アドヴェントクランツに灯る夢  −第四夜−

 

 

 

ダイニングテーブルの席に着いて、ぺったりとテーブルに張り付く様な格好で三つの火が揺れるアドヴェントクランツを見詰めている
周りの飾りを指で突きながらぼーっとしていた。
残りの一本に火が点いた時、それが趙雲・夏侯惇・陸遜との別れの時になるかも知れない。
確証がないとはいえ、三人が消えてしまう可能性があると思うと気持ちが沈んでしまうのも仕方あるまい。

「そんなに寂しそうにしないで下さい」

ぽん、と両肩に手が置かれる。

「陸遜…」
「そんな顔をされては帰りにくくなってしまいますね」

困った様に眉をハの字にして苦笑。

「ご、ごめん。みんながいつまでもここにいられないのは私だってよくわかってるよ」

繰り返しゲームをプレイした は知っている。
三人はそれぞれの国にとって重要な人物で、どうしたって帰らなくてはならない。

(単純に、この世界では生活していけないもんね。戸籍もないしー)

「いつまでも 殿のお世話になるわけにもいきませんし」
「私は楽しいけどね。いつも一人だったから、みんながいてくれて嬉しい」
「邪魔者だと思われていないのなら幸いです」

二人はクスクスと笑い合う。

「そう言えば、趙雲殿と夏侯惇殿には話しておかなくて良いんですか?」
「いいよ、言わなくて」
「ですが…」
「別れの言葉なんて言われたら…つらくなるから」

そう言った は伏し目がちにまだ火の灯っていない蝋燭を見た。

「では、私も言いません。でも貴女に会えて良かったと、此処に来られて良かったと思っています」
「やだなぁ、そんな事言われちゃったら涙出て来そうになるよー」

何度も瞬きをして込み上げる涙を堪える。
そんな が愛しく思えて、陸遜はそっと抱き寄せて背を撫でた。

「り、りくそんっ」
「貴女が落ち着くまで、こうさせて下さい」

耳元で聞こえる優しい声に、 はどこか安心した。
零れそうになる涙が落ち着くまで、甘える事にする。

「ありがと」

暫くそんな優しい温もりに包まれて、 の涙も完全に引っ込む。
いよいよ、である。
がマッチを持って来る間に陸遜は趙雲と夏侯惇を連れて来た。
四人揃ったところで最後の点火。
クリスマスの前、最後の日曜日。
アドヴェントクランツの蝋燭全てに火が灯った。
八つの目が見守る中、四つ目の火が揺れ始める。
大きくなった火は…‥

「え?」

は目が点になっていた。
なんと、今までより大きくなった火は新たな人物を吐き出していた。

「なんて事だ…」
「今回は一度に三人も…!」

ダイニングの床に座り込んでいたのは三人の女性だった。
星彩と甄姫と尚香である。
と陸遜は密かに視線を交わす。
どうやら の考えは外れていたらしく、また新たな客を呼び込んでしまう事になった。
趙雲は星彩の、夏侯惇は甄姫の、陸遜は尚香の手を取って立ち上がらせる。

「なんか…大変な事になったね」

は陸遜に苦笑を向けた。

「ええ、まさか一度に複数出て来るとは予想外ですね」
「しかしこれでは 殿にかかる負担が大きくなってしまうな」

趙雲は心配そうだ。

「え?負担なんて感じてないよ、私」
「我々を養う費用だってかかっているだろう?それが急に倍になるんだぞ」
「惇兄はそんなの気にしなくていーよ。それより、説明してあげなくちゃ!」

女性三人を順に見て は言う。
彼女たちは自分たちの現状が理解しきれずに皆の顔を見比べるばかり。

「ああ、そうでしたね」

思い出した様に趙雲。
漸く星彩・甄姫・尚香は自分の置かれている状況を知る事になる。

 

 

 

趙雲から始まった奇妙な共同生活はもう一ヶ月になった。
蜀からは趙雲と星彩が、魏からは夏侯惇と甄姫が、呉からは陸遜と尚香が来た。

(男一人女一人の各国二人ずつ、か。計算されてる感じだなー)

女性が増えた事で簡単に隠せていた無双シリーズもうっかりその辺に置いておく事が出来なくなった。
ゲーム類を自室に持ち込んでおく事で隠していたのだが、女性相手では部屋に入る事を拒む理由などそう多くない。
夏物衣類の衣装ケース奥深くに突っ込む事で見付からずに済んでいる。

(全部しまったよね、攻略本とか関連商品とか…)

