サンタの笑顔

 

 

 

ある冬の日の、夕刻。
執務を終えた趙雲は、いつものように城の一室を訪れた。

「あ、趙雲さん。お仕事お疲れ様です」
机に向かい、一生懸命に作業をしていた部屋の主は、趙雲の呼びかけにぱっと顔を上げて明るい笑顔を見せた。
それに一つ微笑を返し、向かいへと腰を下ろす。
間の机には、今日の彼女の「仕事」の成果が積まれている。
「そういう も、今日はだいぶ頑張ったみたいだな。・・・間に合いそうか?」
「はい。香鈴さんがいろいろ教えてくれて、手伝ってくれましたから」
「そうか」
「趙雲さんも、ありがとうございました。私一人じゃ、こんな用意できませんでした」
「たいしたことはしていないよ」
なによりも、自分自身が彼女の言う『計画』に乗ってみたかったのだから。
そう言うと、 は嬉しそうに笑った。






始まりは十日ほど前のことだった。
今日と同じように趙雲が、 の部屋を訪れたとき。
『・・・何をしてたんだい?』
慌てて机の上に突っ伏した彼女に、首を傾げる。
『な、なんでもないです〜・・・』
『・・・・・・・そうやって隠されると気になるな・・・』
『たいしたことじゃないですよ!』
『・・・殿に申し上げてみるか。 がなにやら企んでいると』
『わ、ちょっ、ダメです!! 劉備様に言ったら・・・!』
『じゃあ教えてくれるな?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・』
が渋々取り出したのは、作りかけの巾着のようなものだった。
『これを作ってたのか?』
『はい・・・・・・みんなに、クリスマスプレゼントしようと思って』
『くりすます、ぷれぜんと・・・?』
『私の世界の行事なんです』


それから は簡単に説明してくれた。
十二月二十五日は『くりすます』と言って、 の世界の神様の誕生日なのだそうだ。
その日は親しい人に贈り物をする習慣があるらしい。
特に子供には『さんたくろーす』という赤い服の老人が、欲しいものを届けてくれるという言い伝えがあるのだという。


『もちろん、皆さんがそんなこと知らないのはわかってます。でもいつもお世話になってるお礼に、私が贈り物してもいいかな、って』
あれこれ考えた末に、お守りを作ろうと思い立ったのだそうだ。
趙雲に見せたのは、その試作品であったらしい。
『ほんとはその日まで全員に秘密にしておきたかったんだけどな・・・』
思いもかけず、はじめから趙雲にばれてしまって、 は少しばかり意気消沈した様子だ。
少し申し訳ないような気持ちで趙雲は苦笑し、それから改めて作りかけのお守りを眺める。
お世辞にもきれいな針目とは言えないが、丁寧な仕事であるのは趙雲の目にもわかる。
さぞかし必死になって取り組んでいたのだろう。
その様を想像するとなんだか微笑ましくて、自然と趙雲の顔がほころんだ。
(くりすますぷれぜんと、か)
異世界からやってきたというこの娘は、いつも何か風変わりなことを言い出してはにこにこと笑っている。
それが趙雲には心地よい。
風変わりな言動の一つ一つに人を思う気持ちが感じられるから、決して不快ではない。
心細いことも、居心地が悪いことも多くあるだろうに、そういう様はあまり面には出さないのだ。
出来るなら、彼女がいつでも笑顔でいられるようにしてやりたい。
誰よりも を愛しく想うが故に、それは趙雲がいつも切実に思うこと。
だから、今回の話にも。
『将全員分となると、それなりの量の布が必要になるんじゃないか? 贈り物だから絹などの方が良いだろうし』
『そうなんですよね・・・。どこで準備しよう?と思って』
『明日、市に行ってみよう。昼前に迎えに来る』
『え、でも、お仕事ですよね? というか、私、お金持ってないですし』
『城下を巡回してくると言い訳すれば問題ないさ。支払いの事なら心配しなくていい』
途端に、 の顔に焦りが浮かぶ。
『ダメですっ! そんな、私が勝手にすることなのに、趙雲さんに迷惑かけられません!』
『気にしなくていい。それくらいならなんでもないから』
『そういう問題じゃなくて、だって、趙雲さんにだって作るのに!』
贈り物を、贈る人に買ってもらうなんて変ですー!と、まあ、 の言葉にも一理はあるが、趙雲には聞き入れるつもりはない。
(君の望みは叶える、と、決めているのだから)
『私も『くりすます』に参加してみたいだけだよ。手伝わせてくれないか?』
そう頼むと、ようやく は折れてくれた。




次の日、二人で城下に降りて、布屋をあれこれ見て回った。
は一人ひとり違う意匠にするつもりのようで、ああでもないこうでもないと悩み、時には趙雲にも意見を求めたりした。
思いの他長居してしまって、帰りには慌てて馬を走らせた。
その次の日からはひたすら縫う作業。
は親しくなった自分付きの女官・香鈴に事情を打ち明けて、縫い物の手ほどきをしてもらうことにしたらしい。
執務の合間に趙雲が様子を見に行くと、香鈴と二人で真剣に練習している の姿があった。
『はかどってるか?』
そう聞くと はいつも少し困ったように笑って、
『頑張ってるんですけど、難しくて。香鈴さんみたいにきれいに出来ないんです』
と、答えた。







