ふぅ…
全くもって嫌になる。
普段はどうしたって初対面の人となんてまともに話せた試しがない。
でも今回に限っては喋る事が出来た。
そう…一方的にぶち切れて、ね。
約束を
「ったく!何でわかってたなら言ってくれなかったんだよ!?俺達友達だろー!」
「五月蠅いぞ、イツキ。いい加減その話題から離れろよ」
うざったそうに顔をしかめる拓海の周りを、イツキはぐるぐると回りながらまとわりついている。
「店長と二人してさー!
さんが黒ハチロクのドライバーならそうと言ってくれればさぁ、あんな事だって起こらなかったかも知れないだろ!?」
「
が知られたくないって思ってるの知ってたから黙ってただけだろ」
いつもの眠そうな顔で返事を返す。
「結果的には最悪の方向に進んだけどね…」
同じ様に眠そうな顔で突っ込みを入れたのは だ。
「お前の短気も変わんねぇよなぁ」
「余計なお世話だね」
現在地は三人の通う学校、その屋上。時は昼休み。
それぞれに昼食を持って此処に集まっている。
学校では優等生で通っている
が実は走り屋だった、そんな話題を人の多い教室やら廊下で交わす訳にはいかない。
それでなくとも
はこの事実を広めたがらないのだ。
「でさ、あの後どうなったわけ?」
視線を弁当に向けたまま問う。
「あー…出来ればバトルしたいって言ってたな。俺が無理だと思うって言ったら、せめて話だけでもしようってさ」
「話って…結局はバトル実行の為の説得なんじゃないの?ソレ」
そんなに走りに自信持ってるワケじゃないのにな、と溜息。
「
って昔から走るのが好きな割りにはバトルに興味持たないよな。おかしくねぇか?」
「見てる分には楽しめるけどさー」
何故か興味湧かないのよ〜、と肩を竦めて見せる。
「拓海といい
さんといい、ドラテクは超一流なのに走り屋の自覚ないなんて俺は信じられねぇよ」
「だって自分で興味惹かれて始めた事じゃないしねぇ」
「俺は親父に、
は叔父に強制的にやらされてただけだもんな。
はいつの間にか楽しそうにしてたけど?」
チラリと横目で一瞥する。
「そうなんだよね〜。最初は睡眠時間を少しでも長く取りたいが為にすっ飛ばしてただけだもん」
空になった弁当箱を閉じ、カバンに放り込む。
そのカバンを掴み肩にかけると、すっくと立ち上がった。
「もう戻るの? さん」
立ち上がった を見上げるイツキ。
「ん、今日はこれで早退すんの♪授業なんてかったるくてやってらんないもん」
満面の笑みで優等生らしからぬ発言。
(猫かぶり…)
拓海は思わず小声でポツリ。
「何か?拓海君?」
例の笑顔。
「こ、怖ぇーからその笑顔やめろよ」
冷や汗が伝う…。
「それから、苗字じゃなくて名前で呼んでくれていーよ。イツキ君」
「え、あっ、うん!」
(さて、一旦家帰ってから図書館行くかな)
確か以前借りた本の返却期限は今日だった筈。
返しに行かなくてはならない。
そう思い、真っ直ぐに家へ足を向けた。
の家の隣には叔父が経営する洋菓子店がある。
近所では評判が良いらしくそれなりに繁盛している。
そんな"洋菓子店・86の夜道"の店先。
一人の中年男性が煙草を吹かしている。
男は人の気配に気付いたのか
の方を見た。
「おぉ、何だ?不良優等生、もうお帰りか?」
ニヤリと笑いながら声をかけてきた。
「叔父貴、不良優等生って何だよ…」
呆れた様な声で返事を返す。
「一応、俺はお前の保護者だからなぁ。学校フケて来た罰をくれてやろう」
「げ〜いらないぃ!」
思いっ切り嫌そうな顔をし、ぶんぶんと首を振って遠慮する。
「罰は罰だ。常連客のトコにケーキを届けに行って来い。ホラよ」
ゴソゴソとポケットから取り出したキーを へ向けて放り投げる。
「ったく〜。後で仕事料にケーキ貰うからね!」
