ファースト・インプレッション

 

 

 

のセリフが効いたのかどうか、そこからは恐ろしく早く話が進んだ。
この任務中に限り、 はイザークの従妹ということにしてあるし(兄妹を名乗るには、色素などの容姿の問題もあった)、
それ自体は特に疑われなかったようだ。

 

 

『コーディネイターに私の母は殺されました。それからというもの、親戚であるイザークのお母様に引き取っていただき・・・』

 

 

はっきり言って三文芝居だったのだが、それでも納得してしまえるあたりが利己的なこの連中らしい。
自分の好きな真実以外にはいいように目にも耳にもフィルターがかかっているに違いなかった。

 

 

通された簡素な石造りの建物内では、まず遺伝子検査が行われた。
血を試験管に抜き取り、数滴を試薬にたらす。
と、試薬は無色のまま、色を変えなかった。――――陰性だ。

 

 

「確かに純粋なナチュラルのようだな。合格だ」

 

 

こうまで単純に騙される連中も滑稽に思えた。
そしてそのまま、言われるがままにこのあたりの頭目である男の下へ案内すると言われ、階段を地下室に向かって降りた。

 

 

 

そして開かれたドアに入るよう促された が先に部屋に足を踏み入れ――――
不意にバックステップで低く跳ねた。

 

 

一瞬まで彼女のいた位置は、爆音とともに弾け飛んでいる。
イザークは飛び散るコンクリートの破片に目を丸くした少女の襟首を引っつかむと、さらに振り回すようにして自分の背後に置く。
首が絞まったらしい少女の抗議の声は無視して、ゆったりと部屋を見回した。

 

 

「・・・へェ? 随分な歓迎だな」

 

 

その言を聞いてか、背後の少女がかすかに息を飲む音がした。
イザークが正対している大男の他にも、広い室内にはぐるりと武装した男たちがいる。
銃器やナイフなどの殺傷能力の高いものではないにしろ、メリケンサックをはめた拳で殴られれば、受ければ骨など簡単に砕けてしまうだろう。

 

 

「これもテストってわけか?」

「その通り。思想だけでなく、これからは力も必要な時代だからな」

「フン・・・」

 

 

何のためだか、という皮肉は内心で呟くにとどめ、イザークは背後の に小声で、それでも鋭く囁いた。

 

 

「足手まといになるなよ」

「なるもんか。そっちこそ気をつけてよ」

 

 

先ほど絞められた首のあたりをひとつ撫で、 はゆったりと身構えた。
さて、どうしたものだろうか。
ここに来るまでの間にも何度か思い知った事だが、血清は本当に身体能力を大幅に制限していた。

 

 

集中するための癖でトントンと打ちつけた足が、やけに重たく感じられる。
何しろ現在の身体能力はナチュラルの女性と同じだ。
ナチュラルとしてはずば抜けている、というレベルではあるだろうが、それでも血清を打つ前とは雲泥の差。

 

 

これでは打撃力もそう期待できたものではないだろう。
が、血清はコーディネイターの反射神経と思考力まで落としてしまったわけでもないようだ。
問題はコーディネイターの反射神経に身体能力が追いつかないということなのだが、――――まあいい。なんとかなる。

 

 

付け焼き刃のパートナーをお互い背後に置き、イザークと はほぼ同時に、流れるように駆け出した。

 

 

 

 

 

 

――――ホント、打撃力は期待できないね、こりゃあ)

 

 

は内心舌を出しながらそう思考した。

 

 

予想以上に体の動きは鈍かった。
いつもなら相手の攻撃をあしらう動きをそのままこちらの攻撃に直結できるはずなのに、なかなかどうして、ナチュラルの体は不便なものだった。
突き込まれてきた拳を、直接受けるような真似はしない。
顔の前で交差させた両手首で伸びきった拳の真下を捉え、上方にかち上げる。

 

 

いつもの ならば、ここで蹴りか突きのひとつもくれてやるのだが――――

 

 

顔を反らした。
後方に流れた の鼻先を、風とともに別の男の蹴りが飛んでいく。

 

 

やはり、この体調は深刻かもしれない。
この状態で殴打や突きに頼っても、訓練された大の男相手には通用しない可能性が高い――――容赦なく急所を狙うならともかくも。

 

 

実際 に教育を施した女性は容赦なくそういう事を行えるタイプだったのだが――――異性ゆえに永遠に理解できない感覚ではあるのだが、
先日ふとしたことからそれを話したさいのラスティの言によればそれは恐ろしくえげつないことであるらしいので―――― は戦法を変えた。

