ファースト・インプレッション
イザークは視界の端をちらちらする赤い色彩を横目で睨んだ。
視線の先には、低い重力を掴みきれずにふわふわと浮かんでいる人物。
性別などで形容するなら、少女だ。
自分と同い年か少し下くらいの――――実際にも書面上では一歳下、16歳だったか――――、
同じくMSパイロットの中でもトップガンを示す赤い色彩の軍服を女だてらに着込んでいる。
が、ふわふわと不安定に浮かんでいるのでは、その軍服の威厳も台無しというものだ。
まるで自分の体を掴みかねているようにあっちにふらふら、こっちにふらふらと、一ヶ所にとどまっていることもできないらしい。
今は何とか宙域図前の手すりに掴まって位置を保とうとしているようだが、
手すりを掴む手に意識を集中させすぎているせいか、今度は尻だけが上がりそうになってしまっている。
が、拠りどころがあれば少しは違うらしく、くるりと体を丸めて、やっと少し落ち着いた。
それを見計らってかけられた声に、イザークと少女は同時にそちらを向いた。
「さて、君たちを呼び出した理由を説明しようと思うのだが――――、その前に紹介しておこう。
このたび地上部隊より志願してわが隊に配属になった、 ・ だ。
こちらはイザーク・ジュール・・・、君らは確か、 が配属になった際に面識があるはずだが」「あ、はい。迎えにきてもらいました」
あはは、と笑う声にはいかにも屈託がない。
そう、確かに彼女とはそれ以来の付き合いなのだが、実際はあまりなじみがない。
籍は同じくしていても、任務で関わらなければあまり接する機会もないのだ(実際イザークもアスランとはここ最近顔をあわせていない)。
対するクルーゼはよろしい、というように軽く頷いて見せ、卓上に紙面を広げた。
それは数こそ多かったが、実際はそう膨大な情報が詰められているわけではない。
大半は写真だ。それも例外なく、惨殺された人間の死体の。
イザークは彼女の顔を見やると、 はかすかに眉をしかめていたが、言葉に出しては何も言わない。
「さて、ブルーコスモスという名の組織については、今さら君たちに説いて聞かせる必要はないだろう。
我らコーディネイターを不当に圧する彼らのことは、嫌がおうにも知っていると思う」「では、これはブルーコスモスが?」
「その可能性はきわめて高い。彼らは全て諜報員としてさるコロニーの捜査に乗り出していたが、誰一人帰還しなかった・・・。
どうやらナチュラルもようやく、我々を特定する法を学んだらしい」「遺伝子配列のことですか?」
イザークに続き、 も発言を求める。
それは唯一、コーディネイターを識別する方法であった。
クルーゼは鷹揚に頷き、ひとつの樹脂製ケースを取り出して卓上に置いた。
二対の視線をそれに集めさせると、おもむろに説明を始める。
「さて、そこで我々もひとつの策を講じた。この中には二名分、つまり君たちのための血清が入っている」
「血清・・・?」
「一時的に能力を低下させ、コーディネイターをナチュラルに変える・・・そう、言わば退化のための薬だ。
身体能力低下の代償として、遺伝子検査に引っかからなくなる」「それで、我々は何を?」
「彼らが良からぬ研究をしている節がある、というのが、殉職した者たちの共通意見でね。
だが、諜報部も損失が続き、いささか及び腰になっているようだ」「あたしたちがそこへ・・・、ですね」
考え考えの の問いには、頷きが返された。
「ナチュラルとしてブルーコスモスに接触し、何としても実情を探ってもらいたい。
何事もなければそれでよし、もしも何事かあれば、調べた上で破壊するよう・・・いいな?」『はっ!』
二名は同時に答え、敬礼した。
それから二三の打ち合わせの後退出したのだが、傍らの少女は浮かない顔だ。
「何だ、怖いのか?」
からかう口調で言ってやると、 は一瞬何を言われたかわからない、という顔のあと、わずかにむくれた。
