ホットケーキ
髪をなびかせて廊下を走る少女。
腕には何か袋に入った物を抱えている。
やがてある部屋の前で急ブレーキをかけた様に止まると、扉が壊れそうな勢いで開け放つ。
バァァンッ
部屋の中にいた人物は何事かと目を見開いている。
そこに居たのは三人。
壁に背を預け立ったまま読書に耽っていたオルガ。
ウォークマンを付け、アイマスク姿でソファに寝転がっていたシャニ。
床に直接座り込んでゲームに熱中していたクロト。
それぞれ思いのままに過ごしていたが、今は派手に登場した少女に視線を向けて固まっている。
オルガは思わず本を閉じてしまい、シャニはアイマスクを外し寝転がったまま扉の方へ視線を向け、
クロトは手元からゲームオーバーのメロディが流れている事にも気付かない状態だ。
「…あれ?皆どうしたの??」
自分が元凶であるなど思いもせず、そう問いかける。
「…何でもねぇよ。それよりどうしたんだ 、ンな慌てて」
返事を返したのはオルガ。
クロトは知らぬ間にゲームオーバーになっていたゲーム機を見て顔をしかめ、シャニは億劫そうに体を起こしている。
「見てー」
嬉しそうに、持っていた袋から何かを取り出して見せる
。
それには大きな文字で“ホットケーキミックス”と書かれている。
「アズラエル様に貰ったの♪」
「何であの野郎がそんなモン持ってんだよ」
「知らないよー。私は貰っただけだもん」
「アイツ、
に甘いしね」
「いーなー、僕も食いてぇ〜」
嬉々とした雰囲気の
に三人はそれぞれに反応を返す。
言っている事はバラバラであるが心の中で思う事は一つ。
“アズラエルは油断ならねぇ!”
揃いも揃って
に想いを寄せているのだから厄介だ。
「で、皆で食べようと思ったんだ。今から焼けば丁度おやつの時間に食べられるし」
ね?と可愛らしく首を傾げる 。
「「いらない」」
そう口を揃えたのはオルガとシャニ。
「え…ホットケーキ嫌い?」
「そうじゃなくて。
が貰ったんだから
が食べればいいって事」
シャニはそう言うと再びアイマスクをして横になってしまう。
「まぁそういう事だ。大体甘いモンなんて食ってらんねぇし」
続けて言ったのはオルガ。
最後に本音を付け加えると本を開いた。
こうなっては二人には
の声など耳に入らないだろう。
がっかりした様な表情を残ったクロトへ向ける。
「あ、僕は食べるよ。行こうぜ」
ニカッと笑って見せたクロトに笑顔で頷く
。
クロトは
の手を取って食堂へと向かった。
「卵と牛乳取ってー」
砂糖を取り出しながら
は言う。
クロトは言われた物を冷蔵庫から取り出す。
「これだけでいーの?」
「うん。あ、バターも欲しいな。あるよね?」
「あるんじゃない?どう使うの?バターなんてさ」
聞きながら再び冷蔵庫を開けている。
「油引いて焼くのでも良いんだけど、バターの方が美味しいんだよ♪」
頭上にある棚へ手を伸ばしながら答える。
懸命に爪先で立って何かを取ろうとしている。
「これ?」
の背後からひょいと伸びてきた手が取ったのはボウル。
くるりと振り向いた
は頷く。
クロトは
にボウルを手渡すと、同様に高い位置にある別の棚からフライパンを取り出しておく。
渡されたボウルに卵を割り入れて泡立て器で軽く泡立てる
。
「…ホットケーキって泡立て器で混ぜるモンだっけ?」
不思議そうに覗き込むクロト。
「ただ混ぜるだけでも良いんだけど、卵を少し泡立てておくとフワフワのホットケーキになるんだよー」
「へぇ〜そうなんだぁ」
楽しそうに作業する
を微笑ましく思いながら、クロトはじっと見詰める。
はそんな事にも気付かずに混ぜ合わせた生地をフライパンに流し込み、一枚一枚丁寧に焼き上げている。
やがて焼き終わったホットケーキ。
クロトは皿に乗せられたそれを持ってキッチンから食堂の席へと移動する。
少し遅れてあらかじめ淹れておいた水出しのアイスティーを持った
はクロトの隣の席へ着く。
カラン、と硬質で透き通った音を鳴らす氷。
「何かかける?私、ハチミツかけて食べるけど」
「あ、僕はシュガーパウダーかけて食べるの好き」