 

 

相手の拳を、今度は受けずにかわす。極端に腰を落とすという動作で、だ。
しゃがみこんだ姿勢で重心が整うと同時、 は両手のひらを床につき、かすかな気合の声と腕力だけで両足を跳ね上げた。
その場で、異様に振りの早い動きで の足先が宙を切った。

 

倒立。

 

その軌道で、かかとが小気味よい衝撃とともに相手の顎を真下から打った。
素早く足を引き戻し、駆け出すと同時に背後で男の倒れる重い音がした。

 

 

が、その余韻が消える前に、 は跳躍からの膝蹴りで次の相手を沈めている。
着地のために踏ん張る足には力をいれず、衝撃と重力に押されるままに、しゃがんだ体勢で重心を止める。
そのまま は再度両手のひらをつき、足を地面と水平に振り回した。
途中手を突きなおして空中を一回転した は立ち上がり、

 

 

「うふふー」

 

 

の足に払われてコケた敵に向けて、蛍光灯の逆光を負っての微笑を降らせ。

 

 

「えい。」

 

 

跳躍からの全体重をかけた肘を相手の鳩尾に綺麗に落とした。

 

 

 

 

 

そんなこんなで が女だてらに敵を翻弄している間、無論イザークも同数の――――男ということで
よりも多くの敵を相手に立ち回りを続けていた。

 

 

(チッ・・・、体が重い!)

 

 

とはいえ発展途上でもイザークは男だ。
それでも よりは攻撃力は残っているが、平常時に比べれば恐ろしく低い。

 

 

相手の右の拳を交わしざま左、つまり相手にとっては右へ体を滑り込ませる。
右の拳を振りぬいているために阻害できなかった相手に背中を合わせるように背後をとり。

 

 

「ふッ!」

 

 

気合一閃、心臓の裏側に振り返りもせずに肘を見舞った。
相手がどうなったかも確認しないまま――――どうせ気絶しただろう。身体能力が落ちたとはいえ、カンまでも鈍ったわけではない――――
正面の男の懐に飛び込んで、腕を掴んで投げ飛ばす。
相手の拳をしゃがみ込んでかわすと同時に、足で相手のすねを払う。
倒れこんだ鳩尾に――――戦場ならば喉笛を踏み砕いているところだ。
それだけでも感謝してもらいたい――――足を振り下ろすと、そのまま体を踏み越えて前へ。

 

 

左と正面から襲ってくる敵に対し、さすがに一度体を引こうかと思った途端――――

 

 

「とうっ。」

 

 

状況にはあまりにもそぐわない高い声と同時に、左から突っ込んできていた男の速度が不意に増した。
が、イザークの正面を横切ってもさらに止まらない。
そのまま男は倒れ、その後を追うように現れた小柄な影は、

 

 

「あ、あ、あれっ!?」

 

 

とか何とか狼狽しながら、男の影を追ってイザークの正面を横切っていった。
・・・どうやらイザークの左から回りこんできていた男を背後から蹴り飛ばしてすぐに着地するつもりが、勢いがつきすぎてしまったらしい。

 

 

「・・・正真正銘の馬鹿か、あいつは」

 

 

もはや確信さえ含んで呟きながら、イザークは呆然としている正面の男の横っ面に回しげりを見舞った。

 

 

最後に残った二名の男に二人同時にそれぞれ蹴りと拳を見舞って、イザークと は同時に肩越しに振り返った。
残るは一人。最初に を襲った義腕の男だ。
片腕は丸ごと機械にすげかえられ、硬質でどこか安っぽい光を放っている。

 

 

「どっちがやる?」

 

 

敵に視線を据えたままのイザークの問いには、やや息の上がった小声で返答が来た。

 

 

「ここは二人がかりがセオリーでしょ」

「・・・こんなのに二人がかりか」

「しょうがないでしょ、これ以上は怪しまれるよ。この辺でちょっとはあいつらに付け入る隙も差し上げないとね。完璧すぎると疑われちゃう」

 

 

囁き声はお互いにしか聞こえないレベルのものだ。
一呼吸の間が空く。

 

 

「行くぞ」

「了解!」

 

 

威勢のいい返答を聞きながら、イザークは真っ正面から駆け出した。

 

一拍遅れで、背後の気配も疾走開始。

 

先行するイザークめがけてまず義腕が振り下ろされ、慣性を脚力で無視する動きで背後に跳んだイザークの足元を機械の拳が抉った。

 

 