違うよ、の言葉の後、どこか鎮痛に口を開いた。
「・・・あたし、あの人あんまり好きじゃないんだ」
「? クルーゼ隊長はすばらしい方だろ」
そーだね、と はどこか投げやりに応じた。表情には硬いものがある。
が、これ以上ただでさえ馴染みのない相手と意見をこじらせることを恐れたのか、それを吐息ひとつで払拭して、 はにこりと笑って促した。
先に立って歩きながら、指を一本立てる。
「ルート説明するよ。あたしの――――正確にはあたしの前の上官の――――方で手回しはもう済んでる。
あたし達は中立国の移民として、件のコロニーに潜入。
潜入時点までは間違いないけど、とにかく血清が効いてるうちに目標と接触、血液検査を受けてにわかブルーコスモスに。
その後は何らかの形で決着がついたら撤収。よろしい?」「正直、あの薄汚いナチュラルどもと肩を並べるのは気に食わんがな」
「しょうがないよ、オシゴトだもん」
少女は軍服の肩をすくめて見せた。
華奢な体躯のせいか、ここに来て支給された深紅の軍服が未だ着慣れていないのか、その仕草は妙にぎこちなく見えた。
「ブルーコスモスが何か企むなら間違いなくあたしたちコーディネイターに対してだろうし、企んでるなら100%良からぬコトだからね。
何を企んでるかは突き止めなきゃ」「止めればいいだけの話だ。そう難しくもないだろうさ」
「・・・自信家だねえ、君って」
一度は一種感心したような呆れ果てたような視線を向けた は、かすかに笑っている。
「でもま、確かにそうだね。止めればいいだけの話」
それまで手に持っていた樹脂製のケースをひょいと宙に放った。
くるくると回転して落ちてきたそれを空中で掴み取り、彼女は到着した控え室のドアを開いて中に入る。
MSパイロット用のそこは、ドックに続いている場所でもある。
そのベンチに彼女は座って、樹脂製のケースを開けた。
中にあるものは茶色く細い緩衝用のおがくずと、アンプルが二つ。
アンプルの中身は血清だ。真紅の水のような血液が揺れている。
その横に横たわっているのは、やはり二本の注射器だ。
彼女はその一セットをイザークに渡し、自分はアンプルの中身を注射器に移して、一息。針を腕に突き立てた。
アンプルの中身は、単なる血液ではない。
血清というものがなべて解毒用など体調の改善に用いられるものであるのと違い、これは能力を落とすためのもの
――――コーディネイターの身体能力を一時的にナチュラルのレベルにまで落とすものだ。
コーディネイターの遺伝子というものは、ナチュラルと大げさに違うわけではない。
ただ、いくつかナチュラルとはほぼ全く違う配列の遺伝子が存在し、それが遺伝子検査で引っかかることがあるのだ。
潜入捜査にこれほど致命的なこともない。
実際、ブルーコスモスは近づいてくる人間には例外なく遺伝子検査を行っている。
その結果コーディネイターであることが露見した諜報員が立て続けに殺されたことで、この血清の開発の需要も出たわけだ。
今回は任務の目的が諜報とはいえ施設の潜入、状況如何によっては破壊であるためにこちらに話が回ってきたのだ。
は綿を押し当て止血した肘を見、一息。
「血清の効果が現れるまで一時間、効力のタイムリミットまでは三日間・・・それまでには結果出さなきゃね」
「時間が惜しい。行くぞ」
「りょーかい」
シビアな時間に対応するように、イザークはドックの方へ向かった。
も、まだ危なっかしくついてくる。
その二人を迎えるものがあった。
「お、来た来た。 、イザーク!」
「ラスティ? ディアッカも」
「初任務なんだって? お二人さん」
明るいオレンジ色の髪に人懐っこい容貌のラスティと、どことなく一枚隔てたような態度のディアッカが、デッキに立っていたのだ。
「どこ行くんだ?」
「ん? えっと――――」
がコロニーの名前を答えると、二人は顔を見合わせた。
