でコーヒーでもお持ちします」
「ああ、頼む。ところで 准尉?」

大佐は書きかけの書類をそのままに、手を組んで を見上げる。
先程までの表情は影を潜め、不敵な笑みが貼り付けられている。

「は、はい、なんでしょうか?」

その笑みに鼓動が早まるのを感じる。
断固として見合いを断りたかったのもまた彼のせい。
にイヴの予定がないのはモテないからではない。
想う相手がいるからこそ、他の者の誘いを片っ端から断ってしまった為なのだ。

「見合いをするそうだな」

大佐の口から出た言葉に瞬時に石化した
何故大佐がそんな事を知っているのか。
中尉も少し驚いた顔で を見ている。
引く手数多な が見合いをするというのが信じられないといった風だ。

「つい先程 大佐から電話があってね。その日は定時に帰してやって欲しいと頼まれたのだよ」
「し…」
「し?」
「処刑決定ぃッ!」

そんな手の回し方などしてくれなくても良いだろう!と の怒りは頂点に達する。

「私はそんなモンお断りだわーッ!」
准尉、少し落ち着きたまえ」

頭を抱えて叫ぶ
大佐は苦笑いを浮かべている。
穏和な性格である は滅多な事では叫んだりしない。
もっともイジェンダ相手ならば何度叫んだかわからないが。
余程嫌なのだろう。

「断るなら当日相手に直接言ってやるんだな」
「…行きたくないから困ってるんじゃないですか」

何が悲しゅうて好きな相手に見合いに行く様に諭されなければならぬのか。
泣きたくなった だった。

 

 

 

 

 

さらさらと背を流れる髪。
化粧に縁取られた愁いを帯びた瞳。
雪色のドレスは着ている者を立たせるシンプルなデザインだ。

「まぁ、 綺麗じゃない!」
「ソレハ ドウモ アリガトウゴザイマス…」

感激しているノエルをよそに、感情のこもらない声で返したのはドレスアップした だ。

「なんだ、その仏頂面は…」
「私は素直な感情を表しているだけですが?」

細められた瞳は氷の様だ。
イジェンダは背筋を凍らせている。

「と、とにかく、相手方に失礼のない様にはしてくれ」
「わかってます。軍部とも関わりのある方ですものね。私の出世に関わるわ」
「…‥父さんの心配はしてくれないのか?」
「もう打ち止めなんじゃありません?」

そう言った の顔にイジェンダは恐怖した。
表情は確かに笑んでいると言えるが、瞳が笑っていない。
イジェンダは小さくなるしかなかった。
指定された高級レストランに到着すると、真っ直ぐに見合い相手の元へと案内される。

ま、向こうから来た話ですもの。先に来ているのは当然ね。

心の中で毒づいてからお互いに名乗り合う。
こういった席は大抵親同士が一番盛り上がるものだ。
は自分の都合の悪い方向へ話がいかない様にただ見守っていれば良い。
話をふられれば困った様な表情でも浮かべて適当に返してやる。
後は後日この話はなかった事にすれば良いだろう。そう考えていた。
例え相手がその気になったとしても が切り捨ててしまえば先へ進む事はないのだから。

「おや? 大佐ではありませんか」

の耳に届いた聞き慣れた声。
ハッとしてそちらを向けばやはり。

「マスタング大佐…!」

目が合ってしまった は何となく気恥ずかしい。
今の自分の格好にしても、見合いの席を見られた事にしても。
そんな に大佐は眩しそうに目を細めてからイジェンダへ視線を移した。

「マスタング君、久し振りだね。今日はすまなかったな、 の事で無理を言って」
「いいえ、 さんはきちんと仕事を終えてから帰られましたから問題はありませんよ」

は驚いて目を見開く。
今、大佐は何と言っただろうか?
仕事は確かに終えた。問題はそこではない。
大佐の口から
さんという言葉が出てこなかったか?
未だかつてそう呼ばれた記憶など欠片もない。あったとすれば決して忘れる事はない筈。

「あ、あの…大佐は何故こちらに?」

おずおずと口を開いた

「あぁ、今夜はデートの予定があってね」

そうだよね…。大佐とクリスマスを過ごせるなんて羨ましい人だなぁ…‥。

「で、 ?君はもう言いたい事は言ったのかね?」
「え、いえ、まだ…」
「早く言ってしまったらどうかな?デートの時間がなくなってしまうよ」

何を言ってるのだろうかと首を傾げる
大佐と違って自分にはそんな相手などいないというのに。

「私はもう待ちくたびれてしまった。君が言わないのなら私が言おう」

足早に の側に寄ると、 の手を取って立たせ腰に手を回す。
自分の身に起こった事が瞬時に理解出来なかった は、呆然と大佐の顔を見上げる事しか出来ない。

「この話はなかった事にして頂いても宜しいか?彼女は既に先約済みでね」

自信に満ちた声が見合い相手に向けられる。
その迫力に押されたのか相手は息を飲んで頷くだけで精一杯な様子。

「マスタング大佐、どういう事ですかな?」

イジェンダは射る様な視線を向けている。

「どうもこうも、こういう事ですよ。 大佐」

しっかりと の体を抱き寄せ、露わになっている鎖骨へ軽くキスを落とす。

、行こうか?」
「え?…あ、はい!」

チラリと両親を振り返り見たが、手を引かれるままレストランを後にした。
は大佐に連れられ、一軒の屋敷へ通される。
他に人の気配のないそこはきっと大佐の自宅であろう。

「あのぅ…大佐?」
「ん?」
「あー…えっと、何故助けて下さったのですか?」
「別に助けたつもりはないな。私は単に自分を助けただけだからね」

どういう事だろうと考えるがサッパリ答えは見えてこない。

「他の男に意中の女性を横取りさせる程お人好しじゃない。という事だ」
「えぇ!?な、何仰ってるんですか!そういう冗談は…」
「冗談であって欲しいのかな?私の想いは迷惑か?」

が初めて目にする大佐の真摯な視線。
これこそ冗談ではない証拠そのもの。
自然と涙が込み上げ、言葉に詰まった は首を横に振る事で意思表示した。

「おいで、

優しい笑みに誘われ、広げられた腕に飛び込んだ

「大佐、私…」

言いかけた の言葉は大佐の指に止められる。

。今はプライベートの時間なのだが?」
「…‥ロイ……」

言い直された言葉に満足すると、腕に力を込めて との距離をなくしてしまう。

「言わなくともわかっている。ずっと見ていたからな」

最悪なクリスマスから一転。
最高のクリスマスに は酔いしれる。
いつもの一歩下がった位置ではない。
ロイ・マスタングの腕の中で。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

うゎ、長いなーコレ
頑張った甲斐あったね!
前半ヒロインと両親しか出て来ないケド…大佐出番少ないケド…
つーか、ヒロイン父が情けないね(笑)
書いててちょっと楽しかったよ
そう言えば両親の名前、固定なんですが良かったですかね?
あ、母のノエルは別にクリスマスにあやかったワケじゃないですよ〜(笑)

−2003/12/21−