二人目のユーレイパンダ

 

 

 

 

 

「何言ってるの!風邪ひきさんは大人しく寝ててちょうだい!」

ビシッと言い放ち、拓海をベッドへと寝かし付けようとしている少女。
拓海とよく似た顔立ちの彼女は双子の妹である だ。
寝ている様に言っているのに聞いてくれない兄に無理矢理布団をかぶせている。

「んな事言われても…俺が行けないからって が行くつもりなんだろ、豆腐の配達」
「ふふ。当然ですー♪」

楽しそうに返す に拓海は溜息を吐いて脱力している。
中学の頃からハチロクで豆腐配達をしている拓海だが、妹である もまた同じ様に配達を手伝っている。
主に拓海が行けない時や、どうしても行きたいと強情を張った時に限るが。
しかし拓海はそれを良く思っていない。
当然それは が女の子であるから。
本人はハチロクで走るのが楽しくて仕方がないのだけれど。

、お前もう止めたら?」
「何よ、急に。絶対に嫌よ」
「いや、だってさ、俺と勘違いとかされたらどうする気だよ。危ないだろ?」
「病人に運転させる方が危ないわよ。今だってフラフラしてるクセに!」

秋名のハチロクとして名が売れてしまったが為に心配な拓海。
時間帯を考えれば誰かと会う事もないだろうが万が一という事もある。
拓海と啓介が出会った様に。
対して は腰に両手を当てて叱り付ける様な格好。
これではまるで母親と子供だ。
そこへ にとっては救いの声。

「おい、 !時間だぞ」
「あ、はーい!今行く!ほら、やっぱり私だってさ」
「駄目だって!ったく、親父のヤツ」
「もう!拓海はいちいちウルサイッ」

そう言った は起き上がっていた拓海をベッドへ沈め、階下へダッシュ。

「お父さん、ごめーん。準備済んだ?」
「ああ。ほらよ」

拓海が毎度そうしている様に にも渡される水の入った紙コップ。
はそれを受け取りハチロクに乗り込む。

「どうせまた拓海が引き留めてたんだろ。あいつも諦めないな」
「ホントにねぇ。お父さんは私が配達行くのどう思う?」
「どう、ってなぁ。行かせてるのは俺だぞ」
「そーか、そうだよね。んじゃ、行って来ます」
「ああ、気を付けてな」

は笑顔で答えるとウィンドウを閉め、クラッチを繋いだ。

 

 

 

 

 

秋名の夜明け前の峠道を、ハイスピードで走り抜ける白と黒の車体。
結局、フラフラと足もとの覚束ない拓海をベッドに突き飛ばして配達権利をもぎ取った が運転している。
運転回数が拓海よりずっと少ない上に体力差もある。
よって拓海には及ばないが、天性の才能なのかかなりのテクニックを有している。
そんな人気のない秋名にはもう一人の走り屋がいた。
いつもの様に赤城を攻めていたがイマイチ気分の乗れなかった高橋啓介である。
決して調子は悪くはない。
それでもこういう時もあると、気分転換にと秋名へとやって来たのだ。
ひとしきり秋名での走りを堪能した啓介は、路肩へと黄色い相棒を停車させ一休みしていた。
その啓介の耳に届いた悲鳴――スキール音。

「…ああ、この時間だったか。藤原が走ってんの」

やがて姿を現したユーレイパンダは颯爽と走り去って行く。
ハチロクの後ろ姿を見送りながら感じた違和感。
よく似ているが違う走り。

「藤原じゃない…ワケねぇよな。妙に似た走りしてるしな。…‥でも、誰だ?」

長く伸びた灰が風に攫われるのにも気付かずに、既に見えなくなったハチロクの去った方向を釈然としない顔で見詰める。
何となく気になった啓介はハチロクが戻って来るのを待つ事にした。
きっと自分に気付いて止まるだろう、と。

