いつもふたりで。

 

 

 

 

 

・・・そりゃあ、ね。

 

知ってたよ。

キミがモテてるってことくらい。

カッコいいもんね。

あたしが好きになった人だもん。

あたしの目に狂いはなかったって事で、・・・うん。

でもそれだけに、あたしはいつだって不安なんですけどね。

めったに好きだと言ってくれないキミと、嫌になるほど自覚してる可愛くないあたし。

 

 

 

アイシャに頼み込んで取り寄せてもらった本。

 

 

こんなものあなたが読むとは思わなかったわ。それともどなたかに差し上げるのかしら?

 

 

意味深に笑う彼女を誤魔化すのは大変だったけど。

 

 

 

同じくらい大変なものを目撃してしまった。

 

 

演習が終わって人気のなくなったドックに、うっかり忘れ物をして。

取りに戻った帰りに、聞き慣れた声と聞きなれない声が聞こえて。

 

イザークと、知らない女の子が話をしていて。

 

聞いちゃった。

イザークに、評議会議員の息子である彼に、あたしみたいな軍人はつりあわないんだって。

私のほうが家柄も容姿もあの子より釣り合うわって、自信満々に言ってて。

 

答えは聞きたくないからそのまま逃げた。

 

 

聞けるわけなんてなかったし。

 

 

 

 

その後、食堂でそれを相談されたミゲル・アイマンとその彼女のトリニティ・レイクは顔を見合わせた。

 

 

「でもまあ、ねえ・・・イザークは見た目がアレだから、中身も知らないで告るコ結構いるのよ?
 評議会議員の令息でエリートであるクルーゼ隊トップガンの一人・・・。加えてあの容姿じゃかーなーり、好条件だからね」

「で、『興味ない』とか『鬱陶しい』とか何とかすげなく断られて、たいがいが逆恨みするんだよな」

「そうそう。それに今日は誕生日だし。告る口実には持って来いってことなんでしょ。
気にすることないわよ、イザークは何だかんだ言って にベタ惚れなんだから」

「・・・そうなのかなあ」

 

 

ミゲルとトリニティはちょっと顔を見合わせた。

これはいつもと反応が違う。

 

もしや浮気かイザーク!? と思ってしまうのが男のミゲルだが、女のトリニティは別の意見だった。

 

 

「ねえ、 ――――

「こんなところにいたのか」

 

 

あらま、とトリニティはそちらを見た。

扉のない食堂の戸口に、いつものように不機嫌そうな顔で立っているのは銀髪の少年。

 

 

「噂をすればお子様出現」

「トリニティ、貴様ッ! 誰がお子様だ!」

「あたしは18君は16、いやもう17か。お誕生日おめでとうオ・コ・サ・マ♪」

「この、・・・っおいまて何してるそこの馬鹿」

 

 

なぜかこそこそとテーブルの隙間をしゃがんで逃げようとしていた軍服の裾をダンッ!
 と踏まれて、 はそれ以上行けずにがくんと揺れた。

が、肩越しに振り向いた は大きな瞳に涙を溜めている。

予想外の事態に硬直しているイザークの足の下から軍服を抜こうと
包みを持っていない方の手で引っ張りながら、 は涙目のまま唇を尖らせた。

 

 

「何さ、イザークなんか・・・、さっきの可愛いコとでも一緒にいればいいでしょ!?」

「はぁ!? 何を言って・・・っちょっと来い!」

 

 

イザークは舌打ちすると の腹に手を回し、ほとんど一息で肩に担ぎ上げた。

あまりの事に一瞬反応できなかった だが、すぐに手足をばたつかせた。

・・・それでも本の包みを手放さないのはさすがというところだろうか。

 

 

「やだ! 降ろしてー!!」

「暴れるなこの馬鹿!」

「ばっ・・・!? 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよイザークの馬鹿ー!!」

 

 

ぎゃあぎゃあと言い合う声はイザークが食堂を出てからも、かなりの間聞こえてきた。

何だ何だと様々な人々が廊下の角や部屋から顔を出し、その度にイザークの罵声が聞こえる。

 

 

「若いね〜」

「若いわね〜」

 

 

クルーゼ隊の兄さん格と姉さん格のカップルは同時にそう言って、ほのぼのとそんな二人を見送るのだった。

 

 

 

 

 

イザークの部屋に連れ込まれた はぞんざいに彼の肩から下ろされて、ベッドのスプリングで少し跳ねた。

 

 

「ったく・・・いきなり変なことをわめいたかと思えば逃げ回る。この暑さでいよいよ頭が沸いたのか?」

「・・・っ、変じゃないじゃない。イザークはあの子と一緒にいたいんでしょ?
 可愛くて綺麗だったしあたしみたいに軍人じゃないからおしとやかで」

 

 

ぎゅうううううう。

 

 

「ひたたたたたたたっ!!」

 

 

イザークは無表情のままで の頬を摘み、思う様引っ張った。

 

 