二人はそれぞれにハチミツとシュガーパウダーをかける。
ゆるゆると琥珀色が流れ、さらさらと雪色が降る。
「いただきまぁす♪」
「いただきます」
二人は笑顔で言い合ってから食べ始める。
「ぅわ。ほんとにフワフワ!」
泡立てておいた卵のお陰でフワフワに焼き上がったホットケーキに感激するクロト。
シュガーパウダーが舞い上がりそうな勢いでパクついている。
「ね?美味しいでしょ」
「うむぁいほ」
ホットケーキを口一杯に頬張りながら喋った為上手く発音出来ない。
はくすくすと笑うとクロトの口元に付いたシュガーパウダーを指先で払ってやる。
「慌てて食べなくたって逃げないよー」
クロトは僅かに頬を紅潮させて、手の甲で口を拭う。
の白く細い指で触れられた事で鼓動が早くなる。
それに気付かない
はハチミツたっぷりのホットケーキをフォークで小さく切り分けて口へと運んでいる。
早くなる鼓動を押さえる為にも食べる事に集中しようとするクロト。
それでもつい視線は隣に座る少女に向かってしまう。
気にしない様にしようとすればする程気になってしまうもの。
ホットケーキへ向かったり、
へ向かったりと忙しないクロトの瞳。
急にくるっとクロトの方へ顔を向けた
。
クロトは一瞬大きく心臓が高鳴った。
「ねぇ、クロトの一口ちょーだいっ」
少し傾けられた首。
その可愛らしさにノックアウトしてしまいそうなクロト。
何とか眩暈を押さえ込むとにっこりと笑う。
「いいよ。
のも一口ちょうだい?」
「うん、いいよ。交換だね〜」
そう言ってお互いのホットケーキを一口ずつ交換。
「うー、シュガーパウダーのも美味しいや〜」
「ハチミツも美味いじゃん」
甘いホットケーキにご満悦の
と、そんな
に満足するクロト。
クロトは内心、オルガとシャニがホットケーキを食べる事を断ったのを感謝した。
そうでなければこうして二人きりでおやつを堪能する事など叶わなかったのだから。
時折他愛もないお喋りを楽しみながら二人はおやつの時間を堪能した。
クロトは最後の一口を口に放り込むとアイスティーで一気に流し込んだ。
少し遅れて
も最後の一口。
残ったハチミツをフォークの先に突き刺さるホットケーキで集めてすくい上げる。
たれないうちに口へ放り込む、筈だったが。
一瞬遅れ、とろりとした甘い蜜は
の口の端を流れた。
慌てて紙ナプキンへと手を伸ばす
。
クロトはすかさずそれを
の手の届かない所へと遠ざけてしまう。
ニヤ、と意地悪そうな笑みを浮かべて。
は「むー!」などと言いながらクロトを睨んでいる。
右手に握ったフォークの柄をトントンとテーブルに叩きつけながら「早くよこせー!」と目で訴えている。
まず煩い右手を封印したクロトはフォークを奪い取って適当に皿の方へ放り投げる。
カラーン、という高い音が二人しかいない食堂へ響く。
次に左腕を掴んで自分の方へ引き寄せる。
そして。
ペロリ
クロトの舌がハチミツを舐め取った。
「んなっ!?」
大きく目を見開く
。
それ以上の言葉が出てこない。
「甘い…」
そう小さく呟いたクロトの唇が目前にある。
漸く事態を飲み込んだ
はかぁぁっと顔を赤らめた。
その腕の中から逃れようと腰を浮かせるが、ぐいと力強く引き寄せられて先程よりも密着する格好に陥ってしまう。
「僕のおやつ、メインはこっちのつもりだったんだけど。駄目?」
一応問いかけのかたち。
しかしクロトは
に言葉を紡がせる隙を与えずに、
の唇を自分のそれで塞いだ。
静かに、優しく。
始めは驚いた
も穏やかな口付けに安心したのか、やがてクロトへ身を預けた。
「ゴチソウサマ」
おやつの時間を大きく回った頃。
食堂では頬を上気させてぽ〜っとしていた
と、機嫌良く鼻歌を歌いながら洗い物をするクロトの姿が見られたらしい。
++後書き…もとい言い訳++
上手くまとまらなかった…
やたらとだらだらした文章でスミマセン〜(T-T)
自分的には最後のワンシーンが書きたかっただけなんだよね(爆)
たれたハチミツをクロトが、ってトコvv
因みに涼風はハチミツ苦手ッス…
−2003/7/16−