「とうとう表舞台へ出たな」

ニヤリと笑いを浮かべる男。

「墓穴掘りまくり…最悪っ」

テーブルに突っ伏す少女。
手には小振りで細かい細工の施されたフォークを握り締めている。

「いっその事、"赤城のハチロク"の正体も現しちまったらどうだ?二重の噂に振り回されたくねぇだろう?」

そう言ってくつくつと笑いをこぼす。

「どっちにしても渦中の人物だよー。峠行くの怖いかも…」

 

 

 

峠に咲く華

 

 

 

(聞いたか?レッドサンズの奴等が騒いでた噂!)

(赤城のレコード更新スレスレのタイム弾き出した青のFDが出て来たらしいゼ)

(秋名のハチロク、赤城の黒ハチロクに続いて今度は青のFDだってさ〜。最近峠は面白い事続きだなぁ)

(なんでも青のFDには女の子が乗ってるとか言う話だぜ!)

 

ここ数日、こんな噂が走り屋達の間で囁かれている。
そしてその噂にうんざりしている女子高生が一人…。

「あああぁぁー。五月蠅い走り屋ども!!」

しゃがみ込んで叫んでいるのは噂のハチロクとFDのドライバーだ。

「お前も走り屋だろーが」

呆れた様に呟いたのは高橋啓介。
何度か会ううちに気が付いたらいつの間にか打ち解けていた様だ。

「うぅ…そういう事になるのかなぁ、やっぱ」

ボソボソと一応の返事を返す。
タイムアタックに参加して以来、 にしては早い時間帯にも峠に姿を現す様になった。
あまり走る事はなかったりするのだが…。
人が走っているのを眺めているだけでも本人は充分に楽しいらしい。
時には自分の欠点を見いだす活路にもなったりする。

「そういやさ、この間アニキのナビ乗ってどうだったんだ?」

啓介はここ数日気になって仕方のなかった件に触れた。
何度も聞こうと試みたものの自分にとって不都合な返事が返ってくる事を怖れ、聞くに聞けなかったのだ。
ようやくこの言葉を口にする事が出来た。

「あぁ、楽しかったし良い勉強になったかな♪私にとってかなりプラスになったと思う」

言いながら視線を涼介の愛車に移す。

「それだけか…?アニキは何か言わなかったのか?」
「何か??…んー、別に何も。携帯の番号教えてくれたくらい、かな」

思い出そうとしてるのか何もない空を見上げつつ答える。

「あ!啓介の番号も教えてよ〜、私のも教えるしさ。出来ればメルアドも♪」

パッとこちらを向いて鮮やかな笑顔を咲かせる。
啓介は思わずその笑顔に釘付けにされてしまう。
いや、啓介でなくとも、それが例え涼介であろうとも誰もがそうなったであろう。

「あ、あぁ…ホラよ」

笑顔に目を奪われながらもポケットから携帯を取り出し、自分の番号とメールアドレスを画面に表示させて に差し出した。
彼女は笑顔のまま携帯を受け取ると、自分の携帯に目線を落とした。
慣れた手つきで情報を入力していく。
登録し終えたのか顔を下げたままの状態で啓介に携帯を差し出した。
啓介も無言でそれを受け取る。
はまだ携帯画面と向き合っている。

(つーか、俺にも教えてくれるんじゃなかったか?)

そう疑問に思った瞬間。
啓介の手の中で携帯が震えだした。
メールの受信。
開いてみれば…

件名:Dear啓介
本文:Tel→090−****−****
Mail→mypartner_fd3s@×××.ne.jp
私の番号とアドレスです。
いつでも連絡おっけぃですよ〜vv

からのメール。

「届いた?」

いつの間にか が隣に回り込み、啓介の手元を覗き込んでいる。

「おぅ、サンキュー」

そう言って人好きのする笑顔を返す啓介。
心底嬉しそうである。

(うわ…啓介可愛い〜♪言ったら殺されるかもだけど(笑))

などと内心 は思ったそうな。
と、その瞬間。
今度は の携帯が鳴り出した。
短いオルゴール調のメロディ。

「あ、メールだ。誰だろ?」

小さく呟いてメールを開く。
本文を読むうちに の眉間にシワが刻まれていく。

「…? どーした、

その様子に気付いた啓介は思わず声をかけた。

「うん…」

取り敢えず返事は返されたものの先が続かない。
は押し黙ったきり言葉を発さない。
何かを考え込んでいる様に見える。

「…私、今日はもう帰るよ」

突然切り出された言葉はそれだった。

「は!?まだ走ってもいねぇじゃん。何かあったのか?」

啓介は面食らう。
しかし が深刻そうな表情なので止める事も出来ない。

「理由はいずれわかると思う。此処にも来るだろうしね。わたしが準備してたって誰も文句なんて言わないだろうし…あっちもそのつもりだから」

徐々に表情を変えつつ言う。
走る時と同じ、不敵な笑み。
啓介は何がなんだかわからずに混乱するばかりだ。
そんな啓介などお構いなしに、さっさと愛車のドライビングシートに収まると赤城のダウンヒルを猛然と攻め下りて行った。
なんだかいつもよりも鬼気迫る勢いがあった様な気がしたのは気のせいではあるまい。
その理由は一週間とたたぬうちに明らかになった。

 

 

 

「負けたんだって?」

赤城の頂上。
此処はエネルギー資料館の前だ。
泣き叫ぶ様なスキール音をBGMに三人は話し出した。
と涼介、啓介だ。

「ったく…馬鹿な真似しやがって」

苛立たしげに吐き出したのは勿論啓介。
拓海が栃木からやって来たランエボ軍団のリーダーに負けたという話は走り屋中の間に広まっている。
数日後には涼介によってうち負かされたが…。

