あー、捕まってしまった。
いつもなら上手く逃げられるのに…。
今日は日曜日。
なのに、なのに。
叔父貴に捕まっちゃって、菓子店のお手伝いに借り出されている です(涙)

 

 

 

その正体

 

 

 

「お待たせ致しました。ご注文のアッサムミルクティーとシフォンケーキです」
「ありがと。珍しいね、 ちゃんがお手伝いしてるの」

と、常連客でもある近所の若い主婦。

「ええ…今日は逃げ遅れました」

これを叔父貴が用意したのか!?と目を剥きたくなる様なフリフリレースのエプロンをかけた は苦笑を浮かべる。
これで学校のクラスメイトにでも遭遇したら…そう思うと怖ろしい。

「じゃ、ごゆっくり」

営業スマイルを残してカウンターの内へ引っ込む。
現在ちょうど13時。
まだ客の入りの少ない時間。
の叔父はおやつ時に備えて次々とお菓子を焼き上げている。
その間の店番をさせられているのが今の だ。
本来ならバイトの女の子がいる筈なのだが、どうやら今日は無理に休みを取っているらしい。
にとっては迷惑極まりない。

奥から声をかけられる。

「あん?何、叔父貴」

思わず凶悪な目つきを向ける。

「んな怖い面すんな。今はまだ暇な時間だからな。客に見えねぇ様に食え」

そう言って、チョコマフィンを差し出した。

「さんきゅ〜♪」

コロッと態度を変えるとマフィンを受け取って、レジに備え付けてある椅子に腰を落ち着ける。
此処は丁度客席からは死角になっているのだ。
正面から入店して来る客にさえ気を付けていれば誰にも見えない。

「ねぇ、叔父貴とバイト一人じゃ足りないんじゃないの?」

何気なく背後で作業に追われている叔父に話しかける。

「あ?お前、半年もしねぇうちに高校卒業すんだろ?お前に働いて貰えば問題はないだろーが」

しらっとして答える。

「はい〜?何を言い出すかな…。私の進路は進学!大学行くんだってば!!」
「あぁ!?んな話一言も聞いてねぇぞ?」

叔父は勢い良く顔を上げると を見た。

「別に言う必要ないじゃん。私は今以上の文章力を身に付けたいだけ」

あっけらかんとした表情でマフィンを頬張りながら答える。

「文章力?…お前、ずっと続けるつもりなのか?」
「やめる必要もないでしょうに…」
「所詮、兄貴の娘ってワケか」

溜息と共にそう吐き出した叔父。
それ以上は何も言わず、奥へと戻って行った。

 

