「Trick or Treat!」

始まりはその一言だった。

 

 

 

お菓子と悪戯と仕返し

 

 

 

何やら妙な格好をしていた。
真っ黒い衣装に三角の帽子。

「何してんだ、

訝しげな顔で言ったのは馬超だった。

「今日はね、ハロウィンなんだよ」

楽しそうに言った には悪いが、馬超はその"はろうぃん"とやらを知らなかった。
居合わせた姜維へ視線を送るがやはり知らないらしく、首を横に振っている。

「ハロウィンってのは私の世界であったお祭りみたいなものでね。
お化けとか魔女とかに仮装して近所の家を訪ね歩いてお菓子を貰うの。Trick or Treatって言ってね」
「ああ、先程の言葉ですね」
「うん、お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ〜って意味」

はハロウィンについて説明を始める。
どうやらその祭をやりたいという事の様だ。

「んなコトして面白いのか?」

理解の及ばない馬超は冷ややかな目で見ている。
下らない祭だとでも思っているのだろう。

「元々は宗教行事なんだけど、今じゃその宗教の信者じゃなくてもやってるよ。まぁ、お菓子を貰えるのは子供だけなんだけどね」
「じゃあ は貰えないのではありませんか?」

苦笑を浮かべる姜維。

「私まだ未成年だもの。私の国では20歳以上が成人、つまり大人とされてるの」
「ほぅ、お前がガキっぽいのはその為か」

馬超は納得した様に頷いている。

「誰がガキっぽいですって?馬超だって充分子供っぽいわよ」
「なんだと?」

二人の間に火花が走る。

「馬超殿、そういう反応を返すから子供っぽいと言われるんですよ」

ニッコリと笑顔で言い放つ姜維。
それを聞いた はプッと吹きだした。
馬超は言い返せずに押し黙っている。

「ま、とにかく。Trick or Treat!!」

は二人に手を差し出した。
どうあってもハロウィンは実行する気でいる様だ。

「ほらよ、まったく」
「ありがとー、馬超〜」

呆れた様子でありながらも持ち合わせていた菓子を の掌に転がしてやった。

「なんだ、 。また馬超に餌付けされてたのか」

の背後からやって来たのは趙雲だった。

「餌付け、って…私は愛玩動物かなんかデスカ!?」
「愛玩動物か、まぁそんな所か」

笑顔で肯定すると趙雲は の頭を撫でた。
一瞬ムッとした も次の瞬間にはその手を叩き払っていたが。

「なぁ、

微妙な表情をした馬超が問いかける。

「ん?」
「まさかとは思うが、他の所も回るつもりじゃないだろうな」

その馬超の問いに はにんまりとした笑顔で答えたのだった。

「そのつもりなんですね…」
「姜維も一緒に回ろうよ」
「え、いえ、私は…」

両手を力なく振って断ろうと思うが楽しそうな になんと言えば良いのやら。
姜維は困った様な笑みを浮かべている。

「お前の国では子供とされる年齢でも姜維は此処で大人として生活してるんだ。他を当たるんだな。」

さり気なく助けを出す馬超に姜維はそっと目配せして感謝の意を伝えた。
断られた は不満そうだが。

「えー、姜維が最後の砦だったのに」
「…さっきから何の話をしてるんだ?」

途中から話に加わった趙雲は何の事やらさっぱりである。

「あ。 殿が暮らしていた場所で行われていた祭の話ですよ。今日がその祭の日なんだそうです」

姜維は に説明された事を丁寧に趙雲にも教え始める。
その一方で馬超は の言葉に引っ掛かるものを感じて に向いた。

「最後って事は他のヤツのトコにも行って来た後か…」
「馬岱にはやんわり断られた」

はっきりと行って来たとは言わずに結果を述べた
やはり行って来たのか、と馬超は肩を竦めて見せた。

「だろうな」
「星彩は読みたい兵法書があるからって籠もってるし、関平は興味なさそうで。
だから姜維ならって思ってたのに。って言うか仮装させたかったのよ!」
「それが本音ですか」

力一杯告げた に趙雲への説明が終わったらしい姜維が突っ込む。

「えへへ」

は笑って誤魔化しておく。

の格好も仮装か?」
「そうよ。魔女の仮装。我ながら可愛く作れたと思ってるんだけど」

趙雲の問いに答える。
布を用意して貰って、事前に準備した魔女の衣装は の手作りだ。
当然デザインも によるもので、自画自賛ではあるが可愛らしい衣装に出来上がったと自負している。

