距離0(ゼロ)

 

 

 

その夜、三人はいつもの様に赤城に赴いていた。

「涼介が走り屋引退かぁ…」

は寂しそうにもらす。

「公道で負けたら引退と決めていたからな」

未練を感じさせないハッキリとした物言い。
随分と前からそうと決めていたのだろうか。

「よりによってその原因があの拓海とは…。許すまじ!」
「ん? が俺の仇討ちをしてくれるのか?」

意地悪そうな笑みを浮かべている涼介。

「え…(汗)やめようよ、そういう冗談」

が拓海に負けた事がないのはもう昔の話。
数々のバトルを経て成長した拓海には到底かなわないだろう。
自身そう思っている。

「しかし…あの京一に勝ったんだ。藤原とも実力は均衡していると言えるんじゃないか?」

先日、唐突に始められた と京一のバトル。
結果は の勝利に終わったのだ。

「でもホームでの勝利だし、自慢にもならないよ」

そう言って肩を竦める。

「随分と控えめなんだな」
「近いうちに白黒つけるつもり。ところで啓介は?」
「一緒に来た筈なんだが…ケンタと一緒にいるんじゃないか?」

二人は周りを見渡してみるが啓介の姿は見当たらない。
ケンタはケンタで他のメンバーと雑談しているではないか。
いつも の視界にいると断言しても過言ではない啓介だけに、どうしたのだろうと気になって仕方がない。
相棒の黄色いFDはそう離れていない場所に止めてある。
何気なくそちらの方へ足を向けた。
FDはいつもの様に元気な唸り声をあげていない。
エンジンが切られているのだ。

(珍しい…今日は走らないつもりなのかな)

そう思って車内を覗き込むが人影はない。
中で眠っているワケでもないらしい。
ふと、バサバサという紙を乱暴に捲る音が耳に入る。
不審に思った は音のした方、FDの向こう側に回り込んだ。

「!!」

そこには啓介の姿。
周りには本やらレポート用紙やらが散乱している。

「何してんの?」
「おわっ。な、なんだ か」
「なんだじゃなくてさ。何をしてるの?」

少々語気を強めて問う。

「…大学のレポートだよ。提出期限が明日なのすっかり忘れててよ」

決まり悪そうに答える啓介。

「それなら家帰ったらいいのに。此処じゃやりにくいんじゃない?」

呆れた、と溜息を吐きつつ は進言する。
それもそうだろう。
愛車に背を預けて冷たいアスファルトに直接座り込んだ格好では集中など出来まい。
ただでさえレポートは啓介の守備範囲から外れるのだからもっともな話だ。

「それか涼介に手伝って貰うとか。さっさと終わるんじゃないの?」
「駄目だ!アニキには言うなよ!?」

必死の形相で啓介は言う。

「え、何で?どういう事よ」

は説明を求める。

「…次にレポート溜めたら峠への出入り禁止」

ガックリと項垂れた啓介はそれだけを絞り出した。
涼介にそう言い渡されたのだろう。
それでコソコソと隠れる様にしてレポートを片付けようと四苦八苦していたのだ。

「先週も溜めちまって…アニキに代筆して貰ってさ。そん時にそう言われた」
「成程。…じゃ、さっさと終わらせなきゃ。いつまでも此処にいたら怪しまれるよ?」

そう言うと はFDの影に隠れる様に座り込んだ。
涼介のいる場所から姿が見えては厄介だからだ。
位置的には啓介の隣。
寄り添う様な格好になる。

「なっ、なんだよ!?」

ドギマギする啓介。

「手伝うっての。啓介一人じゃいつ終わるかわかったモンじゃないでしょ?私はこう見えても学年トップですからね!邪魔だとは言わせないよ」

強気の笑みを向けると散らばった資料を掻き集め、目を通し始める。
は的確なアドバイスを与え、啓介の支離滅裂な文章をことごとく正しい文章に組み直してゆく。
啓介の言いたい事を少しも損なわずに。

「そういや、アニキとは図書館で会ったって言ったな。文章強いなー」

感心した様に呟いた。

「啓介の読書数が少な過ぎるだけでしょ」

冷たく言い放つ。
降参した様に黙々と作業に取り掛かる事にした啓介であった。

 

 

 

二人は言葉も交わさずに集中してレポート用紙に向き合っていた。

「よっしゃ、終わり!」

啓介が嬉しそうに完成したレポートに目を通して最後の確認に取り掛かる。
非の打ち所のないレポートはこうして完成した。

「サンキューな、

そう言って隣に座る を見る。
は…眠っていた。
啓介に寄り添って。
資料の本に目を通したり、充分とは言えない明かりの中での作業に目を酷使した為だろう。
目の疲れは眠気を誘う。

「無防備な寝顔晒しやがって…」

柔らかい笑顔を向ける啓介はそっと の頬に指を滑らせる。
自分の為にレポートを手伝わせた手前、起こすのも忍びなかった啓介はそのまま座り込んでいた。

 

 

 

が啓介を捜しに行って既に軽く1時間は経過している。

「涼介、車はあるのに啓介と ちゃんの姿が見えないが…」

史浩は涼介に声をかけた。
実際は啓介よりも の方が気になったのだろう。
勿論、他のメンバーもこぞってその姿を探すために視線を彷徨わせていたくらいだ。
流石、峠のアイドル。

「さぁな…」

そう言い残すと涼介は が姿を消したFDの方へと足を向けた。
エンジンのかかっていないFDを不審な目で見やりながら周辺を見渡す。
車体の向こう側から覗く啓介の頭に気付く。

「啓介、何を…」

言いながら向こう側にまわった涼介は言葉を飲み込んだ。
涼介の目に映った光景。
それは と啓介が寄り添って眠る姿だった。
熟睡する を起こすのは気が引ける。
啓介を起こそう、と手を伸ばしかけて…止めた。
寄り添って眠る二人のいずれかが起きて身動ぎすればもう一方も目を覚ます、と思ったからだ。
心の葛藤を押さえ込みつつ、涼介は二人が目を覚ますまでその場に立ち尽くして待っていたという…。

 

 


 
 
++後書き…もとい言い訳++

ヒロインと啓介が目を覚ますまでの間、立ち尽くしてた涼介が不憫だ(笑)
今回はほのぼのなお話を目指したんですが如何だったでしょう?
自分では結構気に入ってるんですけど…
ちょっと短いケド
まぁ満足♪(自己満足かよ)

−2003/1/23−