ふぅん…
なかなか面白い事するじゃないの。
相手のホームを指定するなんて。
第一の感想。実際、ハチロクVSハチロクのバトルを隠れ見たけど…
とんでもない化け物になったわね!
第二の感想。文太おじさんの企みもクリアしてタコメーター付け替えた事だし。
マシンの性能が存分に引き出せる様になったワケね。相手に不足はない。
むしろこちらが不利かも知れない。
第三の感想。
ハチロクVSハチロク
秋山渉、そう言う名だった筈。
ターボチューンされたハチロクレビンの男。
その男がハチロクトレノを操る拓海に勝負を挑んだのは数日前。
勝負を受けた拓海はバトルの場所に正丸峠、つまり相手の地元を指定。
それまで能力を殺されていた拓海のハチロクがメーター類の取り替えによって本来の能力を発揮出来る様になった。
それは本当にギリギリで事前に走り込んでおく事も出来なかったのだ。
長引いたバトルだったが結果は拓海の勝利に終わった。
熾烈を極めたバトルの行われた場所。
はそこにいる。「此処で拓海のハチロクが完全に生まれ変わったワケか」
呟くと長年付き合った黒いハチロクを見やった。
そっと車体へ手を伸ばし、指先で撫でる。「最後の花道はバトルが良いよね?」
拓海とイツキがバイトをしているガソリンスタンド。
今日は二人ともバイトに入っている。
そんなスタンドに黒いハチロクトレノがやって来た。「いらっしゃいませー!」
イツキが走り寄る。
「ハイオク満タンね」
顔を覗かせたのはやはり 。
この辺りで黒のハチロクに乗っているのは くらいだ。
イツキの知っている限りでは。「ハイオク入りまーす」
イツキは作業に徹している。
はいつもの様に店内へ足を向けた。
此処へやって来た時は必ずそうしている。真っ直ぐ帰る様な事はしない。「あ、いらっしゃい ちゃん」
扉をくぐった所で池谷が気付いて声をかけた。
「いらっしゃいました〜」
笑いながらそう言うと自販機で飲み物を購入して、ドカッとソファに腰を落ち着ける。
これもいつもの事。「あぁ今日はハチロクの給油か」
外を見た店長が呟く。
つい先日FDの給油に訪れたばかりだったからだろう。「うん。流石にハチロクのガソリン代は叔父貴が出してるケドさ」
ほぼ朝の仕事にしか使われていない車。よってこちらにかかる費用は殆ど叔父持ちと言う事になる。
鍵を押し付けられて以来、 家のガレージに収まっているハチロクだが名義などの変更などはされていない。
未だ叔父名義のままだ。
既にFDを所有しているのが第一の理由か。「 ちゃん、鍵」
給油が終わったらしい。
イツキがハチロクのキーを に手渡す。「いつものトコに止めといたよ」
そう言ったイツキは上機嫌だ。
大のハチロクファンであるイツキだ。例えほんの僅かな移動でもハチロクの運転が出来て嬉しいのだろう。「さんきゅ♪」
それを可笑しそうに見ながら は一応礼を言っておく。
「イツキ、浮かれ過ぎだぞ?」
続いてやって来た拓海は呆れた顔で言った。
「浮かれたくもなるだろー!憧れのハチロクだぜ?拓海はいつも運転してるからこの喜びがわかんねぇんだろ!」
「わかるわけねぇよ…」好きで運転していたワケではない拓海の呟き。
「でも今は楽しいワケでしょ?峠を走るの」
首を突っ込む 。
「ん…。まぁ、な」
僅かに笑みを浮かべる拓海。
まぁ当然の事ながら本人は微笑を浮かべている事なぞ気付いてもいないだろう。「じゃあ私ともバトルする?」
「「「「え!?」」」」驚いて振り返る。拓海もイツキも、池谷と店長ですら。
は峠でよく見せる不敵な笑みを浮かべている。
冗談ではない様だ。
付き合いの長い拓海はすぐに悟った。
バトルを好まない が自らバトルを申し込んで来た。
本気で。
驚くべき事だろう。「 ちゃん?本気で拓海とバトルする気か?」
狼狽えつつも店長が口を開いた。
「勿論」
笑みを引っ込めて真顔になる 。
「でも… ちゃんってバトルした事あるの?」
心配そうに池谷は聞く。
「ありますよ。赤城で1回、いろは坂で1回」
相手はどちらも同一の人物、須藤京一であるが。
「いろは坂!?そんなトコまで行った事あるの〜?」
イツキは驚く。
「で、勝敗は!?」
再び池谷が聞く。
「赤城では勝ったけど、いろは坂では同着。ま、相手のホームでの同着だから私の勝ちって事になるのかしら?」
苦虫を潰した様な京一の顔を思い出し、笑いを堪える。
「そんな話、俺聞いてないぞ」
拓海は少しムッとする。