「黄色い車ってスゴイ目立つー…」

一瞬視界に入り込んだ派手なマシン。
拓海同様車の知識のない は、それがRX−7というスポーツカーである事も高橋啓介という有名な走り屋のものである事も知らない。
ただ見えた車の華美さとこんな時間にこんな山の中にいる事に驚いていた。
豆腐を無事に届け、帰路へ着く際もFDを目にしたが特に気にもせず通り過ぎて行く。
今度は啓介が驚く番だ。

「…お、おいおい!」

そうは言ってもハチロクは彼方だ。

「…‥な、何、無視されたのか?俺」

朝靄の中、啓介は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

夜が明け、朝食を済ませた藤原家。
今日もいつもと同じ一日が始まっている。

「お父さん、ちゃんと洗い物しててよ!この間みたく茶碗にカピカピになった米粒が引っ付いてるなんてゴメンだからね!」
「…わかってる。お前は口うるさいな」
「それはウチの男衆がだらしないからでしょ。ちゃんとしてくれるなら何も言わないわよ。それじゃ行ってきます!」

セーラー服に身を包んだ は、藤原豆腐店の入り口から出て行く。
眩しい朝日が降り注ぐ。筈なのだが…

「あ、あれ?」

何故か光が遮られている。
そういえば何か低くて耳の奥まで響いてくる音がする。
は訝しげに顔を上げる。

「よ、ふじ…わ、らッ!?」

片手を挙げて挨拶をしてきた、と思えば勝手に驚いているツンツン頭の男。
の姿を見て驚いている様だ。

「あのぅ、どちら様ですか?確かに藤原は藤原ですけど」
「え、あぁ、悪い。あー…アンタここのウチの人?」
「えぇ、ここの娘です」
「キョウダイかよ…」

一人呟いている男。
きっと拓海が女装している様に見えて驚いたのだろう。
しかし、拓海に学校外の友達がいるなんて聞いた事がない。
誰なのだろう?
そう思いながら、さっきから気になる音の発生源の方へ目を向ける。
それは当然黄色のFD。音は間違いなくFDのエンジン音だ。

「あー!!…そっか、そういう事ね」

は漸く総てに合点がいく。
今目前にいるのは、今朝秋名にいた黄色い車とそのドライバーであり拓海の知人。
きっと自分が運転していたせいで何か疑問を持たせてしまったのだろう。

「なんだよ、急に大声あげやがって」
「あ、ごめんなさい…。あの、貴方、今朝秋名にいた人ですよね?」
「え!?あ、ああ、んじゃ…」
「今日は拓海が風邪引いてたんで、私が運転してたんです。急に下手くそになってたから驚いたんでしょう?」

苦笑いを浮かべる

「別に下手くそって事ねぇだろ。むしろ上手いぜ」

ニッと笑う啓介。
意外に人懐っこい笑みを見せられ、 もつられてほにゃっという笑みを浮かべた。

「なんだよ、藤原もキョウダイで走ってたのかよ。しかもこんな…あ、姉?妹?」
「妹です。双子の」
「双子な、似てるワケだ。俺、高橋啓介な。学校行くんだろ、乗せてくぜ」
「藤原 です。学校は歩いて…あー!駄目だ、遅刻する!!」
「だから乗れっての。俺のせいだしな」
「うぅー…じゃあ、お願いします」

ペコリと頭を下げる
啓介はナビのドアを開け、 をエスコートする。
派手で目立つ車に長身で格好良くさり気ない気配りの出来る啓介に はドキドキするしかない。

(うっ、不整脈…)

本人は気付いてない様だが…。
学校へ着くまでの短い間、啓介のペースに巻き込まれた は流されるまま約束をさせられていた。

「また会おうな、

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

大変お待たせ致しましたm(_ _)m
34000番を踏んださとsanからのリクエストです
ほんっとーに遅くて申し訳ないです。リクエストって難しいですね…
なんだかちゃんと啓介夢になってない気がして…(オロオロ)
何故かヒロインにぶいし…。いや、拓海の妹ならこんな感じだろー、とか思っちゃって
えぇと、さとsanどうかお納め下さいませ(ビクビク)

−2004/8/28・黙 涼風−