そうして瞬く間に日が流れて、今日は二十四日。
いつものように執務を終えた趙雲が の部屋を訪れると、既に香鈴の姿はなく、 が一人でお茶を飲んでいた。
「無事に終わったみたいだな」
「はい。ついさっき最後の一つを仕上げたんです」
机には、小さな巾着型のお守りがきちんと並んでいる。
最初の試作品とは見違えるほど綺麗な仕上がりだ。よほど頑張ったのだろう。
一つ一つ色の違うそれらをこうして並べると、まるで机の上に花が咲いたようだ。
「間に合って、良かった」
にっこりと笑った彼女の指は、包帯だらけでぼろぼろだ。
そんなことをまるで気に留めずに、 はぽつりと呟いた。
「本当は今夜配って回るんですけど・・・・さすがにそれは無理ですもんね」
「さんたくろーすは夜に来るものなのか?」
「はい。今日はクリスマスイブって言うんです。サンタさんは今夜子供が寝てからプレゼントを配るんですよ」
そこまで話してから、あ、そうだ、と思い出したように が立ち上がった。
「まだ趙雲さんは寝てないですけど、先に渡しますね」
そういって、引き出しから取り出した包みを差し出した。
開くと、中から出てきたのは、丁寧な刺繍の入った手巾だった。
「これは・・・?」
「趙雲さんへのクリスマスプレゼントです。やっぱり、買ってもらったもので贈り物、ってしたくなくて」
香鈴に相談して、なんとか自分で用意できるものを考えたのだそうだ。
すると彼女はこんなことを提案してくれたのだ。
様、しばらく私のお手伝いをして下さいますか? そうしたら私からお給金をお出ししますわ』
それで趙雲への贈り物を用意すればいい、と言われて、 は飛び上がって喜んだ。
「今までそんな時間なかったから、前借りってことになっちゃったんですけど・・・」
でも、どうしても自分の力で準備したかったのだ、と言われて、嬉しくないはずがない。
「ありがとう・・・。とても嬉しい」
「よかったら、使って下さいね」
仄かに頬を染めて、微笑んだ彼女の手をそっと引き寄せる。
「趙雲さん?」
「先を越されてしまったけれど、我ら蜀のさんたくろーすに、私からの『くりすますぷれぜんと』だ」
の小さな手のひらに載せたのは。
「きれい・・・・・」
銀に翡翠の首飾り。
凝った装飾は施さず、控えめに柔らかな光を纏う石を生かした造りが、どこか 自身を思わせて。
彼女へ贈り物をしようと決めた趙雲の目を真っ先に引いた。
言葉もなくして首飾りを眺める に、こっそり苦笑する。
「その様子だと、自分が貰うことなんてまるで考えていなかったんだな」
「だって、自分が作るのに精一杯で。ありがとうございます、すごく、嬉しい!」
「つけてみてくれるか?」
「はい!」
いそいそと首飾りを身につける を、趙雲は穏やかな眼差しで見つめている。
彼女が髪を軽く背に流してこちらに向き直ると、その笑顔がさらに明るくなる。
「やっぱり、よく似合う」
白く、華奢な鎖骨の間に、青緑色の石がしっくりと収まっていた。
それを指先でなぞるように触れると、ほんの少し の頬の赤みが増した。
「大事に、しますね」
「気に入ってくれてなによりだ」
そうしてこめかみに掠めるような口づけを一つ。
それだけで、趙雲の愛しい『さんたくろーす』は一気に頬を上気させた。




神様が生まれた聖なる夜に、大切な人への贈り物を。
願わくは全ての人にとって、素敵な夜であることを。
はそう言うけれど。


聖夜に趙雲が願うのは唯一つ、小さな『さんたくろーす』、 の笑顔だけ。




end


2005/12/24



出遅れ気味クリスマス配布〜(汗)ということで、アンケート二位だった趙雲夢、でございます。
時間も余裕もなくて不完全燃焼なのですけれど、愛と甘さだけは存分に。
趙雲の望みどおり、貴女の笑顔を作ることができましたでしょうか?

こちらは企画配布物ですので、お気に召しましたならばどうぞお持ち帰り下さいませ。
サイトへの転載等も御随意に。
ただし作者は明記して下さいますようお願いします。
持ち帰りましたよ、の一言を頂けますと、管理人小躍りして喜びます。

読んで頂いて、ありがとうございましたv
窓を閉じてお戻り下さい。

 

ああなんて素敵な趙雲vv
配布作品という事でいそいそと保存(笑)
悠樹さんのお話にはいつもニヤニヤしちゃいますv
ふふふ、僕には地道にプレゼントを用意する根性はありませんが趙雲のプレゼントは欲しいです(マテ