驚いた、としか言えなかったな。
まさかこんな近くに、接する機会の多い相手が…同じ人種だったとは。

 

 

 

 

赤城の白い幻影

 

 

 

 

赤城の白い彗星と名高い高橋涼介が医者になって既に半年。
峠が恋しいと思う事がないとも言い切れないが大学時代以上に忙しく気晴らしに走るという事もない。
そんな涼介に久々に舞い降りた休日が明日に迫っている。
その上今日は早くあがれる。

「久し振りにゆっくり出来そうだな」

時刻は夕刻。
窓からは西日が差している。

「高橋先生も明日お休みでしたっけ」

ふと声をかけられる。

「ええ、 先生も休みですか」
「そうなんですよ〜。もう嬉しくて」

ふわりと笑みをもらすこの女性。
同じ病院に勤務する小児科の 医師だ。
涼介と同じ外科医である兄を持っている為、よく外科病棟へ顔を出す。

「どうせまた遊び歩いてゆっくりなんぞしないんだろう?」

医師の背後から現れ、 の頭をコツンとファイルで叩く人物。

「あ、兄さん。そりゃあそうよ。1日丸々休みなんて滅多にない御馳走よ?
放っておきっぱなしの相棒に悪いじゃない。思いっ切り走らせてあげなきゃ!」

彼が の兄であるらしい。
は何やら力んでいる。

「ふぅ…。高橋君も何か言ってやってくれよ。 は暇さえあれば何をするでもなしに車で出掛けて帰って来ない事が多くてねぇ」

呆れて溜息を吐いている の兄。

「あら〜兄さんは男のクセに車に興味ないからわかんないのよ。車って楽しいのに」
「車なんて燃費良く走ってくれさえすればいいだろうが」

かく言う彼は燃費の良い軽にしか乗らない。

「悪かったわね、燃費の悪〜い相棒で!」

兄を睨み上げる。

「二人ともそろそろあがりだろ?ゆっくり休めよ」

の兄はそう言うとファイルを自分の机に置き、別のファイルを手にして部屋を後にした。

先生、車お好きだったんですね。初耳ですよ」

涼介は意外そうに言う。

「そうでしたっけ?言った事なかったのか…不覚だわ」

何が不覚だと言うのか…。

「俺も車は好きですよ」

何気なくそう言った涼介。
それに対して は涼介が想像もしていない返事を返す。

「そりゃそうでしょうね」

さも当然、という顔をしている。

「え…?」

涼介は荷物をまとめる手を止めた。

「赤城の白い彗星高橋涼介が車嫌いな筈ないでしょう?」

悪戯っ子の様な表情をしている

「貴方の白いFCは元気?」

そう言って首を傾げる。
涼介はただ驚くばかりだ。
何故 がそんな事を知っているのか。
勿論答えは限られる。
頻繁に峠へギャラリーに訪れていたか、走り屋であるか。そのどちらかだ。

先生?」
「はい?」
「何故それを?」

敢えて聞いてみる。

「私も高橋先生と同じ走り屋だからですよ」

楽しそうに答える。

「…そう、だったんですか?意外ですね」
「意外かしら?じゃあ私の相棒が何か知ったらさぞ驚かれるでしょうね」

堪えきれない笑いをもらす。

「俺が驚く様な車に乗っているんですか?」
「きっと驚かれると思いますよ?」

涼介は思わず に不似合いだと思われる車種をいくつも想像する。
しかし走り屋であるという事自体意外である為、どの車種でも当て嵌まってしまう気がして想像もつかない。

「私は今夜赤城に走りに行くつもりなんです。もし気になる様でしたら顔出して下さい」

そう言い残して扉の向こうへと姿を消した。

「赤城…か。久々に行ってみるか」

 

 

 

夜の峠は既に賑わっていた。
仮眠を取ってから赤城へとやって来た涼介。
半年ぶりにその空気を味わっている。

「アニキ!?」

弟である啓介がどこから出ているのかわからない様な声を発している。

「何だ、啓介も来ていたのか」
「あ、ああ。で、アニキはどうしたんだよ。もう峠に来るつもりねぇって言ってなかったか?」

啓介は自分の兄が易々と前言撤回する様な人間だと思っていない。相当驚いている。

「そのつもりだったんだが…一つ気になる事があってな」
「気になる事?なんだソレ」

涼介は答える気がないのか口を閉ざしたまま。
視線は下から登って来る車に向けられている。
その方向から聞き慣れた音が聞こえてくる。
二人の乗っているFCとFDに搭載されているロータリーエンジン独特のエンジン音だ。

