秋名は第二のホームコース。
中学時代、"秋名のハチロク"こと藤原拓海を煽っては遊んでいたというコースだ。

 

 

 

 

たまには…

 

 

 

 

藤原豆腐店、その奥にて。
忙しそうに台所を動き回る少女の姿。
だ。
何故か藤原家の夕食の準備をしている。

「ったく〜。豆腐買いに来ただけなのに…」

ぶつぶつと文句を呟いている。
どうやら買い物に来ただけの に豆腐店店主・文太が夕食の支度を押し付けた様だ。

〜、まだ?俺、腹減った」

台所を覗き込んで拓海は言う。

「はいはい、出来ましたよ。文太おじさんは?」

なげやりな返事を返すと焼き上がった秋刀魚を皿に盛る。

「いるよ」

そう言って居間で煙草をふかす文太を振り返る。

「んじゃ、これ持ってって」

秋刀魚が盛られた皿が乗せられた盆を突き出す。
拓海に盆を持たせると、 は右手に煮物を左手に茶碗と箸を持って暖簾をくぐった。

「お、出来たか」

の姿を見上げた文太は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
拓海が茶碗にご飯をよそって二人に渡す。
茶碗を受け取ると、

「「「いただきます」」」

3人は声を合わせた。
黙々と食事に没頭する文太と拓海。

「どぉ、美味しい?」

少し首を傾げる様にして は二人に感想を求める。

「あぁ、お前にこんな美味い煮物が作れるとは思わなかったな」

とは文太。

「うん。美味いよ」

それぞれに感想を返す。
その二人を交互に見比べてから は更に話し出す。

「ねぇ、ハチロクのエンジン載せ替えたんでしょう?その後どうなの?」
「どうって…色々試してるけど上手くいかねぇんだよな〜」

箸を銜えた拓海は返す。

「気になるか?」

秋刀魚を口に運びながら文太は視線を に向けた。

「まぁ。ウチのもそろそろだし」

そう、 の黒ハチロクも拓海のハチロクと同時期の車なのだ。
拓海のハチロクがエンジンブローを起こしたという事は、次は自分の番かも知れない。

「前々から思ってはいたんだけどさ。そっちのがブローしたって聞いたから、もう危うい時期だなー…って」

考え込む様な

「廃車も考えてるんだよね…」

ポツリ。

「え!?」

拓海は目を見開く。

「だって私にはFDがあるし。2台あっても仕方ないでしょ」
「だからって何も廃車にする事ないだろ」
「別に今すぐってワケじゃないよ。どっか故障したら、の話。同じハチロクでもレビンなら何とかしたかも知れないけど」

なんでも、AE86のトレノとレビン。同じハチロクでもトレノの方がパーツが高いらしい。
現在、FDに手をかけ金をかけている だが、ハチロクにまで手も金もかける気はないらしい。
確かに買って数ヶ月しかしていない新しい車と、いつ壊れるかわからない古い車ならば普通は新しい車を選ぶだろう。
しかも好きで買った車なら尚更だ。

「だが、あれはアイツの形見だろうが」

文太が口を挟む。

「ん…そうだけどさ。父さんには悪いけど」

そう言いつつも表情は変わっていない。
本当に悪いと思っているのか…。

「そう言えば兄貴も乗ってたっけ。あのハチロクには」

思い出した様に付け足す。
どうやら には兄がいるらしい。

「でも壊れるまでは乗るんだろ?」

拓海は聞く。

「走る為にチューンされた車だしね。最期の最期まで走ってやらなきゃ」

 

 

 


この時間の秋名は初めてかも知れない。
夕食のやり取りが理由、と言うわけではないが秋名へと走りにやって来た。
拓海を伴って。

「さぁて、ハチロクちゃん走りますか〜」

先日、赤城にて正体を明かしたので心置きなく走れる。
そう思うと気分は非常に良い。

「で?俺は一人此処に残されるワケ?」

ガードレールに腰を落ち着けている拓海は不満げだ。
周りは闇に閉ざされている。
街灯の明かりがあるとは言え、一人ポツンと残されるのは楽しくない。

「あー……。きっとそのうち誰か来るよ!」

言い放つと黒い相棒に乗り込み、ロータリーを後にした。
最初のコーナーをドリフトで走り抜けるとヘッドライトの明かりと出会う。
スピードスターズのステッカーが貼られたS13と180SX。

「スピードスターズか。池谷さんのいるチームだったよね、確か」

持ち前の動体視力でステッカーを確認した は独り言をもらす。
拓海のバイト先のスタンドで知り合った人物の事も思い出した。
しかし次の瞬間には考えを頭から追い出して走りに集中する。

 

