ファースト・インプレッション

 

 

 

「みーんみんみんみんみんみ―――――・・・」

 

 

膝を抱いて体を丸め、遠くの方を見るような視線で妙なリズムをつけて妙なことを口走っている同僚の後頭部に、
イザークは迷いなく手持ちのスパナを投げつけた。
快音。
少女の頭部は与えられた衝撃に逆らうことなく俯いて、・・・そのまましばらく動かなかった。

 

膝を抱いていた手で頭を抱え、胸元に寄せた両足、立てた膝に顔を突っ伏していた少女は、ややあってその体勢のままに言葉をよこしてくる。

 

 

「・・・とりあえず謝ってください・・・」

「俺には一片の非もないと万地に向けて宣言するぞ。待機中についに頭のおかしくなった同僚の正気を取り戻してやったんだ、伏して賛辞のひとつも述べろ」

 

 

次の瞬間、こちらに背を向け苦痛に耐えていたはずの少女の右手が彼女自身の髪から離され、一瞬見失うほどの速度で一閃された。
それは速やかに彼女の足元――――パイロットスーツのかすかな間隙に忍び込み、手指が隙間から紙のようなものを取り出し、投擲してきた。
紙のように、と形容されたが、それはあくまで比喩だ。

 

実際は細長い柳葉形をした刃物だ。
両端を尖らせた楕円形で、円周全てが刃物。
主に投擲用として使うべき武器だが、プラント製のそれは、例えば地球軍が使用するようなものよりも遥かに硬度は高い。
状況にもよるが、相応の技術があらば白兵戦にも充分対応できる代物。

 

が、イザークはあっさりそれを掴み――――いや、指と指の間に挟んで摘み取った。
もともと、抜く手こそどうだか知らないが、投げた速度は本気のものではありえなかったからだ。
遠く――――せせこましく肩を並べあうようにしているとはいえ、お互いMSのコクピット、
その開いて床のようになったハッチに座っているのだから、相応の距離はある―――― に向けて軽く放って返す。
彼女はまだしつこく片手でスパナが直撃した頭部をさすりながら、同じく片手の指で綺麗に放物線を描く刃物を摘み取り、スーツの足に戻した。

 

 

その彼女の座る床、そのコクピットを内包する機体は、白い。
戦闘用というよりも観賞用といったほうが良さそうな優美な曲線を描く機体、音に聞こえた『ニーベルンゲ』だ。
対するイザークの機体はディン。もともと大気圏用のMSだが、今回の任務には宇宙・大気圏両用、
それゆえに全体にスペックの低いジンよりも、移動力を特化させたディンの方が役に立つ。

の『ニーベルンゲ』の機動力もおさおさ劣るものではないが、やはりいささか褪せた感は否めない仕様だ。
彼女にも専用機である『ニーベルンゲ』でなくこの仕様のディンを使ってはどうかと打診があったようだが、彼女はすげなくそれを断っていた。

 

それはそれで何故なのかという疑問と興味を呼んだが、MSパイロットにはしばしば自分の専用機に固執するものもいるらしい。

まあそういう人間がいたってちっともおかしくないのだし――――イザークは今のところそういう事はない。
この先そういう機体に逢うことがあるかどうかもわからないが――――、他人の嗜好をどうこうする筋合いはない。

 

イザークにとって不快なものならばいざ知らず、別にそういうものでもないのだから、好きにすれば良い。
それに現に、彼女がこの機体を駆っていて、我慢ならないほどの失態を犯したことは今のところないのだし。

 

 

・・・といってもイザークは彼女と二人だけで任務をこなしたことはない。

 

 

有能との声だけは聞かれていたが、これまであまり関わりがなかったのだ。
一足先に彼女との共同任務に就いたディアッカに物怖じせず(珍し物好き、ともいうだろう)
誰彼構わず声をかけて交友関係を築くラスティに比べれば馴染みのないほうだ。

 

 

「うう・・・セミさんセミさん、この銀髪のお兄ちゃんがあたしを虐めるよう・・・」

「昆虫と会話をするな馬鹿。」

 

 

真横にある樹に――――全高が20m近くある機体を覆い隠せるのだから結構な巨木と言えるのかもしれない。
それがうっそうと生えているここは、コロニー内とは言え人が訪れることなどないように思われた――――向かってなにやらほざき始めた同僚に釘をさす。
言われた方はさすがに機嫌を損ねたのか眉を立てて何か言おうとしたが、それをふと遮るものがあった。

 

 

花火だ。

 

真昼にも関わらず空に打ち上げられたそれには、白色の煙と小さく安っぽい色彩の赤い光が瞬くだけの効果しかなかった。

 

もちろん、昼の花火に夜のそれのような豪勢さを期待する方がお門違いというものだ。
昼の花火と言えば何らかのイベントの執行を知らせたりする役目が大半なのだし――――そしてこの場合、それはイザークと にも当てはまった。
このコロニーで催される式典は、コロニー創立の何十回目かの記念のそれ。

 

そのパレードの執行を知らせる花火は、イザークと にとっては少し違う意味合いを持っていた。
青い火ならば中止、赤い火ならば――――

 

 

「オシゴト開始、っと」

 

 

罪のない明朗な口調で はそう宣言し、コクピットに頭を突っ込んでワイヤーを引き出してくる。
先についている三角形の金具に足を引っ掛け、片手でワイヤーを引いて、体が傾いだり金具から足を踏み外したりしないようバランスを調節する。
ぐっぐっと何度か確認するようにした後、 は軽くコクピットの縁を蹴った。

 

電動でワイヤーを巻き上げる音を聞きながら、イザークは嘆息をひとつこぼした。

 

 

この馬鹿が実戦でどれだけ使えるのやら。

 

 

母艦での出来事を思えば、そう思ってしまうのは無理からぬことだろうと思いながら、イザークはディンからワイヤーを引き出して自分も降下を始めた。
向かう先は、街。

 

 

 

 


 

あとがき

すいませんちょっとテンポの問題でいきなり切ります。
・・・ところでこれ、夢でしょうか? 死ぬほど甘いところ無いんですが。
友情とはいえ・・・もっとこう・・・もっとこう!!!(泣)。
でも初期はこういう間柄だったんですよ彼ら、ということで。