珠蘭王国の紅茶店
珠蘭の国、郊外に建つ‐別荘を思わせる‐勾配のきつい屋根が特徴の紅茶店。
店はいつもの様に大勢の客で賑わっている。
それと同時に…。「いたーっ!」
店内に大きく響く声。
「あはは〜」
叫び声の発生地点の隣からは楽しそうに笑う声。
「『あはは』ぢゃないよぅ!痛いんだから、爪を刺すのやめてよ」
涙声で訴えているのはこの店『綺姫流(ききる)』の若き女性店主『マルーム・葉紅(ようこ)=珠蘭』だ。
「シナぁ〜、ここは私の職場なんだよぉ!お仕事中なの!いっつも邪魔しに来てさぁ…」
「ちょっと爪で刺しただけじゃん★」この、マルームに爪を刺して楽しんでいるのは双子の姉の『シナモン・音紅(ねこ)=珠蘭』である。何よりも妹苛めが好きだと言う悪魔な奴。
「まぁ、それはさておき…久々なお客様が来てるよ♪」
シナモンが店の入り口を指差す。
「あーっ☆」
思わず声を上げてしまうマルーム。
入り口でヒラヒラと手を振っているのは、間違いなく自身の血縁者でもある親友だった。
そして彼女はこの国の王女…いや殿下でもある、彼のリュイクレス次期珠蘭王だ。「リュイ!?うそー!スゴイ久しぶりだよぉ」
興奮の余り手元のミルクピッチャーを倒した事にも気付かず、入り口に走り寄る。
「や!」
明るく挨拶したかと思いきや、持ち上げた手をそのままマルームに突き刺すリュイクレス殿下。
「いたーっ!」
シナモンに爪を刺された時と同じ様な叫びを上げると、額を押さえ屈み込んでしまう。
「アレー?軽く突いただけなのにィ♪」
殿下はニヤニヤと笑いながら空を突く。
「かっ…軽く!?どこがよぉ!」
屈んだままウルウルさせた瞳で見上げる。
「あはは〜」
悪びれもなく笑っている殿下。
「くぅっ(泣)シナと同じ反応するなぁっ」
声と合わせた様にすっくと立ち上がる。
すると…。ビシイィッ★
シナモンと殿下の同時攻撃。
ユニゾンデコピンを食らってしまう。「痛いーっ」
ふらつきながらも、自分を置いて店内へ入って行く二人を振り返る。
「マルー、僕アップルティーとポルポローネね♪」
「あたしはキャラメルかな、あと何か美味しいもの頂戴♪」既に席に着いて注文までしているではないか。
「むー…」
ちょっと不満なマルーム。
「んー?この店は客を待たせんのォ?」
先刻と同じ笑いを浮かべて殿下は言う。
「無銭飲食して行くクセにー」
マルームはそう言いつつもカウンターに戻って行く。
「それから、シナは美味しいものって注文の仕方はやめてよ」
本気で何を出そうか迷いながら文句を吐き出す。
「そっかぁ…綺姫琉には美味しいものが無いのか」
わざとらしくコクコクと頷いてみせるシナモン。
笑いを堪えているのか、少々口の端が上がり気味だ。「そっ、そんな事ないよ!どれも美味しいもん!」
カシャン
と音を立てて、お菓子がのった皿をシナモンの前に置く。「こっちはリュイのポルポローネだよ」
こちらは音も立てず静かに置かれる。
「紅茶は今淹れるから少し待ってね」
棚から茶葉の入った缶を取り出す為、二人に背を向けたマルームは言う。
「急がなくていいから美味しいの淹れてねん♪」
皿の上のお菓子から目を離さずに殿下。
「あたしは美味しいのを迅速に淹れて欲しいな♪」
シナモンは無理な注文を出す。
一瞬、無表情な顔で姉を見下ろす妹。その後、ふぅ…と溜息をつく。「そのケーキでも食べてゆっくり待ってよぉ」
と、それだけ言うとまた背を向けてしまった。
