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―――あれ。」

啓介が午後の講義を終えて大学から戻ってくると、自宅の側に大型トラックが止まっていた。
斜め向かいの家に、荷物を搬入している。
確かあの家は、旦那がマレーシアに出張になったとかで、2、3ヶ月前から空き家になっていたはずだ。
もう戻ってきたのか?

啓介はそのトラックを横目に、自宅へと車を進ませた。

ガレージには、涼介の車が止まっている。
こんな早くに帰ってくるなんて珍しいな。
そう思いながら、啓介はガレージのシャッターの開閉ボタンを押す。
玄関を入ると、居間からコーヒーのいい匂いがしたので、そのまままっすぐ居間へと向かった。

「ただいまー。」
「おかえり。」

やっぱり、涼介は居間でコーヒーを飲み、何やら本を読んでいた。

「アニキ、見た?斜め向かいの家、引越しのトラックが止まってたの。」
「ああ。」
「確かマレーシアに行ったって言ってたよな?もう戻ってきたのかな。」
「さあな。」

特別周り近所のことに興味のない涼介は、本に目を落としたまま、適当な返事を返す。
その対応は至極当然と分かっていながらも不満な啓介は、口を尖らせながら涼介の向かいのソファにどかっと腰掛けた。

「教科書くらい、部屋に置いてきたらどうだ?」
「んー。」

今度は啓介の方が適当に返事をする。
涼介は、そんな弟に、ちらり、と視線を送る。
さっさと置いてこい。
そんな有無を言わさないような。

「はいはい、置いてきますよ。」

啓介はやれやれとため息をつきながら、のろのろと立ち上がる。
何だかんだいって、この年になっても兄に逆らえない。
床に置いた教科書を拾い上げたとき、玄関の呼出音がなった。

「あー、いい。俺が出る。」

何だ、と視線を上げた涼介に、そう言ってひらひらと手を振る。
居間の入り口にあるインターホンの通話スイッチを入れる。
小さなディスプレイに表示されたのは、啓介と同い年くらいの、女の子だった。

まさか、追っかけじゃあねぇよな?

散々その手に悩まされてきた啓介は、同年代の知らない女性が家を訪ねてくると、まずそう考えてしまう。
なので、応対した声も、かなり無愛想だった。

―――はい。」
「あ、今日斜め向かいに越してきた と言います。引越しのご挨拶にお伺いしたんですが。」
「ああ、はい。ちょっと待って。」

なんだ、引越しの挨拶か。
啓介はドカドカと廊下を大股で通り過ぎ、玄関を出た。
門の所に、さっきディスプレイに映っていた女の子が立っている。
啓介に気がつくと、ぺこり、と頭を下げた。

「こんにちは。」
「どーも。」
「あ、あの、 と申します。これ、つまらないものですが・・・。」
「ああ、どうも。」

啓介は、おずおずと差し出された小さな包みを受け取る。
彼女は緊張しているのか。
ただでさえ小柄な体が、萎縮してさらに小さく見える。
ただ立っているだけなのだが、まるで自分が苛めているような感じがして、啓介は苦笑した。

「そんなに怯えなくたって、大丈夫だよ。」
「はい・・・。」

恐る恐る、彼女は啓介を見上げ、緊張しながらも、にこりと微笑んだ。
その笑顔が何となく気に入って、啓介はさらに言葉を続ける。

「引越しって、家族と一緒に?」
「あ、はい。両親と私と、弟の4人で。父がこっちに転勤になったものですから。」
「そうなんだ。」

彼女の後ろを、引越し会社のトラックが通り過ぎて行く。
彼女は振り返り、その運転手に軽く会釈した。

「それでは・・・これからよろしくお願いします。」

啓介の方に向きなおり、ぺこりと頭を下げ、そのまま帰ろうとする彼女。

・・・下の名前は?」
「え・・・? ですけど・・・。」
「じゃあ ちゃん、何かあったらいつでも来いよ。」
「はい。」

帰り際に見せた笑顔も、やっぱりお気に召したようで。
啓介は、鼻息まじりに家へと戻って行った。

+++++

「なんか機嫌いいな、啓介。」

その日の夜。
いつものように赤城に来た啓介は、早々に史浩に上機嫌なのを見抜かれた。
そして、それにすかさず答える涼介。

「向かいに越してきた子が気に入ったらしい。」
―――なっ!なんで分かったんだよ、アニキ?!」

真っ赤になる啓介に向かって、呆れたような目を向ける涼介。
分からないわけないだろう。
心の中でそう呟きながら。

「お前の好みだったからな。」
「アニキ見たの?」
「大学から戻って来たときに、ちらっとな。」

涼介のからかうような目つきに、啓介はバリバリと髪をかきむしる。

「・・・でも、別に好みじゃないぜ。俺、フェロモン系がいいもん。」
「とか何とか言いながら、お前、いっつもああいうタイプに惚れるだろ。」
「〜〜〜。」
「なんだ、そんなに可愛いのか?」

史浩までからかうような目。
このままここにいても、ロクなことがないと踏んだ啓介は、さっさと自分の車に乗り込もうとした。
ふてくされながら、ジロリ、と二人を睨んで。