プリプリしつつも受け取ったキーを握りしめて自宅へと足を進めた。
「おぅ、どれでも好きなの選ばせてやるよ」
「忘れるなよ!」
そう吐き捨ててからバタン!と大きな音を立てて玄関ドアを閉める。
ローファーを適当に脱ぎ捨て、自室へ向かう為に階段を上がって行く。
乱暴に部屋のドアを開けるとベッドへカバンを放り投げた。
流石にこの時間帯に制服姿で出歩くわけにはいかない。
洋服ダンスを漁り、服を引っ張り出して着替え、身支度を整える。
クラスメイトが見たら驚く様な格好をしているが。
黒いパーカーにグレーの迷彩柄の少しだぼついたズボン。左右二つにまとめていた髪は後ろで一つに束ねなおされている。
一見すると少年。
少なくとも一目で女子高生と見破れる人間は少ないだろう。
ひとつ間違っているとすれば、図書館を利用する様な人物には見えないという事か。
案の定入り口では一瞬の注目を浴びてしまう事になるのだが、本人にはどうでも良い事らしい。
クローゼットから肩掛けのバッグを取り出し、財布や携帯など必要な物を詰め込む。
勿論返却する本も忘れずに。
忘れ物がないか確認した後カバンをかけ家を出、配達をする為のケーキを受け取りに洋菓子店へと向かった。
(さて、どの書架へ向かおうか…)
ケーキの配達を終え、そのままハチロクで図書館へ直行して来た
。
本の返却も済んだので、次に借りる為の本探しに取り掛かる。
まんべんなくどんな本にも手を出す為にジャンルを絞るのに迷ってしまうのはいつもの事だ。
「やっぱいつものトコかな…」
頭に叩き込まれた書架の位置を瞬時に思い出しそちらへ向かう。
此処は今時のネット環境やらが整った図書館ではない。
よって、いつも静かで
には過ごしやすく心地よい場所のひとつになっている。
人気のない空間で過ごしたい時は此処へ来るに限る。
しかし…
「あれ…」
今日は珍しくも誰かの背中が見える。
数冊の医学書らしき本とレポート用紙を広げた青年。
一心不乱にレポートを書き綴っている。
(凄い集中力…もしや私邪魔か?いや、私にとっちゃアイツが邪魔者だけど)
そう思いながら何となく向かい側に腰掛ける。
(モデル並みの美形さんだなぁ)
チラリと青年を盗み見る。
しかし次の瞬間には手にしていた本へと視線を向けていた。
前回来た時には貸し出し中で手にする事も出来なかった本をあっさり見付けられ、嬉々とした雰囲気で読書に没頭し出す。
本を捲る音とレポート用紙にペンを走らせる音だけが響く。
どれくらい時がたったのだろうか。
が溜息ひとつ吐き出して本を机に置いた。
長い間文字を追い続けていた目が疲労を訴え始めたのだ。
目線を上げ、何気なく外を見やる。
丁度そこは図書館の駐車場。
ただでさえ利用客の少ない図書館。こんな平日の昼間は更に少ない。
駐車場もガラガラだ。
ふと1台の車に目を止める。
視力には自信がある。間違いない。
あれは…
「FCだ〜vv」
RX−7は
の1番好きな車種だ。
そして次の瞬間、気付く。
白地に赤はよく映える。
見間違いではない。レッドサンズのステッカーだ。
あの車が此処にあるという事は勿論持ち主も此処にいる筈で…。
例の噂の事もある。今会いたい人物ではないのだ。
瞬時に頭の中で出来上がった図式。
まさか…。
勢い良く振り返る。
視線は先程の医学青年をとらえている。
ふとペンの動きが止まる。
次の瞬間、彼は此方を向いていた。
「ご推察通り、そのFCは俺の車ですよ」
穏やかな笑顔と声音を向ける青年。
どうやら
の顔に言いたい事が全て書かれていた様だ。
思わず脱力してイスに座り込み背もたれに体重を預けた。
今現在目の前にいる美形さん。彼こそ赤城の白い彗星本人であるらしい。
(何故2日連続この兄弟のせいで嫌な思いしなきゃいけないんだよっ。…いや、でも私が噂のハチロクのドライバーって知らない筈だよね!よし!ここは…)
