「ふぁぁ…ねむ〜」
「おいこら、居眠り運転なんざするなよ」
「しないって。シートに座れば眠気なんて吹っ飛ぶよ」

車のキーを持った手をひらひらさせる。
手の動きに合わせて鍵がチャラチャラと鳴った。

「大体寝てたらつまらないし、ね」

見送る人物は僅かに溜息を吐いた、様に見える。

 

 

 

 

赤城のハチロク

 

 

 

 

赤城山頂上。
此処は夜中ともなると走り屋達のメッカとなる峠の一つだ。
そろそろ夜も更け、夜明けが近づく時間帯。この時間になると走り屋達も引き上げ姿を消している。

「あー、眠ぃ〜…」

車に背を預け紫煙を吐き出す青年。

「随分遅いからな。俺達も引き上げるか」

落ち着いた声の人物。彼もまた紫煙を吐き出す。
この群馬エリアの走り屋で彼らを知らない者は居ないだろう。
赤城レッドサンズのNo1高橋涼介と、No2であり涼介の弟である高橋啓介の二人だ。

「ああ…他のメンバーも帰ったみたいだしな」

そう言って煙草を靴で踏み消す。
と、微かに聞こえる甲高いエキゾースト。

「あ?この音…ハチロクじゃねぇか?兄貴」
「ああ、恐らく…」
「藤原じゃーねぇよな。アイツが赤城で走り込みするなんて聞いた事ねぇし」

そう話をしているうちに大分近づいている。
その速さは明らかに走り屋だろう。
しかしこの赤城を走るハチロクなんて聞いた事がない。

「来たぞ、啓介」

視界のすみにヘッドライトの光が飛び込んでくる。
コーナーをドリフトで滑り込んでくる姿。

「いい腕だな…」

相当走り込んでいるのだろう。
ライン取りもスピードもブレーキングにおいても文句なし。
付け加えるとすれば、それは気違いとも言える程の突っ込みとスピードであろうか。
あれだけのスピードでコーナーを攻めてアンダーを出さない確かなテクニック。

「あんだけの腕持ってて何で今まで噂の一つも聞かなかったんだよ。嘘だろ?」

開いた口が塞がらない、とはまさにこの事だろう。
二人はただ呆然と、踊る様に走り抜けた黒いハチロクのテールランプを見詰めていた。

 

 

 

「…なんで今日に限って人がいるかな。いつもなら誰もいないってのに」

その黒いハチロクの車内。
運転席に座る人物がポツリと独り言をもらす。
あれだけの速度で走っていながらよくも確認したものだ。凄まじい動体視力。

 

 

 

++++++++++

 

 

 

「オッス!拓海ぃ〜」
「相変わらず朝からハイテンションだな、イツキ」

眠そうな声を返したのは拓海と呼ばれた高校生。

「そう言うお前はいつも眠そうじゃねーかよ」
「仕方ねぇだろ。朝もはよから豆腐配達してんだぜ?」
「あぁ、やっぱりまだやってたんだ?」

突然背後から聞こえた声。
拓海とイツキがほぼ同時に振り返る。

「え…っと、確か隣のクラスの さんだよね!学年トップの!」

イツキが勢い良く喋り出す。
それに対して と呼ばれた少女は曖昧に微笑んだ。

「… ?」
「よくこの2年半もの間気付かなかったね。同じ高校だったの、知らなかったでしょ?」

そう言って悪戯っぽく微笑んでみせる。

「え!?嘘だろ?お前この学校の生徒だったのか?」
「本当、拓海は昔からボケてるよね〜。私1年の頃から学年トップだったから気付いてると思ってたのにさ」

は大袈裟に肩を竦ませてわざとらしい溜息を吐いてみせる。

「だって…高校に進学した頃からウチにだって来なくなったじゃないか」
「行ってたよ?拓海がバイトに出てる間とか。豆腐買いに、文太おじさんの顔見に」

避けるなよ…と今度は拓海が溜息を吐いた。

「え、え?何だよ!?二人共知り合いなのか!?」

話に入れないイツキがたまりかねて口を挟んだ。

「あー…ごめんね。わかんないよね。私達はとこなの」

いつも拓海がする様に頬を指でかきながら は言う。

「はとこ?」
「あぁ、母親同士がいとこなんだってさ」

カバンを肩にかけ直しながら拓海。

「なんだってさ、ってンな人事の様に…」

イツキは呆れている。

「あれ?さっきさ、"まだやってたんだ"って言ったよね?」

ハッと気付いたイツキが問う。

「うん、言ったよ。私は拓海が中学の頃から"アレ"やってる事知ってる数少ない人物だから♪」

どことなく楽しそうに答える
それに対して拓海は決まり悪そうにしている。

「あっと!そろそろ行かないと遅刻だ。じゃーね、二人とも。今度一緒に峠にギャラリーしに行こうねー!」

そう言い残し、手を振りつつ後ろ向きに走りながら去って行く。

「うんっ!!」

イツキは満面の笑みで嬉しそうに手を振り返している。

「おい、イツキ」
「?何だよ、拓海〜」
「俺は行かないからな」

不機嫌そうに言う拓海。何故か冷や汗をかいている様に見える。

「何でだよ?て言うかさっ、 さんって優等生かと思ってたけど走り屋に興味有るんだな!"峠にギャラリーしに…"なんてさ!」

拓海の事など気にもかけずに浮き足立つイツキであった。

 

