夜明けの訪問者

 

 

 

 

 

誰もが寝静まっている明け方前。
も柔らかな布団に包まれて眠っている。
そんな静かな時間。
廊下を忍び足で歩いている人物が一人。
時折警戒する様に周りを見渡している。
その人物は の部屋の前へ来ると歩みを止める。
どうやらこの人物の目的地は此処らしい。
再び周囲を窺ってから、静かに扉を開ける。
ロックされていた筈の扉は抵抗する事なくあっさり開く。
侵入者がロックを解除する為の暗証コードを入力したからである。
物音を立てずに部屋へ入れば真っ暗な空間。
聞こえるのは の静かな寝息だけ。
固い床に固い靴底がつく度に小さな音が発する。
の眠るベッドのすぐ横まで迫った靴音。
スッと身を屈めると の寝顔を覗き込む。

小さく名を呼んだ人物はそっと の頬に手を伸ばす。

「…ぅ?」

比較的眠りが浅かったらしい はそれだけで目を覚ましてしまう。
頬に触れる感触と目前にある人の気配で一気に覚醒した は身を固くしてすぐさま上半身を起こす。
軍人ならではの反応とでも言うべきか。

、僕だってばっ!」

慌てて顔を見せる様に身を乗り出した人物は…

「っ!ちょっとクロトー…。驚かせないでよぉ」

そう、同僚であるクロトだった。
は安心したのかぼすっと布団に突っ伏す。

「危うく撃つトコだったじゃないの!」

そう言って突き出したのは が常に携帯している小型小銃だ。
怖ろしい事にセーフティロックが解除されている。

「ごめんごめん。でもこの時間じゃなきゃ駄目なんだよ」

冷や汗をかきつつベッドへと腰を下ろしたクロト。
その格好に気付いた は呆然とする。
右手には虫取り網。肩からは虫かごがぶら下げられているのだ。
思わず呆然としてしまうのにも納得出来るだろう。

「…そのカッコ、何?」
「何って…虫取りに行くんだよ!」
「は?虫?こんな時間に!?」

何を言ってるんだ、と怪訝そうな顔をする

「この時間だからだろー? こそ何言ってんだよ」
「この時間だから、って何を捕まえたいの?」

益々わからない は手っ取り早く答えを求めた。

「決まってるだろ!夏と言ったらカブト虫・クワガタ取りじゃん!!」

虫取り網を持った右手に力を込めて言い放つクロト。
その表情は輝いている。
軍人としての顔ではなく、年相応の生き生きとした顔。
はそんなクロトの表情を微笑ましく思う。

「そっかー。この施設の裏って今時珍しく林だもんねぇ」
「そうそう、結構虫いるって聞いたんだ!な、行かないか?」

真夏の日差しより眩しい笑顔を見せるクロト。
これでは嫌だなどと言えるワケもない。
昨夜、遅番であった為にまだまだ寝足りない だったが気付いた時には頷いていた。

「いいよ、付き合ってあげる」
「やった!んじゃ、行こう!!」
「ちょっとちょっとー。このまま行けっての?着替えるからちょいお待ち」

の手を引いてすぐに出発しようとするクロトを引き戻して苦笑する。
軽装の を見たクロトは顔を赤らめて横を向いた。
小さく笑いをこぼした は「少し待ってね」と言い残し着替えを掴んでカーテンを閉めたベッドへ戻っていった。
間もなく姿を現した は黒いジーンズに薄手のパーカー。足下はゴツイ軍用ブーツだ。
早朝の林に入って行くには適当な格好だろう。
しかし普段の可愛らしいイメージから一転して、パッと見少年に見える。

「わー。大変身だね、 。別人みたいだよ」
「でしょ?これ利用して潜入作戦に参加した事もあるんだよー」
「へぇ。…って少年兵として!?」
「そうそう。結局最後にバレてさー。敵にちやほやして貰っちゃったよ、あはは〜」

(それ、あんま笑えない…)

