まったく!
いい加減にして欲しいわっ。
これでも少しは落ち込んでるんだから、いたわって欲しいモノね!!
息抜き
洋菓子店・86の夜道は今日も盛況だ。
近所の主婦、女子中高生など女性客が多いのかと思いきや、強面の男性も多く見られる。
彼らはきっと走り屋。
元走り屋でハチロクマニアである主人を慕って集まる客の一部だと思われる。
そんな菓子店の扉を開いたのは…カランッ
「いらっしゃ…おぅ、黄色いボーズか」
「…ソレやめて欲しいんスけど」不満そうにもらしたのは啓介だ。
「一人か?珍しいな」
店に顔を出す場合、大抵はケンタか涼介と一緒にやって来る。
しかし今日は一人だ。「あぁ、 ここにいるかと思ってさ」
「 ?連絡つかねぇのか?」
「あー何か携帯繋がらねぇし…」
「悪いな、俺のせいかも知れないなぁ。俺から連絡来るの嫌がって電源切ってんだろ。 は今、埼玉まで使いに出してる」
「埼玉ーっ!?」啓介は驚きの声をあげている。
「なんだって埼玉まで使いに出したんだよ」
「俺の走り仲間のな、息子が結婚すんだとよ。で、ウチにウェディングケーキを注文してくれてな。
その配達だ。 も顔見知りだからいいかと思ってよ」
「つー事は、 も結婚式に出席してんのか?」
「いや、ああいった派手な集まりは苦手だからな。日が落ちる前には帰って来るだろ」
黒い相棒がエンジンブローして数日が経過している。
表面上は平静を保っている だが、啓介の前で涙を見せた様に心の中は穏やかではなかった。
FDがあればそれで良いと思っていた筈なのに、いざハチロクがなくなってみると結構さみしさを覚えた。
自覚しないままにハチロクが好きになっていたのだろう。
あれからどうにも落ち着かない。「じゃ、確かにお届けしました。私はこれで…」
ウェディングケーキの注文者であり、叔父の走り仲間である人物に営業スマイルを向けている 。
「ああ、わざわざありがとうな。…なぁ ちゃん、何かあったか?いつもと調子が違うじゃないか」
ズバリ指摘されてしまう。
「そ、そうかな?んー…この間ハチロクがエンジンブローしちゃってね、ちょっと凹んでるカモ」
さみしげな笑顔が浮かぶ。
「え!?あの黒いトレノかい?」
「うん、そう。はとこであるハチロク使いとハチロク対決したらね、ゴール直前で」
「そうかー、まぁ古い車だからな。良いエンジンは見付かったのか?」
「いやー…それが、廃車にしちゃったんだよねぇ。私もう自分のマシン手に入れてたから」頬をかきながらポツポツともらす。
「ん?そんな話聞いてないぞっ」
「え、叔父貴何も言ってないの?免許取ってすぐにFD買ったんだよ」
「FD!?…FDなぁ、FR選んだのは誉めてやるが何だってターボ車にしたんだ〜?」不満そうな男。
「いいじゃない別にぃ。FD好きなんだもん。なんならNAトリプルローター化しちゃってみる?」
らしいニヤリ笑いをしてみせる。
「お!いいな、ソレ。やんのか!?」
「や・ら・な・いっ!!じゃーねっ」そう言い残して黒いハチロクレビンに乗り込む 。
「ちっ、まーいいか。気ぃつけて帰れよ」
車内から手を振る に男も手を振りかえす。
さっさと叔父の愛車であるハチロクレビンを走らせ始める 。
時間はまだ昼前だ。「よーっし。ちょっと寄り道して行こーっと♪この間来た時は時間なくて走れなかったしね」
不敵な笑顔の は独り言を呟く。
以前、ハチロクトレノで正丸峠を見に来た事があった。
拓海が秋山渉とバトルした後に。
その時はせっかく来たものの、時間がなかった為に1本も走れなかったのだ。「このレビンでどれだけ走れるかわかんないけど、走ってみたかったんだよね〜あの峠。昼間だけど…まっアソコなら大丈夫でしょー」
お気楽に考える 。本当に落ち込んでいるのだろうか?