「シナ姉は相変わらずだねぇ、マルーもだけどさ。あ、そういえば二人は国外に出た事無いよねー?あ〜あの四人と会わせたいかも♪」
一人で何やら盛り上がっている殿下。
「マルー!リュイが変っ!!」
すかさず叫ぶシナモン。しかしその表情は普段と変わらぬ笑顔だ。
「なんとっ、変ですと!?失敬な★」
殿下はわざとらしい驚きのリアクションをしてみせる。
「元からでしょ?」
二人に温かい紅茶を差し出しながら、マルームは冷ややかな視線をおくっている。
「ぐはーっ!マルーが冷たひぃぃ」
「じゃあ紅茶で暖まって」更に冷たくあしらう。
「ううぅ…冷たひっ冷たすぎるぅっ……ずびび…ふはぁ、美味ー」
殿下はアップルティーを一口含むと、途端にほえほえオーラを撒き散らし始める。
「相変わらずなのはどっちなんだか」
今度はシナモンが冷たい視線をおくる。
「そうそう、さっき言った四人ってのは地上で世話になった灑紗那(ささな)家の人で、珠蘭の血と力を受け継いだ奴等なんだ。
僕らより三つ上の長女の諒紅龍(りょうこうりゅう)と長男の香良(こうりょう)、二つ上で次女の諒嘩(りょうか)と三女の良奈(りょうな)。
みんな珠蘭の特性である双子だし額には魔力の源である痣もある」
と、早口でまくしたてる様に喋りきる。「双子なのはさして珍しくもないけど、人間に近い混血者が痣を持ってるの?」
シナモンは口元に持っていこうとしていたカップを下ろし、珍しくも真顔で問う。
「珠蘭の血は凄く薄いんだけどね、何代も前みたいだし。殆ど人間だよ。たださ…」
そこで言葉を途切り、紅茶をすする。
「ただ、何?」
そう聞くマルームは洗い物の手が止まっている。
「母親が純血の祥蘭なんだよ。そのせいで珠蘭の力が隔世遺伝したとしか考えられない」
「祥蘭の純血?それって間違いなく王族じゃない?」
「そうだね。四部族共に純血者は王族にわずか残されてるだけだからね」姉妹は驚きを隠せない様だ。
「純血王族が地上の人間の元へ降嫁…大変な騒動だったろうね」
「いや全然」殿下はキッパリとシナモンの発言を切り捨てる。
「へ!?全然って…そんな馬鹿な事が!」
「ところがあったんだな〜♪祥蘭神殿の老師達はまんまと見掛けに騙されたのさ。
香良達の父親も額に痣がある、姿は珠蘭ソックリだ。古い考えしか出来ないお堅い老師達を陥れるには充分すぎるだろ?」悪戯っぽい笑みを浮かべ、楽しそうにクスクスと笑い出す殿下。
「はぁ…祥蘭の老師様達はまんまと騙されてくれたワケ、か」
信じられないという表情を浮かべながらも何となく納得するマルーム。
「ねぇ?それって未だにバレてないの?」
シナモンは好奇心に満ちた表情で殿下の顔を覗き込む。
「あー…、結婚してから…2、3年後くらいにバレて一騒動あったらしいよ。でもその時には4人とも生まれてたし。双子で年子ってのは大変そうだぁね」
もぐもぐとお菓子をほおばりながら呑気に言う。
「会ってみたいなぁ…その一家」
シナモンがぽつり。
「……マジ?」
紅茶のカップに口を付けたまま、殿下は上目遣いにシナモンを見る。
「…何を企んでんの?」
不審な目線を送る姉妹。
それを受け止める殿下はいかにも嘘臭い笑顔を浮かべている。「神殿の仕事入ってないよね?」
嘘臭い笑顔のまま口を開く。
「何も入ってないけど…本当に何を企んでるの?」
マルームは本当に嫌そうな顔をしている。
「じゃあ、しばらくこの店は休業にしよう。OK?」
今度は勝手な事を言い出す殿下。
微妙に焦り出した様に見えるのは気のせいだろうか?