「お前は一体何を聞いてたんだこの馬鹿」

 

 

沈黙。

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

間の抜けた答えの罰とばかりに反対側のほっぺたが引っ張られた。

抓られ引っ張られたせいで熱を持つ両頬に手を当てて、考える。

 

 

「な、なにって。だって、あの子・・・」

「あの女はアカデミー時代の知り合いの妹らしい。喋ったどころか見覚えもないから断ったが食い下がられた。
俺はお前がいるからと断ったが、アイツはお前をけなしてきたからせいぜい毒を吐いて追い払った」

 

 

・・・・・・。

 

 

「どこまで聞いてた?」

「『けなしてきた』トコまで・・・」

 

 

今度は両方まとめて引っ張られた。

 

 

「あぅ・・・」

 

 

そうされても、 は何も言えずにいた。

確かに勝手に聞いて勝手に誤解したのだから、こちらに非がある。

が、ややあって頭上から嘆息が届き、平手でぽんぽんと頭を撫で叩かれた。

 

 

「・・・ごめん」

「素直だな」

「うん。・・・あと、これ」

 

 

は包みを差し出した。

 

 

「あげる。・・・誕生日おめでと」

 

 

 

 

包みの中にあるのは今となっては希少価値の高い羊皮紙の本。

バナディーヤのアイシャに頼み込んで探し出してもらった、古代の文献だ。

 

 

イザークは立てた片膝に書籍を立てかけ、もう片方の片あぐらの足に の頭を乗せている。

 

 

眼鏡越しの視線が羊皮紙の上を往復しているのを見上げるのは、割と好きだった。

別に四六時中喋ってなきゃ落ち着かないということもなかったし、こうしている時のイザークは片手で本を支えて器用にページをめくる。

 

もう片手はといえば、今のようの の頭を撫でていることが多い。

冷たくて細い、それでも のものとは明確に違う手指の感触が髪を滑ったり、少し乱すように入り込んでくるのが気持ちいい。

 

 

そうしながら、なんであたしこいつを好きになったんだっけとぼんやり思う。

 

 

最初はあからさまに険悪で、何かと無茶を押し通そうとするイザークに腹が立っていた。

何しろそういう関係から始まって、何かと一緒にいるようになって、・・・そういうことになって。

 

だから別に改まって言うことでもなかった。

好きとか愛してるとか。

そんなこというより先に始終一緒にいるのが当たり前だったから。

 

 

・・・『馬鹿』呼ばわりだっていつもの事。

 

 

初任務の時からのクセだから、今でもそう呼ばれる。

何だかねえ、ってトリニティにも苦笑された。

 

 

そんな傲岸不遜で俺様で自己中でキレやすいくせに。

 

 

?」

 

 

肝心な時にしっかり名前を呼んでくれるのは、ずるいことだと思う。

 

 

眼鏡越しの視線で見下ろされて、あからさまに自分の優位を確信した楽しそうな声音にちょっとムッとするけど。

 

たまにしか呼んでもらえない自分の名前に、逆らえないのは知ってるから。

 

頬に溜まる熱を冷まそうとするようにちょっとだけ息を吐き、 は身を起こした。

指先で細いフレームのイザークの眼鏡を外すと、色素の薄い蒼い瞳を間近に見ながら、目を閉じて自分から唇を重ねた。

触れるだけのキスはすぐに終わって、 はイザークの肩に両腕をかけて緩く指先を絡ませて、一度少し体を離した。

 

 

「本、気にいらなかった?」

 

 

イザークは心配そうに眉根を下げる の頭を軽く抱き寄せて髪に唇を落とすと、

 

 

「いや。ただ、もうひとつ欲しいものがある」

「もうひとつ? 欲張り・・・」

「今さらだ」

「じゃあ何が欲しいのさ?」

 

 

耳元で呟かれた答えに が顔を真っ赤にし、それからその熱に浮かされたように頷いた。

そしてジュール家の令息に許婚ができたという報が社交界のみならずザフト軍内にまで広く流布するのに、三日とかからなかった。

 

 

『俺が欲しいのは、お前の一生。』

 

 

 

 

 

 

あとがき

誕生日のプレゼントに婚約っていうのも凄い話だと思う(ツッコまれる前に自分で言っとく)。

ついでにここではイザークは個室ってことで(ツッコまれる前に以下同文)

何が何やら訳わからなく仕上がりましたね(汗)。色々要素詰めてたらこんな事になってしまいましたとさ。

好きなんですけどねぇ・・・(遠目)、おかしいな。二時間文(二時間で下書きから推敲まで行く稀な例)なのがまずかったのか。

ともあれ、イザーク・ジュールにHappy Birthdayを。

末永くお幸せに。

 

涼風コメント

うわぁ〜vv
なんでこんなに上手く話書けるのかなー!尊敬ッ☆
なんて言えばいいんだろう…
さりげない甘さっていうか
ベタベタし過ぎずアッサリし過ぎずでイザークらしい距離感が良い感じv