「可愛いのは認めるが足を出すのは頂けないな…」

の答えを聞いた趙雲は彼女の剥き出しになっている足を見て溜息を吐いた。
確かに可愛いのだ。
しかし年頃の女が足を見せて歩くなど、この世界の人間にとっては信じがたい事なのだろう。
は否定するが、こちらの女達より髪はよく手入れされているし肌も綺麗だ。
加えて屈託なく見せられる笑顔に惹かれる者が多い。
そんな が足を見せた衣装に着飾ったりすればいらぬ危険を招きかねない。

「ああ、ここではそうかもね。普通のスカートなんだけどなぁ」

趙雲の言葉で漸く気付いた様子の
自分にとって膝丈のスカートなどどうという事もないだけにすっかり失念していた。

「えぇと…私はそろそろ仕事に戻りませんと。 殿、すみません」
「え?あ、あー!チッ、逃げられたわ」

長く話し込んで時間を使ってしまった姜維は脱兎の如く去って行ってしまった。
仕事もそうであろうが、付き合わされる事を回避する為に逃げ出したのだろう。
あっという間に小さくなった姜維の背を見ながら、 は地団駄を踏んだ。
姜維が見えなくなると、 は勢い良く振り返って趙雲へ手を差し出した。

「なんだ、この手は」

自分へ突き出された手をちょんちょんと突く趙雲。

「Trick or Treat!!」
「…ああ、それが例の言葉か」

先程姜維に教えられた中にあった言葉だった。
その言葉を言われたらお菓子をあげなくてはならない、と言っていたか。

「そう、お菓子!」
「悪いが菓子を常備しているなど を餌付けている馬超ぐらいなものだぞ」

普段から甘党な を宥めたり手懐けようと試みている馬超は小さな菓子を常に持ち歩いている。
馬超から菓子を受け取ってご満悦な の姿は日常的に見られるものだった。
そう言えば馬超は趙雲へ言った事があるらしい。
「果物を与えられて喜ぶ馬と似ていてな。アイツに菓子をやるのが楽しくて堪らん」
と。
それ以来、趙雲の目には"餌付け"にしか見えなくなった。

「だから餌付けって言うな!じゃあ悪戯決定ね♪」
「悪戯されるとわかっていて悪戯される程間抜けではないよ、私は」

爽やかな笑顔が、言外に「馬鹿だな、 は」とでも言っているかの様で はムッとした。
しかし確かに趙雲に悪戯を仕掛けるのは難しそうである。
それに悪戯と言っても何をすれば良いのやら…。
は必死に考えを巡らせた。
そんな を見た趙雲と馬超は顔を見合わせて声を立てずに笑っている。

「あ」

何か思い付いたのか、小さく声をもらして顔を上げた

「すっかり忘れてたわ。ハロウィンにはもう一つ、大事な事が…‥」

言いながら趙雲を見て、困った様にふいっと横を見てしまう。
眉をひそめる趙雲。
何やら は言い難そうにしている。

「なんだ、大事な事って」

そう言ったのは馬超。

「あのね、お菓子をくれなかった場合なんだけど」
「悪戯されるんだろう?」
「それもあるけど…」

はなかなか肝心な内容を話さない。

「大事な事なんだろ。言え」

気の長い方ではない馬超が先を促す。
は迷う素振りを見せたが意を決した様に口を開いた。

「そう遠くないうちに禍が起こる、って」
「菓子をやらなかったヤツにか?」
「うん…」

そんな馬鹿なと思うが、この の様子はどうだ。
馬超は趙雲へ哀れみの視線を送った。
「やめろ」と目を押さえられてしまったが。

「普通そんな大事な事忘れないだろう?」
「だって、くれない人なんていなんだもん!普通は!」

私は普通じゃないのか…?という思いがよぎったが今はそれどころではない。

「元々宗教行事だって言ったでしょ。この日は死者の霊魂が家族に会いに来たり、悪霊が人間に取り憑こうと徘徊したりするの。
お菓子は霊を鎮める供物でもあるから…‥くれない人には良くない事が起こるって」

なるほど、と思わせる説明だった。
供物を差し出さなかった者に禍が降りかかるのは道理と言える。
とんでもない事をしてしまった、とでも思っているのか。
は下の方を向いて趙雲を見ようとしない。

