県内の走り屋は殆ど私の噂を聞いている。
ならば遠慮する事もないだろう。
ここは徹底的に楽しんでしまった方が絶対に得。

 

 

 

 


綺麗な薔薇には刺がある

 

 

 

 

「あった。黒いライン、此処がスタート地点ね」

の現在所在地。
妙義山の頂上、ダウンヒルのスタート地点だ。

「ちょっと時間早かったなぁ。気がはやりすぎて早く着いちゃったよ」

取り敢えず一般車の交通が少なくなる時間帯まで待とう、と駐車場へ行く事にする。
闇に溶け込みそうな深い青色に輝くFDはするりと発進し、ゆっくりと駐車スペースにおさまった。
勿論入れ直しなどない。一発だ。
はエンジンを切ると車外へ出る。
昼こそまだ暑い日が続いているが流石に夜は冷え込む。
ひんやりとした夜風が頬を撫でた。

「暖かい飲み物持って来て正解♪」

満足げな笑みを浮かべる はその手にステンレスポットを持っている。
ボンネットに腰を下ろして紅茶を注ぐ。
沸き上がる湯気からダージリン特有のマスカットフレーバーが漂う。

「あー落ち着く〜」

此処で和んでどうする…。
紅茶で体を暖めつつ、時間をやり過ごす。
次第に一般車の通りも少なくなったのか大人しいエンジン音は耳に届かない。
代わりに増えて来たのは荒々しいエンジン音。
時折スキール音も響いてくる。
そろそろ走り屋の時間。

「取り敢えず試走がてら流して来るか」

フッと笑みを浮かべるとエンジンをかける。
ポットはナビシートにシートベルトで固定されている。
エンジンが温まるまで駐車場に入って来た走り屋らしき人物達を観察してみる。

(誰が妙義の最速なのかな。涼介に聞いて来れば良かったな〜)

ちらほらと名前は聞いた事があっても、何に乗っているか知っていても顔がわからない。
しかし思ってから気付く。

(ンな事聞いたら私が妙義に来る事バレちゃうか…)

そうなのだ。
は一人で此処にいる。
涼介はおろか啓介にも拓海にも言ってない。
そんな事を言ったら啓介あたりが付いてくると言ってきかないだろう。
涼介だっていい顔はしない。
だからこそ誰にも告げずにやって来たのだ。

「よし、そろそろいーか」

エンジンの具合を感じ取ると駐車場を後にする。
速度はいたって普通。
スタート地点通過と共にアクセルを踏み込み加速した。
にとって初めてのコース。
軽く流すつもりだからそうスピードは出していない。
の定義では。
端から見ればかなり速い部類に入ってしまうだろう。

「道が広いなぁ、見通しも良いからライン読みやすい。でも…うへ〜ぐねぐねだよっ」

そう言いながらも次々とコーナーをパスしてゆく
初めての走行とは思えない。
途中何度かすれ違った走り屋達は目を剥いて驚くしかなかったのだから。
その速さと噂のFD出没との両方に。
やがて下りきるとポツリと感想をもらす。

「遠征って楽しいかもvv

本人は至って楽しそうにしているが、初めてのコースでの走行はそれなりに神経を使う。
疲れを癒す為、高揚した気分を落ち着かせる為に再び紅茶に口を付けた。
一杯の紅茶を飲み終わると180度ターンで方向転換。
次はアップクライムを攻める。
紅茶をすすっている間に数台の車が走って行ったのを視界の隅で確認している。

「ここはひとつ…」

ニヤリ。
それなりにパワーも上げているので上りも特に問題はない。
勢い良く走り出す
相棒は快調だ。
しかし…

「うっ、ヤバイ!」

車内で一人叫ぶ
何がヤバイのか?
FDはすこぶるご機嫌。不調な様子は感じられない。

「と、トイレ行きたぁぁ〜いっ」

そう。
紅茶の飲み過ぎ。
お茶には利尿作用があるのを忘れてはいけない。

「上にトイレあったよね!?もーとにかくさっさと登らなきゃーっ!」

ステアリングをきゅっと握り締めて加速。
最初のコーナーを流すと前には障害。

「く、邪魔よ〜そこのガンメタS15!!」

叫びながらもとっとと追い越しをかけてパスする
それから2つ3つ…とコーナーをクリアしたところでまたもや障害が。

「あーそうだった!2〜3台登ってったんだからこの先でも邪魔にあうんだ〜」

思わず眉間にシワを寄せる。

「今度は赤のEG6ぅ?…あれ??もしかして…」

は夏休みの記憶を引き出す。
確か拓海がガムテープデスマッチを申し込まれた相手も赤のEG6。
庄司。そんな名前だったか。
チームは妙義ナイトキッズ。
という事は前にいるEG6と同一の車と人物である可能性が非常に高い。

「なぁるほど。コイツが…。でも今はそれどころじゃないわっっ」

一瞬不敵な笑みを浮かべたが次の瞬間には今にもべそをかきそうな顔で赤い影を抜き去っていった。
今の の目的地はトイレだけだ。

「あーでも少なくとももう1台くらいと遭遇すんのよね…」

ぶつぶつと文句を垂れ流しつつ、鮮やかなドライビングで駆け抜ける。
初めてのコースだからラインは多少甘くなるが、相当目の肥えた者でなくてはわからない程度。
一見かなり妙義を走り慣れた様にも見えてしまう。
ストレートに入ったところで前方にテールライトの残像を確認する。
姿を確認出来たのは一瞬。既にコーナーに入ってしまって見えなくなっている。

