子守歌

 

 

 

 

 

耳について離れない
はっきりと聞いたワケでもないのに
聞こえた気がしてそちらへ行ってみれば、広がるのは無機質な空間だけで何もない
其処に人が居た気配すら感じさせない
まさか薬の影響で幻聴でも聞こえ始めたのか?
副作用ってヤツ
そんなワケないか
そうだったらアイツ等も何か言いそうだし

「フン、気にしても仕方ない…」

片目にかかる前髪を揺らしながら彼――シャニはその場を後にした。
それから数秒後。
上から落ちて来る影。

「…そう言いつついつも探すクセに」

呆れた様な声音を発したのは少女――
落ちかかる綺麗なワイン色の髪を背に払うと、すぅと軽く息を吸い込む。
背筋を伸ばして、シャニが訪れるまでしていたのと同じ事を始める。

歌。

そう、シャニの耳から離れない音の発信源。
の唇から紡がれる柔らかで伸びの良い歌声。
は休憩時間の度にストレス発散を兼ねて歌う。
場所は逐一変えている。
以前までは同じ場所で歌っていたのだが…。
いつの頃からかシャニが聞きつけたらしく、歌う人物をそれとなく探している。
その様子に気付いた は、それから逃れる様に毎回場所を変えて歌っているのだ。
しかしそれでも追って来るのがシャニ。
これではストレス発散のつもりが逆にストレスが溜まってしまう。
そのせいか最近の の歌声はこれまでよりも僅かではあるが大きくなっている。
本人は気付いていない。
この違いのお陰で余計にシャニに発見されやすくなっている事に。

「ふぅ。よっし!午後も頑張ろう♪…適度に」

歌い終わった は気合いを入れる様に拳を握る。
何やら最後の言葉は余計だと感じるのだが…。

 

 

 

 

 

は医療班の一人だ。
よって、シャニ達三人とも面識はある。

言葉を交わしたのは一度や二度ではない。
寧ろよく喋る方だと言えるだろう。
単独行動が多い三人も、 とのコミュニケーションは他の誰よりも多い。
年が近いせいなのか、他に意図があるのかはわからないが。
お陰で午後の仕事を終えた はこの三人と共に夕食をとる羽目に陥っている。

ちょ〜っと歌ってから食事にしようと思ってたのになー…

心の中で愚痴るが今更何を言っても思っても仕方がない。
扱い難い三人をまとめて面倒見切れるのは だけらしく、周りから押し付けられる事もしばしば。
いや、しばしばどころではないかも知れない。
事ある毎に、だ。
思わず溜息をもらす。

「何だよ、 。辛気くさい顔しやがって」

そんな顔してるとコッチまで気分悪くなる、とでも言いたげにオルガは言う。

「あー別に。気にしないで。アンタ達に言っても仕方ない事だし」

そう言って再び溜息を吐く。
原因はお前達だ!とは流石に言えない。

「ゲームでもする?ストレス発散にはもってこいだよ」
「駄目駄目。私ゲームは苦手でやってると苛々してくんの。発散なんてとても望めないね」
「だとよ〜。お前みたいなゲーム野郎と を一緒にするなよ」
「ンだとぉぉー!?オルガ、てめェ!」
「はいはい。食事くらい落ち着いてとれないの?私は落ち着いて食べたいモノだね」

冷たくピシャリと言い放つと、掴み合いに発展しそうになっていた二人は急に大人しくなる。

「オルガとクロトと違ってシャニは大人しくていいわ。ね〜?」

隣で黙々と食事に専念しているシャニを覗き込む
シャニは一瞬 へ視線を向けるものの、すぐに食事へと向き直る。
は一向に気にする気配もない。
それどころか 自身もすぐに食事を再開している。
しかしシャニは食事をとりつつも の言葉を反芻していた。
耳について離れないあの音と似ている気がして。
“ね〜?”の部分が猫撫で声だったのがいけなかった。
普段喋る声と歌声は明らかに違う。
だが猫撫で声で発した“ね〜?”と歌声は酷似していたのだ。
勿論 はそんな事に気付く筈もなく食事をとりつつ、たまにいがみ合うオルガとクロトを諫めている。
やがて食事をとり終えた四人は食堂を後にし、それぞれの部屋へと戻って行く。

 

 

 

 

 

「漸く解放されたぁー」

一旦部屋に戻ってから今日の歌う場所へとやって来た は体中の力を抜いた様にドサリと座り込んだ。
周りに人の気配はない。
一番警戒すべきシャニも部屋へ戻った筈。
と言う事は、何も気にする事なく存分に歌える。
そう思うと何となく嬉しい
すっくと立ち上がるといつもの様に軽く息を吸い込んで歌い始める。
腹の底から出した声はその場へ染み渡って行く。
気持ちよく歌える事でその表情も良い。
声と同じく柔らかに笑んでいる。

 

 

 

壁に背を預けて聴き入る人物。
最も警戒すべきシャニだ。

「へぇ…」

口元に笑みを浮かべて影から の後ろ姿を見ている。
部屋へ戻ったと見せかけて を追って来たらしい。
まんまと騙された は注意力が散漫になっていて全く気付いていない。
シャニは気配を消した状態で音もなく の背後に忍び寄る。
が歌い終わるのと同時にシャニがその背後へと辿り着く。
気分良く歌え、満足そうに息をついた。
その時。