「逃げよう!」
口に出していた事にも気付かず、さっきまで読み耽っていた本へ手を伸ばす。
しかし一瞬早く涼介が本を奪い去る。
「くぅぅぅっ…もー高橋兄弟なんて嫌いだぁぁぁ」
机に突っ伏しながらも本へ手を伸ばす。
「ふっ。俺のFCは知ってるのに俺の顔は知らなかったみたいだね」
軽い笑い声を上げながら本を差し出す。
「いつも車しか見てなかったから…」
もう観念するしかないらしい。
「いつも?峠へ来るのかい?君は女の子だろう」
「え?気付いてたんだ…。まぁ、バトルとか交流戦はほぼギャラリーしに」
憮然とした表情で頬杖をついた。
「そうか。で、俺達は君に嫌われる様な事をしたのかい?」
「う…い、いや、気にしないで?」
気持ち引きながら答える。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、さっきの様子だとかなり嫌がっている様に見えたな。
…そうだな、もし今夜予定がなければ赤城に来るといい。チーム内でタイムアタックをする予定でね」
「レッドサンズのタイムアタック…それは魅力的だね」
思わずにやけてしまう。つくづく私は車と走りが好きなんだな、と自覚させられる。
(そう言えば私ってどのくらいのタイムで走ってるんだろ。叔父貴にハチロク借りて行こうかなぁ)
「…って何考えてんだよ、私は」
自ら正体を明かすワケにはいかないのだ。忘れてはいけない。
「どうした?」
「あ、いや、何でも…。えーと、友達とか一緒でもいいですか?」
拓海とイツキの二人を誘おうと思ったのだ。
「勿論構わないよ。出来るなら女の子だけは避けた方がいいと思うが」
それはそうだろう。襲って下さいと言ってる様なものだ。
「あぁ大丈夫。男友達連れて行くから」
カバンを背負いながら返事する。
「もう帰るのかい?」
「借りたかった本はこの通り見付けられましたしね。まぁ帰っても暇だけどさ」
軽く肩を竦める。
「そうか。じゃあそこまで一緒に行こうか?」
自分のレポートなどをかたし始める涼介。
「あぁ、いーですよ」
お互いに借りる本を持ち、カウンターへ向かう。
貸し出し手続きを終えると二人は並んで駐車場へ向かった。
程なくして駐車場に着く。
小走りで走り寄ると涼介のFCに瞳を輝かせる
。
「本当に車が好きなんだな」
涼介にしてみれば始めての反応だったのかも知れない。
涼介とFCが並んでいるのを見た女性の多くは"涼介"しか見ていないのだから。
「てか、RX−7が好きなんです♪1番好きなのはFDの方だけど」
「良ければ乗ってみるか?」
「え?あー…でも私も車で来てるから。残念だけどやめときます」
その表情は本当に残念そうだ。
「そうか。じゃあ今夜赤城で、って言うのはどうかな?」
「それ良いですね!約束ですよ〜涼介さん♪」
つい数分前まで良くない目で見ていたのも忘れて上機嫌の 。
「ああ、約束しよう。それと…名前を聞いても良いかな」
「あっと、そうだった。
です」
そう言ってペコリと頭を下げる。
「じゃ、今夜必ず行きますね!」
頭を上げ、そう言い残して黒のハチロクへと走り寄った。
「!?」
勿論
の後ろ姿を見送っていた涼介は目を見開いてただ驚いていた。
は
で自ら墓穴を掘ってしまった事には全く気付かないままその場を後にした。
++後書き…もとい言い訳++
あいー、内容薄っっ
アイタタタ〜な感じッスね(^^;)
取り敢えず涼介兄貴と出会って貰いましたん〜
最後の最後にヒロインがドジってますが…
本人気付いてません(笑)
因みに叔父さんの経営してる「洋菓子店・86の夜道」とはハチロクで走る峠道を意図してるつもりです
どんなお菓子扱ってるんだか…
−2003/1/10−