「そぉ言う拓海こそ。碓氷のシルエイティとバトルしたんだって?」
は言い返す。
「え、あぁ…うん」
複雑な表情で頷く拓海。
なんで知ってるんだよ、と顔に書かれている。「んで、 は誰とバトルしたんだよ」
「エンペラーの須藤京一」答えるとニヤリ、と笑う。
「って、あの黒いランエボ?!」
拓海は目を丸くして驚く。
それもそうだろう。自分のハチロクをエンジンブローに追いやったバトルの相手だったのだから。
相手はセミナーだと言っていたが。
はニッと笑い、笑顔で肯定する。「どう?バトル、するの?しないの?」
答えを急かす 。
「…する」
迷いはしたがバトルを断る理由はない。
最近の の走りは見ていないが、中学の頃に嫌と言う程黒ハチロクの後ろ姿を見て来た。
基本的な走り方が変わる事はないだろう。
大体のクセなどは目に焼き付いている。
そう思えば有利かも知れない。
まして、今のハチロクは前のハチロクとは比べ物にならない程速い。「もう負けねぇからな」
「そうだと良いわね、連戦負け続けた拓海君?」クスリと笑う。
「ま、負け続けた?」
池谷は首を傾げる。
「中学の頃に秋名でよく追いかけ回されたんですよ、 に。最後にはパーッと追い抜かれてましたから…」
「あっはっは〜。ま、今の拓海はあの時と違って走る事に対する見方も変わったし…
何より私なんかよりバトルとか多くこなしてるから経験値とマシンの状態考えると断然有利よね〜」自分が不利だと言うのに楽しげに笑んでいる。
勝算があるのか、始めから勝ち負けに拘っていないのか。どちらともつかない笑みだ。「で、でもさ…急にどうしたんだよ」
イツキはどうしてもわからない。いや、イツキだけではない。
「私のハチロクの最後を飾ってやって欲しいのよ。
もうかなりの距離乗ってるけどこの先乗り続けるつもりがない以上、エンジン載せ替えたりしないからさ」僅かに見えるさみしげな表情。
「そっか… ちゃんにはFDがあるからね」
不満そうなイツキを押しとどめて池谷。
「いいのか?」
そう言ったのは店長だ。
「いーの。きっと父さんは好きな車に乗れって言ってくれるだろうって信じてるから。報告も済ませてる」
「え?なんだよ、一人で墓参り行って来たのか?言ってくれりゃ俺と親父も行ったのに…」ムッと眉間にシワを寄せる拓海。
「「えぇっ!?」」
その一方でイツキと池谷は驚いている。
「 ちゃんのお父さんって……」
イツキが歯切れ悪く呟いている。
「うん、亡くなってるよ。母さんもね」
ケロリと答える。
「あのハチロク、 の父さんの形見なんすよー?」
告げ口するかの様に拓海が言う。
「そんな車を廃車にしていいの!?」
池谷は声が裏返りそうになっている。
「いーの、いーの。父さんと叔父貴と文太おじさんの企みはもう終わりよ」
「親父の企み??」
「…気付いてないの?拓海……そう、頑張って」苦笑しながら拓海の肩にポンと手を置く。
「な、なんだよ!?」
拓海は何の事だかサッパリわからない。
が言っているのはドラテク教育の事。
その為に二人は毎朝強制的に仕事の手伝いをさせられているのだ。
この分だと拓海は"単なる家の手伝い"としか認識していないだろう。コンコン
入り口の辺りからガラスを叩く音。
5人が揃ってそちらの方へ目を向けると、そこには啓介が立っていた。「話し込んでんじゃねぇよ、客来てるってのによ…」
呆れた表情を浮かべている。
4人が慌てて仕事の持ち場に着く。「あ、ハイオク満タンな」
外へ出て行った拓海へ一言向ける。
4人がそれぞれ仕事に集中し始めたのを視界の端で確認すると、ソファにかけている を見下ろした。「…お前さっきの話マジ?」
どうやら立ち聞きしていたらしい。
「バトルの事?ハチロク廃車の事?それとも両親の事?」
どれの事を言っているのか判断のつかなかった は素直に聞いている。
隠したり誤魔化したりするつもりはない様だ。「全部気になるけどな…両親の事だ。前にアニキに聞いたぜ、一軒家で一人暮らししてるってのは」
「あ…涼介には風邪の熱に浮かされて言っちゃったんだっけ」頬をかく。
「はぁ…マジなんだな」
「えへへ。ま、小さい時の事だから両親の事なんて全然覚えてないんだけどね〜」記憶がない分苦しまなくて済んでいる、という事だ。
「隣に叔父が住んでたから特に問題もなかったし。兄貴もいたしねぇ」
「あ?なんだ、兄貴がいんのか」全くの一人ではない、と安堵の溜息。