ふわり

背後から腕が伸びて来たのだ。
そのまま の首に巻き付けられる腕。
は腕の持ち主に背を向けている為、相手が誰であるかわからない。
確かなのは背後に立つ人物に抱き締められているという事。

「誰?」

驚き過ぎたのか声が掠れる。

「逃げてたんだ?」

の問いに答えずに、問いかけてきた声。
間違いなくシャニの声だ。

「シャ、シャニ!?…部屋戻ったんじゃなかったの?」
「そう見せかけた。逃げるから追いかけただけ」

しらっとして答える。

「普通逆じゃない?私は追いかけて来るから逃げてたんだけど」

シャニは抱き締める力を強め、 の耳元に口を寄せて名を呼ぶ。
ビクリとする

「なっ、何よ…耳元で喋らないでよ」

弱々しい声で言うと、 は俯く。
そうした事で露わになるうなじ。
シャニはそこへ顔を埋める。
は体を強張らせ、何か言おうとするが口がパクパク動くだけで何も言えない。
何を言えば良いのかすらわからない。
その姿勢のまま喋り出すシャニ。

「歌って」

うなじに息がかかる。
先程から当たっている前髪もくすぐったい。

「わ、わかった!わかったから離してッ」

大きな声ではないが叫んだ
シャニはあっさり を解放する。
後ろを振り返り、シャニを見た の顔は真っ赤。
一方のシャニはいつもと変わらぬ顔色だ。

こ、こいつ!自分で何しでかしたのかわかってないのぉぉ!?

内心怒りの声を上げる
いざ、文句の一つも言ってやろうかと口を開きかけた時。
シャニに手を握られる。

「へっ?」

そのまま手を引かれて歩かされ始めたのだ。

「ちょっと?シャニ、今歌えって言わなかったっけ?」
「言った」

わけがわからないシャニの行動に首を傾げつつも、 の足は素直に動いている。
手を繋いでいるのも恥ずかしかったりするのだが、幸か不幸か誰ともすれ違う事なくシャニの部屋へ到着した。

「…シャニ?」
「随分探させられた」

唐突に喋り出すシャニ。

「あ、あーまぁ。私も随分逃げたしねぇ」

思わず苦笑して頬をかく。
シャニは繋いだままになっている の手を引き、ベッドへ座らせる。
その隣へ自分も腰を下ろした。

「で、まさかとは思うけど。此処で歌えっての?」
「勿論」

完結に答えてくれたシャニは言いながら羽織っていた青い軍服を脱ぎ捨てる。
次の瞬間には の軍服にまで手をかけている。

「きゃー!何してんの、シャニぃぃぃいい」

腕を突っぱねて抵抗するが男の力には適う筈もなく。
ジタバタと暴れた割りには早く脱がされてしまった。
放り投げられた の軍服はシャニの軍服の上に着地している。
シャニは の腕を掴むとぐいと引き寄せて自分の腕の中へ収めた。
そのまま と共にベッドへと倒れる。
どうやったのかしっかり布団もかけられている。

わ、わわ私、今メチャクチャ危険な状態ッ!?
はぅっ、これって“歌う=啼く”って意味だったのかぁぁー!?

まともに思考回路が働かない は大混乱。
逃げるという選択肢がある事に気付かない。

「寝る。歌って」

すぐ側で聞こえるシャニの声。
眠そうな声だ。
ふと気付いた
寝る時に聞く歌があったではないか。
子守歌、という歌が。

「シャニ……あのさ、何で普通に子守歌を歌って欲しかったって言えないの?」
「言った」
「言ってない!」
「じゃあ、子守歌歌って」

素直に言い直したシャニに脱力。
仕方ないので歌って早々に引き上げようと決めた
静かな曲を選び、しっとりと歌い上げる。
シャニの腕に絡め取られているのと横になっているせいで歌い難い事この上ないがとにかく歌う。
眠そうにしてただけに一曲歌い終える前に、 の首筋にシャニの寝息がかかり始めた。
そっと歌を切り、シャニが寝入っている事を確認する。
確かに寝ているシャニの寝顔に安堵すると、背に回された腕を外そうと動かす。
起こさない様にそっと。

…」
「ぅげ、起きちゃった?」

細く目を開けたシャニ。

「何処行くの?」
「何処って…部屋戻らないと」
「此処で寝たら?」

を抱き直したシャニは再び夢の中。
しっかりと体に巻き付いている腕はもう外せそうにもない。

「…これがどういう状況かわかってるのかな、この人は」

ぶつぶつと文句を言いつつも、今日一日の疲れも手伝ってあっさり眠りにつく。
これが判断ミスだったと は知らない。
と言うより予想だにしなかったであろう。
翌日、シャニのキスで起こされる事を。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

長い…
無駄に長いよ
余計なシーンだったか?食事のトコ
最初考えてたのと絶対違うよ〜
(因みに最初の案はうとうとしながら考えてたからうろ覚え、笑)
いや、シャニっつったら"音楽"か"睡眠"ってイメージが…さ
アイマスク姿でだらけるトコ好きだ〜v

−2003/7/12−