「んだぁ?この辺にセブン乗りなんていたっけか?」

啓介も音のする方へ目を向けている。
やがてエンジン音の音源が姿を見せた。
それは…。

「あ、あれか!?赤城の白い幻影ってのは!」

啓介が声を上げる。

「白い幻影?」
「最近噂聞くんだ。いつ現れるかもわかんねぇ凄腕の走り屋だよ。吹っ掛けられたバトルは全部勝ってるみたいだぜ」

興奮した様に一気に喋りきる啓介。
いつ姿を現すのか全くわからず、ドライバーの姿を見た者もいないという幻の様な存在。
その為にいつしか"赤城の白い幻影"と呼ばれる様になったらしい。

「そんなヤツがいたのか…」

その白い幻影と呼ばれる白い車は真っ直ぐ二人の目前に停車する。

「なんだ?」

眉をひそめる啓介。
すぐにドアが開きドライバーの姿が現れる。

「今晩は、高橋先生」

そう、 医師である。

先生!?」

涼介は目を丸くしている。

「驚きました?私の相棒」

驚く涼介を楽しげに見やる

「なんだよ、アニキの知り合いかよ」

啓介も驚きの表情を浮かべている。

「あ!君が弟の啓介君?私、お兄さんと同じ病院へ勤めている小児科医の 。宜しくね?」
「医者かよ!?…成程な、いつ現れるかわかんねぇワケだ」

不規則な出没の仕方をする理由に納得している啓介。

「しかし…確かに驚くな。まさか 先生が俺と同じ白のFC乗りだとは」
「ふふ♪そうでしょう、そうでしょう」

満足げに頷いている

「啓介が言っていた噂を聞いた限りでは未だ現役なんだな」
「勿論ですよ。こんな楽しい事やめたくなんてありません!」

強く言い切る。

「お兄さんはこの事を?」
「知らないでしょうね。単なるドライブにでも行っていると解釈してるみたいですから」

勝ち誇った様な笑み。
この様子だと兄には秘密にしているのだろう。

「それにしても白い彗星と白い幻影揃い踏みか〜。スゲーな〜」

啓介は非常に楽しそうだ。
涼介と のFCを交互に見比べている。

「高橋先生と違って無邪気ねー」
先生こそお兄さんとは随分印象違いますよ」

お互いに兄弟の似ていない箇所を指摘し合う二人。
そんな二人の会話を聞いていた啓介は眉間にシワを寄せている。

「どうした?啓介」

それに気付いた涼介は声をかける。

「此処は病院じゃないんだぜ?先生、先生言うのやめろよ…」

思わず と涼介が顔を見合わせた。

「じゃあ… さん、か?」
「高橋さん?」

"先生"を"さん"に置き換えただけ。
啓介は大きく溜息を吐く。

「何だよソレ。 さん、俺も"高橋さん"なんだけど?」

不満そうな表情を向ける。

「あ、そっか。じゃ、涼介さんだ」

ポンと手を打つ

「と、なったらアニキも名前で呼ぶだろ?」
「…そういう物か?」

何か違う、そう思いつつも聞き返してしまう涼介。

「まぁ私は構いませんよ。兄もいる事ですし。実は兄も私も" 先生"だったので分かり難い時が多々ありましたしね」

は思いだして苦笑する。

「あぁ、そうですね。なら さんと呼ばせて貰いましょう」

涼介はそう言って全ての女性が惑わされそうな笑顔を浮かべる。

「ええ、是非そうして下さい」

も笑顔を返す。
こちらは男性を虜にしそうな笑顔だ。

(わかってんのかな、この二人)

笑顔を交わす二人を見ていた啓介は内心思う。

さんはともかく、アニキが女にあんな顔したの見た事ねぇし。…アニキ気付いてねぇな、コリャ)

カクッと肩を落として溜息を吐く。

「何だ啓介。溜息なんか吐いて」
「別に。せっかく来たんだから走って行けば? さんだって走りに来たんだろ?」

言い捨てるとさっきまで一緒にいた仲間の元へと戻って行く。

「まぁそうだな。良ければ一緒に走るか?」
「そうね。って此処に来ないかって先に誘ったの私の筈なんだけど?」

は頭一つ分高い涼介を睨み上げる。

「そうだったな」
「ま、いいわ。啓介君の言う通りだもん。走りましょ」

二人は同時にフッと笑みを浮かべると手をパチンと合わせてから自分の白いFCへ乗り込む。
涼介が先行し、 が後を追うかたちで2台は赤城を下って行った。
啓介の話では、この後2台が頂上へ戻って来る事はなかったと言う。

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

どーしても書いてみたかった同じマシンを操るヒロイン!
いや、FC乗りって事じゃなくて色も同じって事ですよ
涼介と同じ白のFC乗りなヒロイン♪
しかも医者!
なんかラストが微妙だけど…
しかも鈍い涼介ってどうよ!?(ヒロインもだけど)
啓介に背中押されてるよ…(笑)
"赤城の白い幻影"って通り名はお気に入りですvv
涼介と並ぶのに相応しい〜☆

−2003/2/21−