引きつった笑いを浮かべるクロト。
は気付かずさっさと歩き出す。

「ほら、どーしたの?言い出しっぺがボーっとして」
「あ、ああ…うん。行こうか」

気を取り直したクロトは の隣に列んだ。
時間を考慮して施設を出るまで黙々と歩く二人。
やがて監視の目をくぐり抜けて施設を抜け出すと、ニヤリと笑って顔を見合わせてから林目指し走り出した。
その後ろ姿を見た者はいない。

 

 

 

 

 

「なーんで行きは大丈夫だったのに帰りは駄目かなー」

ぶーたれた表情の
現在とっくに日は昇っている。
クロトと はギチギチという音を発する黒一色である虫かごの中身を戦利品に施設へ戻って来たのだった。
しかしだ。
行きはクリアした監視。
大漁大漁♪などと言いながら浮かれていたせいか、帰りに監視カメラに引っ掛かってしまったのだった。

「明るかったしねー。行きは暗闇に紛れて、ってのが大きかったし」
「何言ってんのよ、クロト〜。軍人ならセキュリティをかいくぐる事ぐらいしてみせなきゃ!」

何故か力んでそう言う

「いや、此処軍事施設だし。そんな簡単に突破出来たら困るだろ」

クロトはパシッと裏手で突っ込む。

「ま、そーだけどね」
「たいしたお咎めもなかったしさ。楽しかったし良いんじゃない?」

そう言って持ち物を没収されて手持ちぶさたになった両手を上へ突き上げて伸びをした。
も同じ様に伸びると、二人の手がぶつかる。
クロトはすかさずその手を掴んで手を繋ぐ。

「朝早くて眠いし少し寝よー」
「私なんて昨日遅番だったんだよ!?半端じゃないくらい眠いんだけど」
「え!?何でそういう事今更言うんだよっ」
「いやー、クロトの眩しい笑顔に落ちた」

空いてる手で頭をかいて「えへへ〜」と笑っている

「ま、こんな訪問者なら歓迎だなぁって」

その言葉とともに笑みを深くする。
そんな に思わず顔を赤らめたクロトは繋いでいる手にきゅっと力を込めた。

の笑顔の方が眩しいって…)

クロトがそう思った時。
前方に見慣れた人物が現れる。

「オイ!クロト、てめぇっ!何 の手握ってんだよ」
「てか、何で二人でいんの?」

叫ぶオルガに、突き刺す様な視線を送るシャニ。

「んふふ〜♪内緒!」

人差し指を立ててクロトに寄り添う。

「何だよ、内緒って」
「クロトと私だけの秘密ですー。ねっ?」
「え?ああ、うん。秘密」

不満そうにしているオルガとシャニなど気にせず、 はクロトを連れて行ってしまった。

「チッ。クロトのヤロー。後で見てろよ」
「シメル?」
「あぁ?当然だろ!」
「フン、朝帰りなんてするから…馬鹿だねクロト。俺も手伝うよ」

憎々しげに二人の後ろ姿を睨むオルガと不気味に笑うシャニであった。

 

 

 

 

 

「……これは一体何ですか?」

目前にドカッと置かれた物を不思議そうに眺めているのはアズラエル。

「は、 とクロト・ブエルより没収したカブト虫とクワガタです」
「ああ、例の…。しかし、何も此処に置く必要もないと思うのですがねぇ」

鼻を突く嫌な臭いに顔を背ける。

「はぁ…。 嬢が取って来た物を捨てるのも気が引けますし、仕方ありませんね」

を贔屓目に見ているアズラエルは嫌々ながらも数日をカブト虫達と過ごしたのだという。
そして、 も共犯であった為にアズラエルの計らいでお咎めなしだった事は言うまでもない。

 

 

 


 

++後書き…もとい言い訳++

あっはっは〜
これって夢じゃないー(笑えねぇよ!)
ただ"夜中にクロトが部屋へ侵入"と"虫取り少年クロト"が書きたかっただけ(笑)
あ、あと"朝帰りクロトを目撃するオルガとシャニ"ね
カブト虫と過ごすアズラエルって笑えるなー
とにかく自己満作品ですねぇ
駄目駄目です(マテ)

−2003/7/30−