そのとき、史浩の携帯が鳴る。

啓介はそのまま車を出そうと思ったのだが、携帯を耳に当てたまま、史浩の表情が変わったのを目にして、
サイドブレーキを下ろす手が止まった。

―――え?」
「どうしたんだ?」

史浩は電話を切り、涼介の方を見た。
啓介も、すぐに車を降りてくる。

「なんか、やたらと速いシビックが上ってきてるらしい。」
「シビック・・・?」
「初めて見るヤツだって言ってるが。」

そんな話をしていると間もなく、それらしい車が入ってきた。
ここでは初めて見かける、白のシビック。
キュキュ、とリズムよく止まると、助手席側のドアが開き、女の子が出てきた。

「なんだ、女連れかよ。」

けっ、と毒づき、煙草を取り出す啓介。

「いや、違うようだぞ。」

涼介のその言葉に、顔を上げると。

―――え?!」

運転席側から出てきたのは。
数時間前、家の前にいた

。どう、赤城は?」
「ん。大したことない。」

ざっくり。
彼女は、啓介がそばにいることに気付かず、友達と車の前で楽しげに話し始める。

「今日はレッドサンズの一軍って来てないのかな。まさか、今まで抜いてきたのが一軍なんて言わないよね。」
「えー?でも、何台か、赤いステッカー貼ってる車もあったでしょ?」
「うそーっ。それだとすごくガッカリ。せっかくこれから毎日来れると思って楽しみにしてたのに。」

レッドサンズの一軍がウヨウヨしているこの駐車場で、堂々ととんでもないことを言ってのける二人。
こんなとき、一番熱くなって言い返すはずの啓介が、
今日はすっかり呆けてしまって、ただただ二人を見つめるばかり。

「か、可愛いけど・・・強烈っすね。」

少し離れた所にいたケンタが、よろよろと啓介の側まで来て、ぼそりと呟いた。
でも、啓介はそんなケンタの言葉も耳に入らない。

―――嘘だろ?
さっき家の前で見せた、あのはにかんだような笑顔は?

楽しげに、カラカラと笑いながら友達と話し続ける を、啓介は呆然と見る。
そんな弟の様子があまりに可笑しく、涼介はつい、くっと笑いを漏らした。

「・・・なんだよ、アニキ。」
「いや、もう失恋かと思ってさ。」
「別にそんなんじゃ・・・っ。」
「俺は、あれくらいの方がいいと思うけどな。」
「だから―――っ!」

啓介の大きな声が耳に入り、二人は啓介たちの方に目を向けた。
は、啓介の姿を認め―――

「あ、あれ、高橋兄弟じゃない?―――て、どうしたの? 。」
「・・・な、なんでもない。」

真っ赤な顔になって、友達の後ろに隠れてしまった。
別人なんじゃないか、と思ったけど、そんなふうに恥ずかしげに目を伏せた彼女は、やっぱり夕方見た彼女。

うっそだろー?!

啓介はぐしゃぐしゃ、と髪をかき回した。
涼介は、そんな彼の様子に構わず、スタスタと たちの前に進み出る。
そしてにっこり笑って。

「どうやら、うちの二軍連中では相手にならなかったようですね。」
「え・・・あの・・・。」

言いよどんだのは、友達の方。
は、その友達の服を掴みながらも、きっぱり言い放った。

「はい。」
「ちょ、ちょっと !」

どうやら、男の前だから猫を被っている、というわけではないらしい。
涼介は、赤くなりながらもしっかり自分の目を見てくる彼女に、満足気に微笑んだ。

「じゃあ、うちのエースに相手をさせますよ。」

そう言って、啓介を呼ぼうと後ろを振り返る。
が、呼ぶまでもなく、啓介はすぐそこまで来ていた。
をじっと見つめて。
彼女の方も、緊張しながらも、啓介を見上げる。

―――んな、緊張すんなよ。」

啓介が苦笑すると、 はまた、少し緊張が解けて、ふわりと微笑んだ。

―――やぁっぱ、かわいいかも。

性懲りもなく、そんなことを思いながら

「うしっ!」

気合いを入れて、 を見た。

「レッドサンズがあんなもんだなんて思うなよ?」

ニヤリ。
不敵な笑みを浮かべて。

もちろん、 も負けてなく。

「新参者だからって、手を抜くと痛い目見ますよ?」

―――こんの・・・生意気!

そう思ったけれど。
このとき見せた の笑顔が、一番気に入ってしまった啓介。

「毎日遊ばせてもらおうじゃねぇか。」

二人は気持ちのいいエンジン音を響かせ、走り去っていった。





ひーっ!
す、すみません...!
い、いえ、こう、赤城衝撃デビューとか、書こうとかなと思ったんですよ!
でも、なんか、しっくり行かなくて...。
こ、こんな感じじゃダメですか...ううっ。
涼風も毎日啓介に遊ばれたいッス(コラ)
大人しい様に見えて実は強いっていう女の子大好きですvv
素敵夢有難う御座いました!
宝物です〜(>_<)ノ