星彩と甄姫は良いのだが、尚香が何かと興味を持ってあちこちを見たがるのだ。
何を見ても新鮮なので、あまり見せたくない物に興味を持たれた時は他の物を持ち出してそちらに気を引くという事だってあった。
大抵は新たに差し出された物に興味が移るので助かる。
だが無双シリーズだけはそうもいかない。
自分や周囲の人間が描かれている物を見て不思議に思わないわけはないのだから。

「えっと、これで全部揃ってるかなー」

キッチンで何やら準備をしていた は目の前に並んでいる物を一通り目を通してチェックする。

「何してんの〜、
「尚香、星彩と甄姫姉さんもいいトコに」

声を掛けてきた尚香とその後ろに続いていた星彩と甄姫。
いいタイミングで来てくれたと は笑顔を見せる。

「これは…果物?」

星彩が目に留まったらしい苺を指差す。

「うん、苺って言って甘酸っぱくて美味しいの。ね、ここにある材料を使って料理やお菓子を作りたいんだ。三人とも手伝ってくれる?」
「ええ、勿論よ」

甄姫は女でも見惚れてしまいそうな笑みで返す。

「ああ、そうだったわね。今日でしょう?くりすます…だったわよね」
「そ!だからたくさん御馳走作って、みんなでクリスマスパーティーしようと思って」
「ぱあてぃ?」
「あ、そっか…んー、あ!宴、みたいな感じかな?聖夜を祝う宴」

極力、皆の前では横文字を使わない様に気を付けているつもりだったが、浸透しきっている言葉を避けるのは思いの外難しい事で。
今の様に首を傾げられたり説明を求められる事も多かった。
こうして女四人でのクッキングタイムに突入。
お喋りを交えながら次々と料理を作っていった。
そんな光景を眺めているのは男性陣。

「楽しそうだな」
「ええ本当に。仲の良い姉妹の様ですね」
殿は兄弟姉妹がいないとの事ですし、姉妹が出来た様で嬉しいんじゃありませんか」

笑顔を咲かせている へ優しい目を向けていた。

「最後に現れたのが女性だったのは正解だった様ですね」

趙雲の言に夏侯惇と陸遜は深く頷いた。

「ねぇ、気付いていらして?」
「後ろで甘い目しちゃってる男達でしょ」
は気付いていないみたいですけれど」

その男達にも にも気付かれない様に、甄姫達はそっと言葉を交わし呆れ笑い。
そして口を揃えて言った。

「「「あんな目なんて見た事もない」」」

三人が集まっている事に気付いたのか が視線を向ける。

「どうしたの?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
「そ?わかんない事なら聞いてね」

きょとんとする に優雅な笑みで流す甄姫だった。

「あ、ごめんね、こっちで手一杯になってて」

ふと視界に入り込んだ男性陣にも声を掛ける。

「こちらは気にするな」
殿が料理を作って下さるのですから、この程度の待ち時間はどうという事もありませんよ」

コーヒーの入ったカップを口元に持っていきながら夏侯惇は言う。
趙雲も穏やかな笑みで料理が出来上がるのを楽しみにしていると言ってくれた。
言葉こそ発さないものの、陸遜も笑みを向けてくれていて。
も三人へ笑顔を見せると、再び作業に集中し始めた。
女性陣四人の手料理が完成したのは丁度夕食時。
予めおおよその時間計算をしていたのもあるが、ベストタイミングだ。
はダイニングではなく、家具を退けていて貰っていた客間の一室へと料理を運び込んだ。
ダイニングテーブルに着席してではなくて、絨毯の上に直接座る格好で飲み食いがしたかったのだと言う。
椅子に掛けていると移動するのも面倒になるが、絨毯の上なら場所の移動も自由自在。
お酌だって楽々、というわけである。
料理を中央に置き、それを囲む様にそれぞれ好きな場所を陣取った。
が座ったのは趙雲と陸遜の間。
隣になれた二人は満足げである。

「ふっふっふ、みんなにこっちのお酒を振る舞うのは初めてだよね〜」

この家の主となっていた が酒飲みではない都合上、これまで家にアルコール類は置いていなかった。
あるとすればお菓子用のブランデーや料理酒ぐらいか。
だが今夜ばかりはアルコールなしというわけにはいかないだろう。
はしっかり各種のお酒を用意していたのだった。
日本酒もワインもリキュールも、少し多いと思われる程に買い込んでおいた。

「なんだー、今まで出された事ないから此処に酒はないのかと思ってた!」
「えへへ、ちゃーんとあるよ〜。私が飲まないからウチになかっただけ」
「ほう、異国の酒か」
「惇兄、どれ飲む?」

