まさか、まさか…こんな結果が待っていようとは…
思いもしなかったわね。

 

 

 

 

ありがとう

 

 

 

 

タイヤは新品ではないが適度に滑らせられる上にグリップ力も問題ない。
足回りのセッティングもバッチリ。
バトルに備える準備は全て整っている。
それもそうだろう。
今夜は と拓海のハチロク同士の対決当日だ。
現在午前2時20分。
バトル開始10分前である。
既に当事者である と拓海、二人に許された数人のギャラリーは全員集まっている。

「なんだってこんなトコでやるんだぁ?」

赤城か秋名でやるだろうと思い込んでいた啓介はもらす。

「だって拓海がホームじゃやらないって言うからさ。そう言われたら私だってホームでやりたいなんて思うわけないでしょ?」
「んまぁ、いいけどよ。ギャラリーも全然来てねぇみたいだしな」

そう言って啓介は辺りを見渡す。
T峠のスタート地点にいるのは と拓海と高橋兄弟、池谷とイツキの6人だけだ。

「此処にはね」

はニヤリと笑う。

「と言う事は他にも招待客がいると言う事か?」

黙っていた涼介が口を開く。

「まぁね。多分事前に下見に来ただろうからそれぞれ気に入ったポイントにいるんじゃないかな?」
「誰を呼んだんだよ」

てっきり高橋兄弟しか呼んでいないだろうと思っていた拓海。
お互い誰を招待したのかまでは言っていなかった様だ。

「碓氷のインパクトブルーと、妙義ナイトキッズの中里さんと庄司さん、それと京一だよ。もしかしたら叔父貴もどっかで見てるかも」
「いつの間にネットワーク広げたんだよ…」

拓海は呆れている。

「って、 !一人で行くなって言っただろ!?」

啓介が勢い良く間に入ってきた。
どうやら啓介同伴で行ったわけではないらしい。

「一人でなんか行ってないってば〜。妙義に行った時は拓海と一緒だったし、碓氷は庄司さんと行ったんだもん。いろは坂は決着つけて以来行ってないけど」

確かに は約束を破ってはいない。
しかし啓介にしてみれば他の男と行く事自体に納得がいかないのだ。

「っだぁぁ〜、次からは俺に言え!」

これは単なるヤキモチである。

「わかったよ、もー。啓介はガキだなぁ」

わざとらしい溜息を一つ。

「全くだ。 の方がよっぽと大人だな。少しは見習ったらどうだ?啓介」

冷たい視線を送る涼介。しかし内心意地悪な笑みを浮かべている事は間違いない。

「ぐっ…」

二人の態度に縮こまる啓介。

ちゃん、そろそろ時間じゃないか?」

啓介とのやり取りを楽しげに見やっていた池谷が口を挟む。
目線は腕時計に向けられている。

「んじゃ、誰かゴールに下りないと…」

イツキが気付く。

「大丈夫。ゴールには文太おじさんがいるから」

はイツキの言葉を半ばで遮った。

「は!?親父来てんのかっ?」

パンダカラーのハチロクに足を向けていた拓海は足早に の元へ引き返してきた。

「そうよ。このバトルの話をしたら見に来てくれるって言ったの。だから決着のつく瞬間を見て貰おうと思ってさ」

言い終わるや否やさっさと黒いハチロクに乗り込んでしまう
ここで何を言っても仕方ないと思った拓海はすごすごと自分のハチロクに乗り込んだ。
2台のハチロクは並んでスタートの時を待つ。
スターターは啓介だ。
ハチロクと向かい合い、高々と手を挙げる。

「いくぞ……5、4、3、2、1、GO!!」

手が振り下ろされたと同時に2台は飛び出して行く。
啓介はすかさず後ろを振り返り、ハチロク達の後ろ姿を見送る。

「さて、どちらが勝つかな」

ハチロクが消えた地点から目を離さずに涼介が呟く。
まだまだ二人の実力は計り知れない。
勝敗の行方ですら見当も付かないのは当然だ。

 

 

 

色違いのハチロクトレノはフルスピードで走っている。
双方の車内でキンコンキンコン鳴っているのは明白。
二人にとっては常に聞いている音である為、集中力を乱す原因にはなり得ないが。
先行しているのは拓海。
がその後を追うかたちになっている。
も拓海も当日一緒に数本流しただけのコース。
走り込んでいないがかなりスピードが乗っている。
二人の実力を物語っていると言えるだろう。
エンジンのパワー差があるのかストレートでは が少しばかり置いて行かれる。
しかし持ち前の突っ込みとカウンターの小ささを利用しコーナーで食いついていく。
性能差をものともしない の走り。
前を走っている拓海はこれでもかとプレッシャーをかけられる羽目になる。