「へー。俺、あそこにはアスランとかニコルが行くと思ってたけどな」
「同感。まさか が行くことになるとは」
「・・・何か引っかかるなー、とくにディアッカ」
「気のせいじゃない?」
「さっさと行くぞ、時間がないんだ」
しれっといわれて彼女は不満げだったが、促されてしぶしぶ従った。
血清の事は知っているのか、ラスティもディアッカも引きとめはしなかった。
『気をつけてな』の、気楽で無責任な言葉をよこしただけで。
はそれに軽く手を振って答え、床を踏んで跳躍しようとして――――。
「え?」
滑った。
どて。
音にすればそんな感じで、 は転んだ。
その直前に何か鈍い音がしたのは聞き間違いではないだろう。
そして沈黙が流れた。
数秒後、まずラスティが耐え切れなくなり、 を指差して爆笑した。
次の瞬間には も跳ね起きていたが、額を抑えて涙目だ。強打したのだろう。
その光景を見、イザークは嘆息した。
「・・・全く、何で俺があんな馬鹿と組まなきゃならないんだ」
「えー? って結構有能な方だと思うけどね。ああ見えて実力は確かだし」
独り言のつもりだった愚痴には、何とか笑いを収めきったらしいディアッカが答えてきた。
の方はといえば、いまだに爆笑を続けているラスティに対して、顔を真っ赤にして怒っている。
細かい内容までは聞き取れないが、やや大げさな身振り手振りを見る限りでは、どうやら自分の転んだ状況を説明しなおしているらしい。
が、なにをどう言い訳したところで、説明のしようもない。
単なる前方不注意だ。
しかも挙句に――――そう、これで彼女の転んだ原因が、先ほど打った血清のせいならばいいのだ。
まだありうる話だし、不可抗力で済む。
が、実際はそれはないだろう。いくら即効性があるとはいえ、たかだか10分未満で効力が出るものとも思えない。
どう考えても真っ正面に向かうはずの慣性をどうにかして捻じ曲げてしまったらしく、まるで重力のある場所のようにその場で転倒したのだ。
狙ってやるのも難しい芸当なのだから、狙いなしでやれた彼女が凄いのかどうか。
「さっさと行くぞ、馬鹿。時間がもったいない」
「ば、馬鹿って・・・!! そーいう言い方ないんじゃない!?」
「馬鹿じゃなきゃ阿呆だ。さっさと行くぞ、時間がない」
言い捨てた方はしれっとしたものだったが、言い捨てられた方は顔を真っ赤にしてなにか怒っていた。
後日、イザークは何かのきっかけでこのときのことを思い出そうとしてみたが、憤然とした彼女が何を言っていたか覚えていないことに気がついた。
つまり、彼にとってはその程度のことだったのである――――この頃は。
かくして、にわかパートナーは任務に向かうこととなった。
向かう先は中立国オーブ統制下のあるコロニー。
あとがき
イザーク優遇月間と称しての第一弾は過去ネタです(死)。
しかも続き物。連載。フリー配布(連載で!!<死)。アイター。
時期的にはアニメ開始時の一年前ちょっと前、「血のバレンタイン」以前の話です。
連載41話でヒロインの言っていた『一年前』の話です。
「アスランのザフト加入は血のバレンタイン以後じゃないのか」とか、
「イザークやディアッカ達はいつザフトに入ったの?」とかいう突っ込み・質問はカンベンしてください、捏造ですから(開き直り)。
今回はラスティ・ディアッカも出てきてましたが、次回からは出てこないかもしれません・・・(遠目)。イザークネタですから、これ。
しかしヒロイン、ここまで豪快なネタをよくもまあ忘れてられましたよねえ・・・(遠目)。
ともあれ甘さのカケラもない上に連携のレの字もない二人ですが、もう少しお付き合いくださいませー。+++++
涼風コメント
フリー配布されていたので頂いて来ちゃいましたvv
す、すごい!
連載モノを配布しちゃうなんてーッ
是非、サイトの方へも足を運んで読んで下さい!
素敵文章!尊敬です(うっとり)