「うん、年は結構離れてたけど。えー…と、10歳くらい?」
指折り数える 。
「へぇ」
「ところでさ。啓介っていつも此処で給油してんの?」ガソリンスタンドくらい自宅の近くにだってある筈だ。
わざわざ此処まで来る必要はない。「た、たまにな」
「そう」首を傾げつつも納得する 。
啓介の方は内心焦っている。( がよく来てるから、なんて言えるワケねぇよ…)
単に と会えるかも知れないという確率に賭けていただけであった。
「んで…藤原とのバトル。いつにするんだ?」
話を逸らす為にも気になっている事を聞く事にした啓介。
「いつにしよう…。拓海次第かなぁ、私はいつでも良いし。場所もまだ未定」
言いながら啓介のFDに給油作業をしている拓海に視線を向ける。
「そうか。決まったら教えろよ」
「うん、でも大々的にはやらないと思うよ?私と拓海の性格上」軽く肩を竦める。
「まぁそうだろうな。でも俺は見に行くからな」
「わかってるよ」苦笑する 。
「でさ〜どこでやる?」
近頃よく見られる光景。
と拓海とイツキの屋上でのランチタイムだ。「 のホームって赤城だろ?そこでいいんじゃないのか?」
自分の事でもあるというのに適当に返す拓海。
「何?私にハンデでも与えようとしてるの?」
ギロと睨み付ける 。
「そ、そういうワケじゃねぇよ」
座りながらも後退ろうと拓海は体を捩っている。
「俺、もう秋名ではバトルしないって決めたんだよ」
ズリズリと後ろに下がりながら続ける。
「へぇ?ホームでのバトルはやらない、か。走り屋らしくなってきたねー拓海!んじゃ、秋名と赤城以外の場所になるわね」
面白そうに口の端を上げて拓海を見る。
「え?赤城は駄目なの?」
イツキがようやく口を挟む。
「決まってるでしょ。拓海がホームじゃやらないって言ってるのよ?
それなら私だってホームでバトルするなんてご免だわ。ここはフェアにいきたいじゃない?」マシンの性能差云々はハンデに数えられていないらしい。
「じゃ、どこでやるんだよ」
拓海は既にどこでも良いらしく に決めてくれと目で訴えている。
「お互い一度も走った事のない場所ってどう?面白そうじゃない?」
キラキラと瞳を輝かせて拓海を覗き込む 。
「ああ、いいなソレ」
実は少しドキッとしたのだが、平静を務める拓海。
少々 を怖れている所もあるが、 が俗に言う“美少女”のランクに位置づけられるというのは重々承知の上。
これくらいの事は何度となく経験している。「でしょ!と、なるとぉ…」
カバンから地図を取り出しバサリ、と広げる。
なんとも準備の良い事だ。「此処と此処、この辺りも良いかも…」
走れそうな場所を見繕っては赤ペンでアンダーラインを引く。
「此処は?」
拓海も一緒になって探し始める。
「そうね、良さそう」
また赤いラインが増える。
「取り敢えず群馬県内にとどめておこうか」
「そうだな」時間帯は言わなくても決まっているも同然。
ギャラリーはおろか走り屋ですら姿を消す明け方前である。
しかし拓海の豆腐配達と の製菓材料受け取りに間に合う様に帰らなければならない。
遠すぎるのは困る。
よって範囲は県内に絞られるのだ。「このくらいかな…どうする?」
赤ペンのキャップを閉めながら拓海を見る。
「別にどこでも良いよ」
どんなコースかわからないのだからどこを選んでも同じ、そう考えた様だ。
「じゃ、此処!」
ひとつの峠を指差す 。
「名前がいい」
なんとも単純な理由。
「 ちゃんらしいね」
イツキは苦笑する。
かくして場所は秋名山近くのT峠に決まった。
その日の晩、 からギャラリーを許されている限られた数人にメールが送られた。件名:ハチロクVSハチロク
本文:来週の土曜日
午前2時半
秋名方面T峠にてダウンヒル1本勝負
他言無用で来られたしこんな内容で。
これが黒ハチロク最初で最後のバトルになる。
++後書き…もとい言い訳++
長い…今回の話(汗)
その割りには誰とも絡まないし
最早ドリー夢小説じゃなくなってないだろうか?
結構ストーリー重視になってきてる気が凄くしまふ…
だ、大丈夫!
最後には「彼」とくっつきますから!!
(一応誰とくっつくかは最初から決まってるので)
で、次回ようやく拓海とヒロインの対決です
因みに地図と睨めっこして場所決めました(笑)
実際にある峠です。でも走れる様な場所なのか不明…だって群馬県民じゃないし
確認のしようがないのでっ(逃)−2003/2/18−