 

 

「有難う御座いましたーっ」

ガソリンスタンドを出て行く車に、聞かれもしない挨拶を向ける拓海。
現在バイト中だ。

「えーっ!それマジッスか!?池谷先輩っ」
「ああ、何しろ見たって言うのがあの高橋兄弟だからな。間違いないだろう」
「何かあったんですか?」

拓海は神妙な顔つきで話すイツキと池谷に声をかけてみる。

「今日の早朝の話らしいんだが、赤城にとんでもなく速いハチロクが出たって噂があちこちで流れてんだよ」
「ハチロク、ですか?」

何故か怪訝な顔で聞き返す。

「何処へ行ってもその噂で持ちきりみたいだなぁ」
「あ、店長」
「見てみたいッスよねー、拓海以外にも速いハチロクが居るかも知れないなんて!俺わくわくしてくるよ!!」

お約束だが、イツキは「くぅーっ☆」等と奇声を上げて片足を上げている。

「ただ通り過ぎて行くのを見ただけらしくて“やたらと速い黒のハチロクトレノ”って情報しかないみたいなんですけど」
「黒のハチロクトレノ?出たのは赤城だったよな…とすると、ひょっとするかもなァ拓海?」

店長はニヤリと拓海に笑いかけた。

「やめて下さいよ、店長。俺考えたくもないッスよ…」

そう言って頭をかく。

「「?」」

思わず顔を見合わせるイツキと池谷。
次の瞬間には、

「「知ってるのか!?」」

と、声を合わせて拓海に迫っていた。

「えっ…、あっ!い、いらっしゃいませ!!」

拓海は運良く(イツキと池谷にとっては運悪く)現れた客に走り寄る。
勿論内心その客に感謝してしまったのは言うまでもない。

「ちっ、バッドタイミングだな」

客に悪態をついてしまう池谷店員。

「あぁっ!アレ黒のハチロクじゃないスか!?」

今にも落ちそうな程に目を見開いているイツキ。その姿を認めた池谷も同様だ。
対して店長は冷や汗を垂らしつつ額に手を置いている。

 

「…お前タイミング悪過ぎだって」

拓海も先程の感謝を取り消したい気分にかられている。

「何?客に対してその言葉は」
「で?」
「ハイオク満タン、オイル交換もお願いね。ハイ、キー」

拓海の手にキーを押し付け店内へ向かって行くハチロクのドライバー。

 

ハチロクのドアが開き、拓海と二言三言言葉をかわしてこちらに向かってくる人物。

「なっ! さん!?」

朝、学校で出会った学年トップの その人である。

「あ、キミも此処でバイトしてたんだ?っと、祐一おじさんコンバンワ♪」
「あぁ、こんばんは ちゃん」

歩度をゆるめず店内に入って行く背中に向かって挨拶を返す。

「店長?知ってる子ですか?」

池谷が店長に聞いた。

「あぁ、あの子の父親とは古い友人でな」

そう言うと、フッと娘を見る父親の様な優しげな視線を送った。

 

「お、俺、武内樹ってんだ」
「キミが武内君だったのか〜。拓海からちょっと聞いた事あるよ」
「イツキでいーよ!で、でさ…」

何となく言いにくそうにもじもじしている。
は「何?」とでも言っているかの様に首を傾げた。

「あのハチロクってさ… さんの車?」
「あー…アレは叔父さんのなんだ。私のじゃないよ」
「そ、そっか〜、そうだよな! さんが赤城のハチロクのワケないよな!ははは」
「おいイツキ、遊んでないで仕事しろよ。で、 ちゃんちょっといいかな?」

苦笑混じりの笑いを浮かべつつ店長は に向き直る。

「うん?いーよ」

 

「聞いたか?」
「バッチリ、ね」

肩を竦ませ降参とでも言う様に手を挙げる。

「私も気付いてたんだけどね。今朝は確かに二人組に見られたの」
「よく暗い中気付いたな!」

感嘆の声を上げる店長。

「でもまさか、その二人があのロータリーブラザーズだったなんてねぇ…」

運悪過ぎ、と呟いて溜息を吐いた。

「今まで見付からなかったのが奇跡に近いからなぁ。観念したらどうだ?」
「それって拓海の二の舞だね」

思わず眉間にシワを寄せた、その時。目前にキーが差し出される。

「終わったぞ」

拓海だった。給油、そしてオイル交換は終了したらしい。

「取り敢えず端に止めといた」

吐き捨てる様に言うと背を向ける。

「さんきゅ〜♪で、拓海は気付いた?」
「あ?黒ハチロクの事か?」
「そう」

大袈裟な溜息一つ吐く。

だろ?お前速ぇーモン。早朝走ってる黒のハチロクなんてお前以外にいないだろうし」

そう言うとさっさと仕事に戻ってしまった。

「淡泊な反応…。中学の頃みたく配達帰りを待ち伏せしちゃうよぉ?んで追い回しちゃるっ」
「おいおい、そんな事してたのか?(汗)」

 