土地勘の良い は迷う事なく目的地に到着した。
まずは普通に通ってみてコースを頭に叩き込む。
の予想通り誰もいない。「ん、よし!覚えた覚えた〜」
往復してスタート地点に戻って来ると息を付く間もなく方向転換してアクセルを踏み込む。
お遊び程度だからマージンたっぷりの安全走行だ。
勿論、 の定義で。「んむ〜、おっそいなぁコレ。流石に引退した中年オヤジじゃーこれくらいが精一杯なのかしら。横Gに耐えられない、とか?」
可笑しそうに吹き出す。
言っておくが、常人では扱えないであろうスピードに乗ったマシンを操っている最中である。
のドラテクはここ最近でメキメキと上達しっぱなしだ。
京一や拓海とのバトル、レッドサンズとの走り込み。この成果だろうが、それにしても怖ろしいまでの成長力だ。
あっという間に気持ち悪くなりそうな程にしつこい正丸峠を1本流す。「うー、ちょい休憩。…拓海ってばよくこんなトコ何本も続けて全開走行したな〜」
ドラテクでは拓海にも負けないが、やはり体力差だけはどうしようもない。
予想以上の疲労感。「女走り屋のツライとこだわ…。ただでさえ私華奢いし小柄だしなぁ」
おもわず溜息。
車外に出て風に当たる。
そして の耳はある音を捉えた。「コレ…ハチロク?ターボの音だね」
此方に向かってくるわかりやすいターボ独特のエンジン音。
やがて の視界に入るシルエット。「ま〜さかとは思うけど、秋山渉って事はないよねぇ?」
そう、 の視線の先にあるのは白いハチロクレビン。
しかもターボチューンと言ったら思い出すのは当然だろう。
白いレビンは の黒いレビンの隣に止まる。
姿を現すドライバー。(うわぁ…予想通り)
心の中で呟いてしまう 。
レビンに乗っていたのはやはり秋山渉であった。「…女の子だったのか!?」
渉は一人で勝手に驚いている。
当然と言えば当然かも知れないが。「女の子じゃ悪いですか?」
刺々しい笑みを向ける。
初対面時の啓介と同じ過ちを犯してしまった渉。「あ、いや、悪い。そう言うつもりじゃなかったんだ。てっきり男が乗ってるだろうと思ってたから」
「同じ事でしょうに…」は憮然とする。
「で、何か?」
キツイ視線の 。
「別に用があるワケじゃないんだけどな。さっき街でこの車見掛けて、運転が上手いなと思ってね。
もしかしたら走り屋かと思ってついて来てみたんだが…途中信号のせいで見失ってさ。方向的に此処かと思って来てみたら君がいたってワケ」
「何でついて来るのかがわかんないわね…」今度は呆れた表情を向ける。
「いや、ハチロク乗りで走り屋なら話がしてみたいと思っただけさ」
「悪いけど、私はFD乗りだから」ハチロク乗りであったのはつい数日前までだが過去の事。まぁ嘘ではないだろう。
「じゃあそのハチロクは?」
「叔父のだから」
「その割りには上手く乗ってた様に見えたんだけどな」なかなか目敏い。流石埼玉のハチロク乗りと噂されるだけある。
「…一応、仕事の手伝いで乗ってるからね。そのせいでしょ」
正確には仕事ついでに走り込んでるから、なのだが…。
峠を攻めている時に来なかったのは助かったかも知れない。「私、家群馬なんで…もう帰らなきゃいけないんですけど?」
さっさと逃げなくてはボロを出すかも知れないと思った はそう切り出す。
「群馬?…仕事の手伝いってコッチまで来るのか?」
「今日はたまたま。こんな遠出する仕事は初めて」
「群馬か…まぁ行けなくもないな。何処へ行ったら会える?」これはつまり何処がホームか、と聞いているのだろう。
「私は秋山さんに会うつもりないんですけど」
ハッキリ断る。
だが は此処から去りたいと焦っていた為に早くもボロを出してしまった。「俺、名乗ったっけ?」
渉はしめた、という顔をしている。
思わずしまった!という顔をしてしまう 。「…貴方の名前くらい知ってますよ、秋山渉さんでしょう?親戚から聞きました。覚えているでしょう?ハチロク使いの藤原拓海」
取り敢えず聞いた話で済まそうと試みる。
「アイツと親戚か?で、どうして俺が秋山渉だと思った?」
(突っ込んでくるな…逃げ切れるかなぁ)
不安がよぎる 。
「ターボチューンの白いレビンだったから、かしらね」
なんとか言い訳を述べる。
「ふぅん、車には詳しいんだな」
(あ、まずったかもー…)
「ま、まぁ、父と叔父も元走り屋だし…ソコソコは」
「家族や親戚に走り屋が多いんだな。で、君は走り屋の娘か。運転上手いのはそのせいか」
「え、えぇきっと。毎日の仕事の手伝いもあるし」これで逃げ切れる!と思わず笑みをこぼす。
「毎日か、上手くもなるか」
渉の中にあった走り屋説は崩れた様だ。
内心ホッとする 。「じゃ、私帰りますから」
そう言ってさっさとハチロクのエンジンをかける。
「あ、ちょっと待って」
「何か?」
「忘れてた、君FD乗りだって言ってたな。やっぱり走り屋?」(なーんで今更思い出すの!!)
「……ふぅ、も、いーわ。"赤城のハチロク"とか"峠の華"とか言われてる赤城の走り屋、 よ。じゃーねっ」
乱暴にハチロクのドアを閉めると凄い勢いで走り去った。
「いい音させてるじゃないか。腕もかなりのものみたいだな」
渉はハチロクの後ろ姿を見るとニヤリと笑った。
カラン
「ただいまっ」
86の夜道に戻って来た を叔父が迎える。
「何だ思ってたよりも早かったな」
「まぁちょっとあってね。ハイ、ケーキ代」依頼者から受け取ったウェディングケーキの代金を差し出す。
「どうだ、少しは息抜き出来たか?」
「息抜き?」はキョトンとしている。
「どっか寄って来なかったのか?あのレビンじゃたいした走りは出来なかっただろうがな」
「なっ何!?そのつもりで私を埼玉に使いに出したのぉっ!?」店内には客がいる為、抑えた声で叔父に詰め寄る。
「まぁな。で、どうなんだ?」
ニヤリと笑う叔父。
「正丸峠、少し走って来たけど…おかげで秋山渉と会っちゃったわよ」
むぅ、と頬を膨らませる。
「秋山?…あぁ、文太の息子とバトルしたって言う埼玉のハチロク使いか」
「そ。……きっと、そのうち赤城に来るわよ〜。はぁ…」深い溜息を吐いてショーウィンドウに突っ伏す。
「そりゃ災難だったな。お、そう言えば昼前に黄色いボーズが来たぞ」
「それって啓介の事?んじゃ、私もう行くから。じゃーね叔父貴」封筒に入った配達料を受け取って、 は携帯を操りながら店を出て行った。
++後書き…もとい言い訳++
久々更新です…
とうとうヒロインと渉が接触〜
最初はどうしようか悩んだんですけどね
でも渉は面白いかと思って(何か企んでるヤツ、笑)−2003/4/22−