1時間経過。
そろそろ も飽き始めているのか、落ち着きがない。
客の数は少しずつ増えてきている。
そしてまた1組の客の姿。

カラン カラン

ガラスの扉が開けられて二人の客が入ってくる。
二人連れの男性客。
なかなか珍しい。
そう思ってよく見ると…。

「啓介!?」
っ!」

二人の客は啓介とケンタであった。

ちゃんじゃないッスか〜」
「お前…バイトか?」

啓介は聞く。

「あー…単なる手伝い。此処、叔父の店だから」

そう言って背後で作業する叔父を指差した。

「あぁ、あの人が走り屋やってたっつぅ叔父さんか」

啓介は視線を叔父に向けた。

「じゃあ、あの人が正体?」

ケンタが呟く。

「「正体?」」

と啓介の声が重なる。

「啓介さん、見ませんでした?此処の駐車場に止めてあった黒いハチロク!」

その言葉に思わず顔を見合わせる と啓介の二人。

「ね、ねぇ、もしかしてケンタが言いたい事って…」

恐る恐る はケンタに質問をぶつけた。

「赤城の黒ハチロクに決まってるじゃないッスか!」

力を込めて言い放つ。
は頭を抱えてレジに突っ伏してしまう。
啓介も盛大な溜息を吐いた。

「なんだ、此処まで来て目当てはハチロクか?ウチは菓子店なんだがな」

いつの間にか の真後ろに出て来ていた叔父。

「あのハチロクは間違いなく貴方のモノなんスよね!?」
「あー、まぁ名義は俺になってるが。実質的には しか使ってねぇよ」

そう言うと出来上がったケーキ達をウィンドウケースに入れ始めた。
その様子を見た はすかさずエプロンを取った。

「叔父貴、私の仕事はもう終わりだね?んじゃ!」

言い捨ててさっさと逃げよう!とカウンターをくぐった。

「待て」

叔父は一つに束ねられた長い髪をムンズと掴んだ。

「ぐへっ」

後ろへと引き戻される
何にしても髪を掴むのは反則です、叔父さん。

「ほれ、ハチロクのキーだ。FDばっか乗りやがって。あいつのメンテもしろ。それから…そのキーはお前にくれてやる」

そう言ってハチロクのキーを の手に無理矢理握らせて3人を店から追い出した。

「な!叔父貴!!」

叫びつつ店内に戻ろうとしたが、叔父はさっさと接客にまわってしまっている。

「ちっ」

苛立たしげに舌打ちすると駐車場へと足を向けた。

「え、え?俺、何か悪い事したかな…」

状況が掴み切れていないケンタは啓介の顔を見た。
啓介は先程から溜息ばかり吐いている。
取り敢えず二人は先に駐車場へ行ってしまった の後を追った。
は眉間にシワを寄せてハチロクのボンネットにどっかりと座っている。

ちゃん?よくわかんねぇけど…ゴメン」

取り敢えず謝ってみるケンタ。

「いいよ、別に。どうせいつかバレるだろうと思ってたし」

むすっとして答える。

「え?」

まだ理解が及ばないらしいケンタ。

「ケンタ。赤城のハチロクの正体はな… なんだよ」

ポン、と肩に手を置いて啓介は明かす。

「えぇっ!?」

ケンタは驚いて口をポカンと開けている。

「あのね、毎朝この店で使う為の製菓材料を業者の元に取りに行ってんの。このハチロクで」

簡潔に説明をする。

「しかも中学の頃からだとよ」

啓介は楽しそうに笑いをもらす。

「笑い事じゃないんだけど?思いっ切り違法行為だしね」

そう言う も笑みを浮かべている。

「しゃあないねぇ。叔父貴にハチロク押し付けられちゃったし…今夜はコイツで走りに行くかな!」

半ば自棄になっている

「せっかく啓介と涼介に黙ってて貰ったのに悪いけど」

チラリと啓介を見る。

「別にいーけどよ。面白い事になったしな」

ニカッと笑い返す。

「しかしケンタ。お前どっからハチロクの情報得たんだ?」
「え?結構噂になってますよ?店主が元走り屋のせいか、甘党な走り屋の溜まり場になってる様な店ですからね。
その店主こそが例のハチロクの正体なんじゃないか!って」

それを聞いて二人は顔を見合わせる。

「噂になってた?」
「俺は聞いた事ねぇけどよ…」

どうやら二人は同じ事を考えている様だ。

「アニキは知ってるよな、この噂」
「絶対ね。わかってて黙ってたんだわ。確信犯め!」

 

 

 

4台の車がもつれる様に赤城のアップクライムを登って行く。
先頭から黄色いFD、黒いハチロクトレノ、オレンジのS14、白いFC。
その4台に気付いた走り屋とギャラリー達はその中の1台に視線を向けている。
勿論、黒のハチロクへ。
頂上へ着くとレッドサンズのメンバーが集まっている。
噂のハチロクが現れたのだから当然だろう。
涼介と啓介、ケンタの3人が車外へと姿を現す。
遅れてハチロクのドアも開く。
視線が集中する。
現れたのは……青いFDを駆る快速少女だった。
絡まる視線に苦笑を浮かべている。

「思っていたより早かったな」

涼介が言う。
ハチロクの正体が暴かれた事についてだろう。

「確かに涼介は約束通り噂に関する発言はしなかったけどね…。一人歩きし始めた噂をわざと放っておいたのも涼介の仕業でしょう?」

は涼介を見上げ、睨み付ける。

「約束は守っただろ?噂をもみ消してやるとは言ってないからな」

次第に浮かび上がってくる勝ち誇った様な笑み。

「むかーっ!もぉいいさ!!」

言い残してハチロクに乗り込む。
怖ろしいまでの勢いでダウンヒルを攻め始めた であった。

 

 

 

こうして は二重の噂に振り回される事はなくなったらしい。
勿論、バトルの申し込みも同時に右上がりとなったのは言うまでもない。

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

涼介の意地悪炸裂!(違)
きっと裏ではレッドサンズに引き込む作戦を着々と練ってるんだろうな〜。
まぁ、今回はケンタを翻弄してやろう〜♪というお話でした。
遊ぶなよって感じだね(笑)
最後は涼介の掌で転がされる、と(爆)

−2003/1/25−