たくさん並べられている瓶や缶を眺める一同。
しかしどれが良いのかなどわかる筈もなく。
六人は揃って へ助けを求める様な視線を向けた。

「…そりゃそうだよね」

ラベルや缶に書かれた名前や説明だって読めないのでは勘で選ぶしかなくなる。

「うん、やっぱまずは日本酒かな!これはこの国のお酒なの」

そうしてクリスマスパーティーは始まった。
にとっては夢の様な一夜だ。
好きなゲームのキャラ達と過ごせるクリスマスであり、数年振りに大勢で楽しむクリスマス。
その夜は大いに盛り上がり、更けていった。
初めて食べる料理への反応。
趙雲と夏侯惇の飲み比べ。
陸遜にお酌をして貰って飲んだ酒。
酔い潰れてしまった星彩の寝顔。
甄姫がクリスマスプレゼントだと身に付けていた装飾品を贈ってくれた事。
美味しいとケーキを頬張った尚香の笑顔。
どれもこれも楽しいクリスマスの思い出になった。
アルコールが入っていた上で騒いでいたからなのか、七人はそのまま眠りに落ちていた。
きっと、夢の中でもパーティーは続いているのだろう。
寝顔に浮かぶのは楽しそうな表情だけ…‥。

 

 

 

肌寒さで目が覚めた。
は完全に覚醒していない顔で周囲を見回した。

「しまった…飲酒したのに雑魚寝しちゃったよ」

風邪をひいたら大変、と皆を起こそうと体を起こす。
そして、そこには誰の姿もない事に気付いた。
グラスや食器などはそのままに、人だけがいなくなっていて。

「あれ、みんな部屋に戻ったのかな」

それなら良いか、と自分も部屋へ戻ろうと歩き出した。
それまでいた部屋を出て廊下を歩く。
自分の部屋に着くまでに、皆が使っている客間を通り過ぎていくのだが…。

「開きっぱなしだよ、惇兄ったら」

珍しい事もあるものだと扉を閉めようとして、空のベッドが目に入った。
おかしいな、と思った は部屋を見渡す。
そこに夏侯惇の姿は見当たらない。

ドキン

嫌な予感。
は次の部屋へ走った。
趙雲の部屋、陸遜の部屋、星彩の部屋、甄姫の部屋、尚香の部屋。
全て見た。

「みんな…いなくなってる」

部屋はおろかリビングにもダイニングにも、家中を見て回っても。
自分以外の人間は存在しなかった。
は気が付くとダイニングにいた。
目に留まるアドヴェントクランツ。
灯っていた筈の四つの火が消えて、寂しそうにダイニングテーブルに乗っている。

「もしかして、クリスマスが終わったから…?」

不意に思い出す。
一本目の蝋燭を灯した時に思っていた事。
楽しいクリスマスを過ごしてみたい、と思いながら火を点けなかったか?
二本目の時はこれのお陰で楽しいクリスマスが送れそうだと、三本目の時は頭のいい人が現れれば助かるのに…と。

「私の願いや思いに反応してたんだ」

夏侯惇が言っていた呪いの道具というのはあながち外れではなかったのかも知れない。
何故かはわからないが、このアドヴェントクランツは の夢を叶えてくれた。
寂しくない楽しいクリスマスを過ごすという夢を。
いつか陸遜も言ってくれた。
会えて良かった、と。

「私も、みんなと会えて良かった…。すごく、楽しかったよ」

別れは突然訪れたが、その目に涙はなかった。
思いがけない夢は終わってしまったが、思い出は色褪せる事も消える事もないのだから。
は心の中で、誰にでもなく呟いた。

 

あ り が と う

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

結局クリスマスにちゃんと仕上げられませんでしたがなんとか完結する事は出来ました。
いやはや、申し訳ないです…;;
逆トリップって難しいね。どうやって来てどうやって帰るのかが。
4話で終わらせようと思うと尚更。
読んで下さった方はわかると思いますが、すっごく詰め込みまくった話になちゃってますしね。
と言うか、省略とか時間の飛びが多いのなんの。
一応時間の経過を少しでも出せたらと思って名前の呼び方変えたりとかしてんだけど…。
最初「趙雲殿」だったのに「趙雲」になってたり、とか。
帰ってしまうってのは最初から決めてたから恋仲にするわけにもいかずに夢なのか怪しい作品になってしまいましたが…。
少しでも楽しんで頂けていたら望外の喜びであります。

デフォルトネームは「結留」で入力してます。
北欧だったかな?そっちではクリスマスの事をユールとも言うそうですよ。
他の意味合いも多く含まれる様ですけど、それが語源だったり。
アドヴェントクランツもヨーロッパの方の飾りらしいです。

−2005/12/28・黙 涼風−