(このコーナーで追いついちゃうな…)

もコーナーに入る。
いつもの様にオーバースピードではないかという勢いで突っ込んだ。
FDの鼻先は岩肌スレスレ。
コーナーを抜けると、今度はガードレールとスレスレだ。
その幅5センチ以下。
あのスピードではそれだけ寄ってしまうのだろう。
にしたらいつもの事。
勿論走り屋にとってコーナーでのアウトインアウトは当然の事なのだが。
前方にいた車とは確実に差が縮まった。
更に加速してピッタリと張り付く。

「GT−R?って事はナイトキッズリーダーの中里かな。まぁとにかく抜かせて貰うよ」

スルスルとR32の隣に並びかけるFD。
並んだと思う間もなくあっさりとかわしてR32は置いて行かれる。
須藤京一をホームで同着に持ち込んだ が、このレベルの相手に苦戦する筈もなく爆音を残して頂上の駐車場へと走り去っていった。

 

 

 

「あースッキリ♪今度から紅茶飲む時は気を付けなきゃ」

駐車場の公衆トイレから姿を現した
ハンカチで手を拭きながら愛車の元へ戻って行く。
しかし視線を愛車に向けて、固まってしまう。
端の方へポツンと駐車した筈。
なのに周囲には数台の車が止められそのドライバーと思しき数人の人影がある。

(…さっさと乗って逃げよう!)

ぐっとハンカチを握り締める
足早にFDに近寄るとドアに手をかけた、ところで声をかけられてしまった。

「オイ、お前赤城のハチロク・FD使いだろう」

声のした方を振り返るとR32によりかかった男がこちらを睨んでいる。

「そ、そうですけど…(何で睨むのよ〜)」
「へぇ、話には聞いてたけどマジで女の子なんだなぁ」

軽そうな男がジロジロと見てくる。

「えと…用がないなら失礼させて頂きたいんですけど……」

かなり逃げ腰だ。
こうなってしまうと啓介でも拓海でも、誰かと一緒に来れば良かったと後悔してしまう。

「あ?もう帰るのかぁ?」

軽そうな男は言う。

(だって、あんたらが絡んで来るから〜〜)

「慎吾。怖がってるだろう」

最初に声をかけて来た男が軽そうな男を後ろに引き戻す。

(慎吾?コイツがEG6の庄司慎吾なの?…こっちのオニイサンは32に寄り掛かってたあたり十中八九、中里毅だよね)

「一人か?レッドサンズの奴等と一緒じゃないのか」
「何でレッドサンズと一緒だと思うの?」

思わず心の中で思った事を口に出してしまう。

「何でって、お前レッドサンズのメンバーじゃねぇの?」

庄司が再び身を乗り出す。

(…涼介の仕業か)

溜息一つ。

「私、どこのチームにも入ってません。レッドサンズとは仲良くさせて貰ってるだけで」

紛れもない事実だ。

「そうか。…しかし、噂に違わず腕がいいな」

とは中里。

「まったくだぜ。あっさり置いてかれちまったモンなぁ…」

肩を竦める庄司。

「妙義を連夜走り込んでるクセに抜かされる方が問題有るわよ」

独り言のつもりで呟く。
しかし二人の耳にも届いた様だ。

「可愛い顔して言うじゃん」

庄司は面白そうに口の端を上げる。

(コイツ相手なら遠慮する事もないか…)

「初めて妙義を走った女に負ける方が情けないわよねぇ」

ニヤリ。

「「初めて!?」」

二人は驚いている。

「ええ、そうよ。ナイトキッズの中里さんに庄司さん」

ニッコリ似非笑顔。
驚かされた上この笑顔にノックアウト状態。

「あ…俺達の事、知ってるのか?」

中里が辛うじて声を絞り出した。

「勿論。拓海とのバトルを見たもの」
「たくみ…秋名のハチロクの事か」

中里はぼ〜っとした若いドライバーの姿を思い出す。

「レッドサンズだけじゃなくてアイツとも知り合いか?」
「拓海とは昔からの付き合い。ま、親戚だからね」

そう言って頬をかく。

「で、お前は妙義に走りに来ただけかぁ?俺達にバトルでも吹っ掛け…」
「るワケないでしょう?エンペラーのNo2に負けてる人じゃ相手にならないもの」

不敵な笑み。

「「なっ…」」

二人は絶句するしかない。

「じゃ、じゃあエンペラーの須藤京一に勝ったって言う噂、マジか?」
「まぁ、一応。赤城では勝ってるけど、いろはでは同着」

思い出したら悔しさまでよみがえってくる。

「今日はこれで失礼するわ。名前は よ、これからちょくちょく走りに来ると思うから宜しくね」

満面の笑みで名乗る。

((可愛い…////))

固まる二人を置いて、 は妙義を攻め下りた。
この後は赤城で走り込もう、等と思いつつ。

 

 

 

「走り屋とは思えねぇ可愛さじゃねぇか?」
「ああ…。だが性格は強そうだな。こっちが押されちまいそうだ」

走り去るFDを見やりながら二人はこんな言葉を交わしたそうだ。

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

ハチロクVSハチロクの前に出来るだけキャラを全員出したい
という事でまだ二人のバトルはおあずけです
次回はヒロインが碓氷へ遠征♪
インパクトブルーの二人と出会います
あ、シルエイティも青だったねぇ
と言ってもヒロインのFDはダークブルーだからシルエイティより濃い色だけど
それにしても今回は走るシーン書いてしまったよっ(汗)
かなりいい加減ですが許して下さい…

−2003/2/4−