「あー…でもな、禍って一言で言っても何が起こるのかわからないんじゃなぁ」

警戒のしようもない、と馬超は呟く。

「私が知ってる限りだと…大怪我をしたとか、散財してしまったとか、最悪命を落とした者もいるとか」

最後の例にぞくりとした。
趙雲は武将である。
戦が起こればいつでも出兵して行く。

「あとはー…あ、君主を亡くして故郷までも失ったっていうのも聞いた事あるかな」

肌が粟立った。
君主を亡くした、という言葉を聞いてじっとしていられる趙雲ではない。

「と、殿…!!」

悲鳴にも聞こえる声を上げて走り去ってしまったのだった。

「お、おい!今のは聞き捨てならんぞ、本当か!?」
「え?やだなぁ、お菓子をくれなかった人には悪戯するんだよ?」

の笑顔は小悪魔そのものだった。

「嘘か!?」
「ふふ、悪戯だってば」

くすくすと笑いを残して、 は背を向ける。
馬超は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

――夕刻

は各所を回ってはお菓子を貰う事に時間を割いた。
部屋には山のように菓子が重なっている。
暫くは楽しいお茶の時間が過ごせそうだとほくほくしながら廊下を歩いていた。
そんな の背後に現れた人影。
音もなく近付いた気配に気付いた は振り返ってみた。

「あ、趙雲」

そろそろ先程の事は悪戯だった事を告げても良い頃合いかと思っていたので丁度良かった。
口を開こうとした、瞬間。

バサッ

「きゃああああぁぁぁー!!!な、何すんのよッ」

スカートめくりをされたのだった。

「まったく、よくも騙してくれたものだな」
「あ、気付いたんだ…って、スカートめくりはいくらなんでも酷いわよ!」

両手でスカートを押さえ、顔を真っ赤にした は噛み付かんばかりの勢いで言った。

「酷いのは だろう。お陰で殿の前で恥をかいた…」

どうやらあの勢いのまま劉備の元へ駆け込んだらしい。
悪戯は大成功と言っていいだろう。

「諸葛亮殿にも笑われたぞ」
「ああ、指摘されて騙されてた事に気付いたんだね。さ〜すが、孔明様!」

駆け込んだ劉備の元に諸葛亮が居合わせた事で真相を知った様だ。

「でも悪戯されると知ってて悪戯される間抜けじゃないって言ったのは趙雲でしょ」
「…こんな手段で悪戯をするとは思ってもなかったからな」

せいぜい驚かすとかその程度だろうと思っていたのだ。
が盛大な悪戯を敢行するなど考えもしなかった。

「大体、ハロウィンの悪戯に仕返しなんて聞いた事ないよ…」

再びスカートに手をやって俯く。

「その様に足を見せられているとやってみたくなる」
「ならないでよっ!!」

まさか異世界に来てスカートめくりされるだなんて思いも寄らなかった。

「まぁ、別に構わないじゃないか。いずれ私の妻となる事を思えば」
「ちょっと、ちょっとー!勝手な事言い出さないでよ。ほんっとに、いつもいつも…」

真面目でお堅い好青年と称される趙雲。
実はそれは表向きの顔であって、本当の趙雲は全くの逆なのであった。
今は にご執心だが、今までどれだけ遊んでいたのやら…。

「それだけ が魅力的だという事だろう?それに…」

言葉を途中で切ると、趙雲は顔を寄せた。
は距離を取る為に後ろへ後退。
トン、と背中に軽い衝撃を感じる。

(ヤバイ、壁が…!)

「周囲に余計な手出しをさせぬ為にも、常日頃から近くあらねば」

壁に追い詰められた の耳元で囁いた。
そっと窺い見た の目に映ったのは自信に満ちた表情。
眩暈がした。
それは逃げ切れないという諦めからくるものなのか、趙雲の思惑にはまりかけているからなのか。
こめかみに趙雲の口付けを感じながら、逃げる算段を懸命に思案した。

 

 

 

 後書き…もとい言い訳

なんだ、この無駄に長い話は…;;
だらだらとした内容で…済みません〜(--;)
いずれ書こうと思っていたタラシ趙雲夢のヒロイン設定で書いてみました。
まだ未完設定だから今後変わるかもですが。今の所はこんな感じ。
えー、ハロウィン夢って難しいですね〜。ネタが出て来ないわ、やっと出て来たと思えばオチが決まらないわ。
散々苦労しましたよ。夢の中でまで考えてたんですけど(ぇ)
最後は逃げ切れたのか否か。それはご想像におまかせ…v
寧ろこのまま流されたいというお嬢さんの方が多いかな?(笑)

 2005/10/29