2台の車がロータリーに入って来る。
先程 のハチロクとすれ違ったS13と180SXだ。
拓海の姿を認めたドライバーが降りて来る。

「拓海!お前こんなトコで何してんだ?」

声をかけて来たのはS13のドライバー池谷。

「ただの付き添いですよ」

憮然として答える。

「付き添いって…今さっきすれ違った赤城のハチロクか!?女の子が乗ってるって言う」

もう一人が姿を現す。
180SXのドライバーである健二だ。

「健二先輩?知ってるんですか、黒ハチロクの事」

少し驚いた様に聞き返す。

「なんだ、拓海。知らないのか? ちゃんが正体を現した事」
が自分でバラしたんですか!?」

拓海は本当に驚いている。
それもそうだろう。あんなに嫌がっていたのだから。
それを自らバラすなど。

「聞いた話だと、レッドサンズの奴等とつるんでたらしいな。
それ以前はFDに乗ってちょくちょく走りに来てたとか…やたらと速いタイム出したって凄い噂だったからなぁ」
「そう言えば、噂にはかなりうんざりしてたみたいです」

昼休みなど顔を合わせる度に愚痴っていたのを思い出す。

「で、拓海はハチロクの女の子と知り合いなのか?」

健二は改めて聞く。

「あ…はい。親戚なんで」
「親戚ぃ〜?藤原家はスピード狂揃いなのかよ」
「いや… は藤原じゃないッスよ」

取り敢えず突っ込んでおく。

「あ、戻って来たんじゃないか?」

3人が話し込んでいるうちに は戻って来た様だ。
減速してロータリーに入って来る黒いハチロク。
停車するとドアが開き、 が姿を現す。

「あれ?さっきすれ違ったの池谷さんだったんだ」

拓海と並んで此方を向いている二人を見やる。

「あぁ、久し振り。噂、色々聞いてるよ。凄いな」

と、池谷。

「出来れば噂の話題には触れて欲しくないです…。ところで、そっちの人はスピードスターズのメンバーですか?」

健二に視線を向ける

「あーそう。健二ってんだ」
「あ…よろしく」
です。ども…」

相変わらず人見知りは激しい模様。
自分から聞いたクセに拓海の影に隠れる様にしている。

「えーと。拓海の親戚なんだって?…なんか拓海と同じくらいだよね」
「はぁ…拓海とは同い年です」
「マジ!?怖ろしい一族だな…」

健二は拓海と を見比べる。

「怖ろしいだって」

プッと吹き出しつつ拓海を見上げる
拓海は を見て肩を竦めて見せている。
本人達には速く走っている自覚は殆ど無いのだからそのリアクションも仕方のない物なのだろう。
一方、健二は初めて見た の笑顔に釘付けにされている。

(め、メチャメチャ可愛い…)

その様子に気付いた池谷はすかさず肘でつついて無言にして茶々を入れた。

「そーだ。走ってみて調子はどうだったんだ?」

ふと気付いた拓海。
勿論それは の調子ではない。ハチロクの調子だ。

「うん、今んトコ問題はないと思うよ。でも来る時はイキナリだろうし、ハッキリとは言い切れないけど」

言いながら運転席のドアを開け、ボンネットを開ける為のレバーを引く。
ドアを閉めてハチロクの正面に来た頃には、拓海がボンネットを持ち上げ固定してくれていた。
熱を帯びているエンジンルーム。

「個々のパーツの老朽化は前から気にしてたけど既に手に入りにくい物もあってさ。
これ以上いじると余計に負担をかけちゃう場合もあるし」

エンジンを舐める様に隅々まで観察する。

って自分で車いじるのか?」
「は?当たり前じゃない。改造もメンテも出来る箇所は自力でやるわよ。で、浮いたお金で質の良いパーツを購入するんじゃない♪」

フフン、と笑って見せる
得意気な笑み。

「へぇ、拓海と違ってドラテクだけじゃないんだな」

池谷は感心した様にもらした。
拓海は少しムッとして押し黙る。
あまりにも微妙過ぎる変化な為、池谷と健二は気付いてはいないが。
口の端を上げている の表情からして、彼女はすぐに気付いた様だ。
流石に付き合いの古い間柄、と言えようか。

「っと。話ばっかしてると時間なくなっちゃうわ。私、もう1本走って来る」

大きな音を立ててボンネットを閉めるとハチロクに乗り込む。

「よし、俺達も行くか」
「そうだな」

顔を見合わせて頷く二人。
残る拓海は…

「また俺だけ残されるのか?」

そう小さく呟いた。

 

 

 

その夜。
秋名ではインのギリギリを縫う様に走り抜け、後続のS13と180SXをぶっちぎるハチロクの姿が何人もの走り屋達に目撃された。
ロータリーで一人ポツン…と佇む少年の姿も見られたとか…。

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

たまには秋名を走ってみよう!というお話でした〜
前回と今回のお話は中休み的な話だな、何か…
でも前回も今回も今後重要になってくる伏線を引いてあるので不必要な話ではないのです。
はい、ここテスト出ますよ!(違)

−2003/1/27−