「やっぱ、 ってスゲーや…」

中学時代に戻った様な錯覚に陥りそうだ。
後ろから拓海の走りを見ている の方はメキメキと力を付けた拓海に舌を巻いている。

「はぁー…こんなに変わるモンなのねぇ」

なんとも呑気な

「でもコーナーじゃ私の方がイケてる感じじゃない〜?こりゃ経験の差かしらね♪」

拓海よりもバトルの経験こそ下回るが走り込みの回数は遙かに多い。
先に走りに目覚めた分、 が有利な点もある。

「下見した時に溝がないのは確認済み。溝落としは出来ないよ?拓海」

自然と浮かぶ不敵な笑み。
余裕を見せている様に思われる だが実はあまり余裕などない。
このT峠はきついコーナーがいくつも続く。
集中していなければいつか壁に突き刺さる事にもなりかねない。
そんなコーナーを走り抜けて行く2台はもうゴール目前。
依然として先頭は拓海。
はそのすぐ後ろにピッタリと張り付いている。

「駄目だ、振り切れねぇ。新しいエンジンのパワーについて来れるなんて流石 だ」

最後のコーナーで真横に見える黒い車体をチラリと見た拓海は呟いている。
コーナーを抜けると2台は横並び。
どちらが勝ってもおかしくない状態だ。
そして は気付いた。

「!?」

いつもと違う手応え。

「回転数が落ちてる!?」

そんな悲鳴に近い声を上げたのとゴールを過ぎたのは同時だった。
黒いハチロクはガクンと大きく揺れ、派手なスキール音と共にスピン。
隣に並んでいた拓海は難なくかわしてくれたが、きっと驚いているだろう。
ボンネットから僅かに白煙が立ち上っている。

「…最後の最後に無理させちゃったかな」

フッと悲しげな笑みを浮かべると静かにキーを抜く。

「今までありがとう…私を育ててくれて」

はそう言ってステアリングに額を預け、嗚咽を堪えた。
ぐっと拳を握り締める。

(泣くな、泣くな!)