「拓海って普段大人しいけど結構激情家なトコもあるからねぇ」

苦笑しながら は言う。
付き合いが長いだけに幾度かその瞬間に立ち会った事もあるのだろう。

「その後、藤原はどうだ?」

弟とは対照的に落ち着き払っている涼介は を見た。

「さぁ?」

そう言って肩を竦めて見せる。

「その後は拓海とも文太おじさんとも顔会わせてないからね。私も自分の事しか考えてなかったし」
「気にならねぇのかよ?仲良いんだろ、アイツと」
「気にしてる場合じゃないもん、今は」

なかなか薄情です。 さん(汗)

「"自分の事しか考えてない"と言うのはどういう意味だい?」

涼介が静かに訊ねる。

「ふふ〜。まぁ、詳しくはこれをご覧遊ばせ♪」

至極楽しそうに携帯を差し出す。
画面には誰からか送られて来たらしいメール本文が映し出されている。
涼介が携帯を受け取り目を通す。
脇からは啓介も覗き込んでいる。

件名:バトル
本文:最近会わないが元気か?
お前の叔父に聞いたが、免許も取れて堂々と走れる様になったらしいな。
近いうちに群馬に繰り出す予定がある。
以前からの約束をその時に果たそう。
お前との対決、楽しみにしている。
レッドサンズとの交流戦の後にバトルだ。
京一

「な!なんだよコレ!!」

啓介は驚きの声を上げている。
涼介も驚いているらしく画面を見詰めたままだ。

「何って見たまんま。エンペラーの須藤京一からのメールよ?」

くすくすと笑いながら は言う。

「いつだったか忘れたけど、京一が言い出したんだよねぇ。私が免許取ったらバトルしようって」
「知り合いかよ?」

驚いた顔のままで聞く啓介。

「あぁ、うん。叔父によくサーキットとかに連れて行って貰うから。そこでね」
「藤原とは親戚で京一とは知人、か。全く驚かされてばかりだな。 には」

ようやく涼介が口を開いた。

「で、いつやるんだい?」

涼介の視線を真っ直ぐに受け止める
フッと例の笑みを浮かべる。

「今夜」

簡潔に一言発する。

「「!?」」

兄弟は顔を見合わせて絶句している。

「そろそろ来るでしょうね」

既に走り屋の顔で相手の登場を待つ
自信があるのか緊張している様子も不安げな雰囲気も全く感じない。

「おい、涼介!」

少し離れた場所にいた史浩が走り寄ってくる。

「今、下にいるケンタから連絡があったんだが…須藤のエボVがこっちに上がって来ているらしい」

もう来ないだろうと思っていた相手だけに戸惑っている様だ。

「来た?そう、待ちくたびれたよ、京一。さっさと来なさいってのよ」

口の端を引き上げる。

「??」

事情を聞いていない史浩は首を傾げている。
そうこうしている間に黒いエボVの姿が視界に入ってくる。
スタート地点となる場所に静かに止められる漆黒の車体。
運転席のドアが開いてドライバーが姿を現す。
はそのドライバーの元へ足を向けた。

「よぅ」

無表情に挨拶をする京一。

「久し振り〜。この間は華麗な負けっぷりだったね♪」

涼介とのバトルの事だろう。その表情は非常に楽しそうだ。

「痛いトコを突くな…。普通はもう少し優しい言葉の一つもかけるモンだろう?」

呆れた様に自分より小さな小さな を見下ろして言う。
次の瞬間には笑顔で の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「あぁ〜もー!京一っ、いつもソレだぁぁっ(>_<)」

どうやら会う度に繰り返される行為らしい。
やり取りを見守っていた高橋兄弟を始め、レッドサンズの面々は憎々しげな視線を向け始める。
本人は気付いていないが、誰もを魅了する笑顔とその容姿のお陰で峠のアイドルと化していたのだ。
と親しげな京一にそんな視線が向いてしまうのも致し方ない事。
勿論だが涼介や啓介は例外である。
この二人のレベルの高さは誰もが認めるものだから。
誰も張り合おうとは思わないのだ。
その二人も我慢出来なかったらしくツカツカとスタート地点へやって来る。

「まさか京一が と知り合いだとは思わなかったな」

冷たい視線を投げ掛ける涼介。

「涼介?なんだ… 、知り合いだったのか」
「まぁ、ごく最近仲良くなったんだけどね」
「ごく最近…か」

ニヤリと笑い兄弟を見る京一。
その笑いにカチン!とくる二人。

「でも京一と違ってしょっちゅう会うし。京一よか仲いーかも?」

の言葉に今度は涼介と啓介がニヤリと笑いを浮かべる。
京一は言い返す言葉が見付からず押し黙る。

「さて、バトル…始めましょうか?」

にっこりと満面の笑み。
その場に居た者全ての視線を独占する

 

 

今夜も赤城に華が咲く。
』という名の華が。
峠でしか咲き誇る事のない の笑顔が…。

 


 

++後書き…もとい言い訳++

今回もまたバトルのシーンをカットする事により逃げに走りました(爆)
ああぁぁ…上手く表現する方法はないものか?
だって涼風は免許すら持ってないから運転の基本もわからんし
誰か走り屋sanいないッスか〜??(コラ)
つぅか、いつの間に呼びタメで呼び合う仲になったの?なんて突っ込みは不可ですよ
前の話から少し間があると思って下さいな

−2003/1/20−