「えー…と。端ってどこ〜?」

ぐるりと周囲を見渡して相棒を探す
その視線の先に止まったのは…相棒の黒ハチロク、ではなかった。

「黄色のFD…」

見間違える筈もない赤いレッドサンズのステッカーが貼られたFD3S。

(本当タイミング悪過ぎだよ今日は。厄日か!?)

!」

いつの間にか隣に立っていた拓海に声をかけられる。

「あれって間違いなく高橋啓介だよね…」
「だろうな…。どうすんの?」
「どうしよ?」

ふざけてそう返してみたら明らかに呆れてるという顔をされてしまった。
その次の瞬間にはすぐ近くにFDが停車し、その持ち主が姿を現していた。

「取り敢えずハイオク満タンで」

そう言い捨てるとすぐに端に止めてあるハチロクに目を移した。
拓海に視線を移動させて一言。

「あれのドライバーは?」

思わず拓海と がお見合いしてしまう。
拓海は"言ったら殺されるかも…"等と考えているし、 で"拓海の二の舞は避けたいなー…"と、それぞれに思考を巡らせていた。

「居ないのか?」

苛立たしく言葉を紡いでいるのが表面に出ている。
どちらかと言えば人付き合いの苦手な は明らかに1歩引いていた。
しかし啓介が目の前にいる以上帰るに帰れない。
帰る為には啓介が見据えているハチロクに乗らなければいけないのだから。

(どうすんの?)

そっと小声で問う拓海。

(どうするって…言いたくないよ。わかってるでしょ?…でも帰れないよー(涙))

と、そこへイツキがやって来る。

「あれ、どうしたの? さんの車あそこだよ!」

思いっ切り名指しで呼び、車には指を差してくれたイツキ。もう完全にアウトだ。

「ご愁傷様」

を見下ろして呟く拓海。自分のせいではない、と安堵の表情を浮かべている。

「お前が!?…あーじゃぁ、噂のハチロクとは別物か?」

啓介は をまじまじと観察し、期待外れとでも言う様に頭をかいている。

「っ!!け、啓介さん…それヤバ…」

冷や汗を流し、少しずつそして確実に から距離を取り始める拓海。
は容姿や性別で実力を判断されるのを最も嫌う質なのだ。
啓介は知らないとは言え思い切り地雷を踏んでしまった事になる。

「貴方、レッドサンズの高橋啓介さんですよね?」

不敵な笑みを浮かべた が喋り出す。異様な空気を纏って…。

「今朝、お兄さんとご一緒に赤城でお会いしたのを覚えてます?」

怖いくらいににっこりと微笑みかける。
他人が見れば心奪われる綺麗な笑顔なのだが、付き合いのある拓海と店長は思わず恐怖に駆られてしまった。
何故ならば、この笑顔の裏には際限ない怒りが込められているのだから…。

////え…あ、会ったか?」

整った顔立ちと上品で綺麗な笑顔に照れつつも返事を返す啓介。まだ裏にある怒りには気付いていない。

(こんな可愛い子、会ったら忘れねぇと思うんだけどな)

そう考えつつ自分の中の記憶を辿ってみる。

「覚えてませんか?お二人の前をドリフトで走り抜けたんですけど…覚えてないのなら仕方有りませんね。では私はこれで」

気持ち早口で言い放つと、さっさとハチロクに乗り込み走り去ってしまった。

「え…?ドリフトで走り抜け…って!オイッ!!」

正気に戻った頃には既に時遅し。
見えたのはハチロクのテールランプの残像だけだった。

「啓介さん、モロ地雷踏みましたよ」

拓海はジト目で啓介を一瞥し仕事に戻ってしまった。

「な、何ィ!?何なんだよっ、あのハチロクのドライバーマジであの子なのか!?」

思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
勿論やり取りを見聞きしていたイツキも焦点の定まらない状態で立ち尽くしていたのは言うまでもない。

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

涼風初のドリー夢小説です〜
駄文です…ほんと(T-T)
取り敢えずまだ続くお話なので序章的なストーリーです
ヒロインが走り屋として表舞台に登場する為の状況を作り出してみました
あー、車の知識ないから難しいなー(汗)
かなりいい加減書いてますがお気になさらず…(気にするって)
ヒロインがあの時間帯にハチロクかっ飛ばしてるのは叔父さんの仕事のお手伝いです
要するに拓海と同じ様な状況
詳しい事は後々話の中で出してゆきたいな、と思いつつ涼風は去ります…っ!

−2003/1/8−