そう心の中で自分に言い聞かせてから車外へと出た。
真っ先に走り寄って来たのは拓海。

っ、大丈夫か!?」
「うん、どこも怪我はなし。ハチロクは駄目だろうけど」

言ってから拓海の背後へ目を向ける。
そこには皆が揃っていた。

「あ、叔父貴と文太おじさん一緒にいたの?」

二人並んでガードレールに腰を落ち着けている。

「ああ、 とうとう負けたな」

紫煙を吐き出しながら言ったのは の叔父だ。

「あ…やっぱ負けてた?」
「2〜3センチだけどな。何もなければ が勝っていただろうが」

答えたのは文太。

「ちぇ、こんなカタチで決着ついてもなー」

不満そうな拓海。

「そうは言っても再戦は不可だろう?」

涼介は言う。

「まぁ…そうですけど」

「んじゃ俺は帰る。 、帰る時は誰かに送って貰え。ハチロクは俺が持って行くぞ」

叔父が少し離れた場所に止められているキャリアカーを指差した。

「はぁっ!?何であんなん用意してあんのさ!」

思わず叫ぶ

「随分用意がいいな、お前の叔父さん…」

啓介も驚いている。

「ま、今夜はこれで解散だね。勝負は拓海君の勝ちって事で」

欠伸を噛み殺しながら沙雪が言った。

「気を落とさないでね、 ちゃん。またFDで碓氷へおいでね」

真子は微笑みかけてくれる。

「うん、またね。沙雪姉、真子姉」

は青いシルエイティに乗り込む二人に手を振る。

「じゃあ俺達も帰るか。 、良ければ送って行くぜ」
「あぁ!?何言ってんだ、毅っ。 ちゃんは俺が送って行くんだよ」

睨み合う中里と庄司。

「遠慮しとく」

その の一言に二人はずっこける。

「「何でだ!?」」
「おぉ、息ピッタリ!」
「いや、 。そうじゃないだろう?」

京一は呆れて溜息を吐いている。

「あ…。二人共ウチとは逆方向だし」

もっともな理由。

「安心しろ、俺が送って行く」

ニヤリと笑う京一。

「駄目」

即答する

「なっ…」
「京一は1番遠いトコから来てるでしょ。さっさと帰りなさい!」

ビシッと人差し指を突き付ける。

「1番近いのは俺達だな。心配せずとも俺が送って行く」

ぬっと現れた涼介が の肩を抱く。

「ううん、啓介に頼む」

またもや即答。
笑顔で肩に置かれた手を剥がす。

「何故だ?」

僅かに不機嫌そうな顔になる涼介。

「いつも忙しい涼介に頼むワケにはいかないでしょう?」

当然の様に答える。

「さ、もう帰ろう?拓海も帰っていいよ、配達に差し支えるよ」
「あ、そうだな。じゃ…」

軽く頭を下げてからハチロクに乗り、帰路を急ぐ。

「んじゃ、中里さん庄司さん、また妙義に顔出すね。京一もまたね!涼介もおやすみ〜」
「じゃーな」

啓介は勝利の笑みを4人に向ける。
は大きく手を振ると啓介と並んで黄色いFDへと足を向けた。

 

 

 

「なぁ、ハチロクなくて店の手伝い大丈夫か?」

T峠から少し来たところで啓介が気付く。

「あぁ、叔父の車使うから平気」
「そうか。何乗ってんだ?叔父さん」
「ハチロク」

笑いを堪えながら は答える。

「は!?…マジ?」

思わず の方を見る。

「危ないから前見る!ま、叔父貴のハチロクはレビンの方だけどね」
「へぇ…じゃ、赤城のハチロクの勇姿はまた拝めるワケだな」

ニッと笑う。

「そういう事になるのかな…」

力なく答えると流れる景色へと目を向け、黙りこくる
車内を沈黙が支配したまま黄色いFDは洋菓子店"86の夜道"に到着した。
しかし は俯いて動かない。

?寝てんのか?」
啓介はシートベルトを外し、ナビシートへ身を乗り出す。
「いつもなら…ここにハチロクが収まってたんだよねぇ」

小さな呟き。

「あ?……そうだな」

そう答えることしか出来ない啓介。
の固く握りしめられた拳にポタリと一滴。
啓介はぎょっとして の前髪をそっと掻き上げた。
眉をひそめ、涙が溜まった瞳は細められている。
溢れた涙は静かに頬を伝って一滴、また一滴と拳に落ちていく。
息を飲む啓介。
の泣く姿など初めて目にしたのだ。どうしたら良いものか皆目見当も付かない。
取り敢えずその身を締め付けるシートベルトだけは外してやる。

…泣きてぇなら思いっ切り泣け」

意を決し、拒絶される事を覚悟の上で抱き締める。
堪えていた嗚咽を吐き出す
啓介の予想を裏切ってしがみついて泣きじゃくっている。
一瞬ポカンとした表情を浮かべてしまう啓介。
しかしすぐに気を取り直して表情を引き締める。

「大事な相棒だったんだよな、ハチロクは」

そう言って の長い髪を優しく梳いた。

「ん…ゴメン啓介。まさか此処で泣くとは…自分でも思わなかった」

啓介の胸に顔を埋めたまま は言う。
どうやら家に入るまでは我慢する気でいたらしい。

「構わねぇよ。送って来た役得ってヤツだな♪」

ニカッと笑っている。

「む〜、無様なトコを見られた…。皆には内緒にしてよ?」

まだ涙で潤んでいる瞳で見上げる。

「言わねぇよ」
「んじゃ、おやすみ。送ってくれてありがとね」

ようやく笑顔を取り戻した
啓介はその様子に内心安堵の溜息を吐く。

「あぁ、またな」

そう言ってふわりと優しく笑顔を返した。

 

 

 

バタン

自室に入った
後ろ手にドアを閉めるとそのままズルズルとドアに背を預けて座り込んだ。

「…啓介ってあんな顔で笑ったっけ?////

その笑顔を反芻する様に思い出してはゆでだこの様に赤くなっていた だった。

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

あぅーとうとうハチロクとのお別れが来てしまいましたん〜
これからはFD乗りです、完璧に
いや、仕事の手伝いでは叔父のハチロクレビンに乗る事になりますが…
この叔父は…ハチロクマニアですかい!?って感じですなぁ(笑)
最後は啓介と何やら良い感じになって貰ったデス♪
だってドリー夢小説だもんね!

−2003/2/25−

ちょっとつじつま合わせの為に一ヶ所だけ変更しました
最初は自宅へ送って貰ったのですが、後で自宅を知らなかったと書いてしまったので…
以後気を付けますm(_ _)m

−2004/8/25−