殿下がそわそわし出す。「決めるなら早くしてくれ」
あきらかに焦っている。
「お休みにするのは、まぁ…問題はないんだけど」
「リュイが何を企んでいるのか、ソレが問題ねぇ」わざとらしく顔を背ける二人。
「別に何も企んでないって!ホラ早く早くぅ、どーすんの!?」
そう言って立ち上がる殿下。
そして殿下が立ち上がったと同時に店の扉が勢いよく開かれる。
「殿下!!」
大きな声で呼ばれた殿下はビクッとして固ってしまう。
「あら、キユス君。久しぶり」
シナモンが扉を開けた人物"キユス"に声を掛ける。
「お久しぶりです。シナモン姫、マルーム姫」
そう返すと、ペコリと丁寧に頭を下げる。
「うぁー…。いつも言うけど姫ってのはちょっと…」
「濃く王族の血を受け継いでいても所詮は貴族だものね、あたし達」そう言う姉妹に困った様な笑顔を向けるキユス。
だがその表情も長くは続かず、すぐに厳しい表情で殿下に向き直る。「殿下、国へお帰りになられたのなら真っ直ぐに王城の方へいらして下さいとあれほど申し上げた筈です」
「別に帰って来たワケじゃない。綺姫琉の紅茶とお菓子が欲しかったんだよ。マルーとシナ姉にも久し振りに会いたかったし」そう言うと荷物をまとめる。
「マルー、綺姫琉の休業の準備が出来たら知らせてね。コイツ使っていいから」
どこから取り出したのか、真ん丸で愛らしい黒い瞳をした純白の羽毛の鳥を差し出す。
「鳥さん?」
マルーは首を傾げながらも受け取る。
「ちょっとマルー、この鳥…」
何かに気付いたシナモンが恐る恐る白い鳥に手を伸ばす。
「え?…どうしたの?」
鳥に触れるか触れないかというところで手を止めたシナモンを不思議そうな瞳で見やる。
シナモンは殿下に視線を送る。
殿下はフッと口元に笑みを浮かべているだけで何も言わない。「この仔。ただの鳥じゃないでしょ、リュイ」
やはり何も言わない殿下。
「ん〜?普通の鳥にしか見えないけど…魔力も帯びてないし。この国特有の魔獣化した動物でもなさそうだし」
マルームは穴が開く程鳥を見つめる。
「ただの動物でもなければ魔獣でもないわよ。この鳥は間違いなく"聖獣"」
つい先刻まで賑わっていた店内がシン…と静まりかえる。
「殿下…聖獣はもう……」
動揺の余り言葉が続かないキユス。
「ふふ…そう、珠蘭王国の聖獣はとうに絶滅したという事になっている」
殿下がふわりと腕を上げる。
マルームの掌にとまっていた聖獣が軽やかに舞い上がり、静かに殿下の腕に舞い降りる。「先代の珠蘭王が保護したつがいが最期の聖獣とされている。しかし絶滅したという記録は無い。何故ならば…」
そこで言葉を区切ると、何かを取り出した。
木製の笛だ。
殿下が力一杯笛を吹く。「音がしない…?殿下、その笛は?」
キユスが問う。
ニヤリと笑う殿下。「もしかして、鳥笛…」
マルームの言葉が終わらぬうちにそれは起きた。
キユスによって開け放たれた扉から真白い大群が勢い良く飛び込んで来る。
紅茶店の客達はその美しい姿に魅せられ言葉を失っている。「何故ならば…聖獣は絶滅などしていないからだ。先の王が保護したつがいを僕が引き取り、隠し庭園で繁殖を試みたら…この通りさ。
聖獣を絶滅の寸前にまで追い詰めたのは魔獣。だから魔獣のいない王城地下の隠し庭園に住まわせたってワケさ」
「そっか…魔獣は聖獣の聖のオーラを反対の魔のオーラに変換してしまう、魔獣の多いこの国では聖獣は保護しないと滅ぶのは必至ね」
「何故それを今まで隠しておられたのですか!?これだけの数に増えたのなら隠し庭園の外に放しても問題はない筈です!」我に返ったキユスが噛み付かんばかりの勢いで意見する。
