点眼

 

 

 

 

 

小さな画面に集中する目。
忙しなく動き回る指。
ソファに深く沈む様に腰掛けてゲームに没頭するクロトだ。
既に日常的なヒトコマ。

「やった!今までで最高スコア達成♪」

機嫌良さそうに手元のゲーム機から目を離したクロトはそのままプツリと電源を切る。
ふいにぼやける焦点。
思わず目をこすってしまう。
ゲームのやり過ぎであろう眼精疲労。
途端に不機嫌そうに顔をしかめるが自業自得である。

「あ…確か此処にー…」

ゲーム機をソファに放るとのそりと立ち上がったクロトは引き出しの中を漁り始める。
ガチャガチャと物音を立てながら探し出した物は目薬。
それを手にしたクロトは再びソファにかけて点眼。
…する筈が。

ポタ

透明な雫が落ちたのは瞼の上。

「ぅあ、失敗」

乱暴に手でこするともう一度点眼する。
しかしやはり目には入らない。
今度は目尻に落ち、中途半端に瞳に滲んでいく。

「……入らないじゃん」

むっとして一人愚痴るクロト。
短気なクロトは目薬を差すのを諦めたのか蓋を閉めてしまう。
そしてふいに思い出したのはこの目薬をくれた人物。
ハッとして勢い良く立ち上がったクロトは、目薬を握り締めて部屋を飛び出して行った。

 

 

 

 

 

億劫そうにコンピューター画面と向かい合い、時折カタカタとキーボードを鳴らしている女性。
ゲーム三昧のクロトへ目薬を贈った人物、 である。
眉間にシワを寄せている は溜息を吐くとデータを保存し、コンピューターの電源を落とす。

「これ以上どうしろと?アズラエル氏も無茶を言うわ」

もう一度大きな溜息を吐く。
椅子の背もたれに体重を預けてぐぐっと伸びをする。
その時。
耳に届いた来客を告げるブザー音。

「どーぞ、開いてます」

椅子から動かずにそう言った
の言葉を聞いた来客は遠慮無く扉を開け、ドカドカと部屋へ入って来る。
来客――目薬を握ったクロトだ。

「珍しい。クロトが部屋まで来るなんて」

椅子に座ったままクルリと此方を向く。
クールな印象を植え付ける眼鏡を外すとにこりと笑って見せた。

、眼鏡なんてしてたっけ?」

見慣れない姿にキョトンとしている。

「普段は使わないけどね。細かい作業する時とかは必須アイテムかな。少し乱視気味だから」

外した眼鏡を机の上に置くと、 はクロトにソファへかける様無言で促す。
クロトがソファに収まると続けて自分もソファへかける。

「で、何か用事?」
「あーうん。これさ、前 がくれただろ?」

手に握っていた目薬を差し出すクロト。

「あぁ、疲れ目に効くからってあげたヤツよね。これがどうしたの?」
「…差してくんない?」
「え…?」

今度は がキョトンとしてしまう。
次第に上がる口の端。
そしてとうとう堪えきれなくなった は笑い出してしまった。

「ふっ、あはははは!クロト、自分で目薬差せないのーッ!?ひゃひゃひゃ、子供じゃあるまいしっ…ふふ」

ソファに顔を埋めて肩を揺らし笑い続けている を憮然とした表情で睨み付けるクロト。
向かい合わせていた の隣に移動したクロトは の肩を掴んで顔を上げさせる。

「笑うなって!とにかく差してくれよ!!」
「ふはっ、わかったわかった。ちょっと落ち着くまで待って〜」

しつこく肩を揺らしていたが深く深呼吸して落ち着いていく
流石軍人とでも言うべきか。
いともあっさりと感情のコントロールをして見せる。

「んじゃ、どーぞ?」

はクロトの手から目薬を攫うと、自分の膝を叩く。
その意味に気付かずにいるクロト。
首を傾げているクロトの襟を猫掴みした はそのまま引っ張って自分の膝に寝かせてしまう。

「なっ、何してんだよ! !!」

突然膝枕されたクロトは頬を染めて抗議している。

「はい、キャンキャン吠えない!」

頭を上げかけたクロトの額にペシッと手を置いて再び寝かせる。

「誰がキャンキャン言ったよ!」
「やって貰う分際で文句言うな。ホラ、動かないで!」

ぐっと詰まって大人しくなるしかないクロト。
確かに頼んでおいて文句を言える立場ではない。
視線を逸らしてじっとしているクロトの瞳にちょんちょん、と落とされる目薬。
非常に手際よく、ほんの一瞬で終わってしまう。
クロトはあれ?とした表情を浮かべる。
あれだけ何度やっても入らなかったのに…。

「終わったよ?何呆けてるの」
「あ、ああ、アリガト…」

ぼそっと礼を言うと、"凄く"名残惜しい気がするが起き上がる。
そこまで自分は不器用だったのだろうか?、と頭をかくクロト。

「そんなに難しいかなぁ、目薬差すのって」
「…何回も失敗した」

顔だけで振り返ったクロトがムッとして言う。

「ぷっ…」
「だから笑うなって言ってるだろー!?」
「あっはは、ごめんって〜。ま、またやってあげるから遠慮無くおいで。全く可愛いよなぁ」

くくく、と笑いをもらしながら はクロトの髪をかき混ぜる様に撫でた。
クロトは不満そうに横を向いている。

「男に向かって可愛いとか言うなよ…」
「えー、だってそういう顔見たら可愛いとしか形容出来ないよ?」

横を向いているクロトの顔を覗き込む
更にムッとしたクロトは へ顔を向ける。
突然流れた景色。
背中に感じた柔らかな衝撃。
はクロトによってソファに押し付けられたのだ。
それに覆い被さる格好のクロト。

「え…、えっ、ちょっとーっ、クロト!」

顔を赤く染める
クロトはニヤッと笑うとちょん、と触れるだけの口付けを落とした。

「遠慮無くまた来るから。じゃーね」

ゆでだこの様に赤くなって呆然としている をそのままに、さっさと部屋を出て行ってしまったクロト。
が正気を取り戻すのにはまだ暫し時間がかかる様だ。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

むふv
あの手の携帯ゲーム機って絶対目が疲れるだろうと思って目薬ネタ
つーか、アレってGBAだよねぇ?有り得ないッ☆
まぁそれはさておき
可愛いクロトchanを苛めてみよう、がコンセプト(ぇ)
んで最後にゃ逆襲される、と
今後ヒロインは目薬を差してあげる度に襲われるのだろうか…?
涼風なら喜んで襲われときます(コラ)

−2003/7/22−