その破片と砂塵を貫くように、体勢を低くした が突っ込む。
そのまま低い位置から遠心力を活用した蹴りで相手の顎を――――

 

 

打てなかった。

 

 

「!?」

 

 

目を丸くして驚愕した の足首は、男のもう片方、人間の腕に掴み取られていた。
は見た目どおりにウェイトがない。
その上血清のせいで根本的な力さえなく、あっさり止められてしまったのだ。

 

 

そしてそのまま掴んだ足首を振り回され、背後に投げ飛ばされた。
そのまま行けば床に激突していたところだろうが――――

 

 

「役に立たん馬鹿だな」

 

 

舌打ちの声と同時に、がくんと慣性が止まった。
後退していたイザークが、右腕一本で吹き飛ばされた の腰を抱き、受け止めていた。
は不安定な体勢のまま、とにかく礼を口にしようとした。

 

 

「あ、ありが・・・」

「もう一回行って来い」

「は!? え、うそ、嫌ぁっ!?」

 

 

空中で抱きとめてもらえたと安心したのもつかの間、再び叩き返されて は悲鳴をあげた。

 

 

そして虚空を貫くように突き出されてきた拳を、 はまず両手のひらで、なるべく衝撃を減殺するように柔らかく機械の拳の先を包む。
そしてそのまま、馬飛びの要領で義腕と、ついでに男の頭も飛び越えた。
前のめりにコケそうになるのを何とか足に力を入れて止め、振り返ると、
――――というかイザークの挙動に狼狽した義腕の男を、イザークがハイキックで蹴り倒すところだった。

 

 

男が倒れた重々しい音の後、周囲のギャラリーから感嘆の息が上がった。

 

 

イザークは衣服の裾を払うように軽く手を動かし、相手を見下ろした。
通常ならその気になれば人の首くらいはへし折れるのだが、いかんせんこの状況下ではそこまでの威力は望めない。
相手がのっそりと起き上がるのを、不満げな視線で見守るだけだ。

 

 

「なかなかの蹴りだったぜ、坊や」

「・・・フン。『本気』を出せば、この程度では済まんさ」

「言いたいことはそれだけ!? ねえ!?」

 

 

半泣きになってわめく の(よほど怖かったらしい)声には
イザークは片手の耳を指に突っ込んで聞こえないというジェスチャーをして見せ、義腕の男の方は豪快に笑った。

 

 

「そう機嫌を損ねるなよ、お嬢ちゃん。二人とも合格だ。青き清浄なる世界のための戦士! 歓迎するぜ!!」

 

 

熱狂的なざわめきを聞きながら、その中心で はにこやかに――――事情を知るものからすればにんまりと会心の笑顔を浮かべた。

 

 

「潜入完了♪ いやー、筋肉バカは扱いやすくて助かるよ。チョロいもんだね〜」

 

 

嬉しそうに、それでもさすがにヒソヒソと は囁いた。
イザークは彼女の現金な明朗さに軽く呆れながら、気になっていたことを訊いた。

 

 

「お前、蹴り以外は使えないのか?」

「ん? ああ・・・、あたしに体術仕込んでくれた人は、足技しか使わない人だったからねえ・・・」

 

 

折角手入れした爪を折りたくないもの。
好奇心で尋ねた に対し、長い藍色の髪を持つ女性はかつて満面の笑顔でそううそぶいたものだったが。

 

 

『いいこと、 ? 戦場、しかもこと白兵戦においては、味方以外は敵と思いなさい。
そして敵に対しては一片の慈悲も持たないこと。
まずは急所を一撃するのよ。大丈夫、私たちはか弱い女性ですもの。多少の無体は笑って誤魔化せるわ』

 

 

「・・・」

 

 

なよなかで女らしい容貌に婉然とした微笑を浮かべ、
随分と具体的に無茶な議論を展開していた自分の育ての親の片割れの姿を思い出して はちょっと頭痛を感じたが、
首領格の男が何か話し出したのをきっかけに思い出を振り払って顔を上げた。

 

 

 

 


 

あとがき

ハイ。ヘタれて駄目な戦闘シーンでした〜(撃沈)。
ヒロインがイザークに人間爆弾のようにされてます。右腕一本でぽいっと投げられてたんですね。
そして、ヒロインに足技を教え込んだ方といえば、あの方です。
ええ。ママです(遠目)。
ある意味えげつない教育をするのがママなのです。男に対しては急所狙いも念頭に入れる(笑)。
ともあれブルーコスモスには入れたのか? というところです。
また次回〜。