「問題は大アリだ」
落ち着いた口調の殿下。
「この国の魔獣と聖獣が生まれるメカニズム、でしょ?」
そう切り込んだのはシナモンだ。
「ビンゴ」
「確かに魔獣誕生のメカニズムは厄介よね、聖獣にとっては」マルームは憂いの表情を浮かべている。
「何が問題なのですか?厄介なメカニズムとは、一体…」
最早、理解が及ばないキユス。
「珠蘭王国の魔獣は、元を辿れば普通の動物だった個体が圧倒的。それは知っているな」
キユスは静かに頷く。
「この国は異空間に存在している影響で土地自体に魔力が宿っている。
だからこそ、昨日までただの動物だった個体が今日は魔獣として存在している、そんな話が当たり前になっている」一度口を休め紅茶で渇いた喉を潤す。
「そして更に繁殖によっても増えていくのよね」
深刻な顔のマルームが付け足す。
「そう。だが反面、聖獣は繁殖のみで増える。さらに魔獣に気を吸われ朽ちる個体も多い」
「そういう事ですか。ようやく納得致しました」店内を自由に飛び回り、走り回る聖獣達を見やりながらキユスが頷いている。
「放っておいても気が済めば自ら地下庭園へ帰るから…で、こいつはマルーに預けておく」
先程マルーに渡した聖獣を改めて差し出す殿下。
「うん。預かっておくね」
「さすが殿下。やる事が違いますねぇ」客の一人がやっと口を開いた。
「ま、あれくらいじゃなきゃ一国の王は務まらないのかもね」
「ましてや珠蘭は戦闘民族だしね」遠い目をした姉妹がボソッ。
「ところでここは紅茶店ですが…良いのですか?」
キユスが申し訳なさそうな顔をしている。
「紅茶店は紅茶店だけど…??」
マルームはキユスが何を言いたいのかわからず首を傾げている。
シナモンは思わずポン、とマルームの肩を叩く。「このドン…」
「え、えぇ!?何がぁっ??」マルームはキユスと姉を交互に見比べている。
本当に気付いていない様だ。
鈍感にも程がある…。「飲食店で生き物が暴れ回ってるんだけど…いーの?」
呆れたという顔でシナモンが聖獣達を指差し語気を強めて言った。
「ああぁぁぁ〜!!」
ようやく気付き思わず絶叫。
気付くのが遅過ぎである。「もぅ〜っ。リュイー!」
沈黙…。
「あ、あれ…?」
反応がない。
「ちょっと!?リュイどこっ?」
シナモンも辺りを見渡す。
「殿下?どこにいらっしゃるのですかっ」
キユスも姿を見失ったらしい。
「店内の者、殿下が店内にいるか報告なさい!」
入り口に立ったシナモンが店の中に向き、声を張り上げる。
客達は各々周りに目をやるがそれらしき姿は見当たらないらしくざわついているだけだ。「駄目ね、外へ出たんだわ。聖獣に紛れて行ったみたいね」
「リュイらしいと言えばらしいけど…キユス君にとやかく言われたくなかったのね」
「と、とやかく…」キユスはちょっとショックを受けている様子だ。
そうやってキユスが立ち竦んでいる間に聖獣達の姿はまばらになってきた。
地下庭園へ帰り始めたのだろう。「ま、休業はやむを得ないわね」
冷めかけた紅茶をすすりながらシナモン。
「リュイの言い出した事には逆らいようがないものね〜」
苦笑いしつつマルーム。
その肩には預かった聖獣が留まっている。「とりあえず返事しておかなきゃね」
バタンッ
「シナ!マルー!リュイが来てるって?」
二人の男が勢い良く入ってきた。
「残念。今帰ったトコ」
「珍しく店に顔出したと思ったら、クグロフ兄さんもセルクル兄さんもリュイ目当てなの?」不満そうな表情のマルーム。
二人はどうやらマルームとシナモンの兄であるらしい。「なんだよ、すれ違いかよ〜。クグロフが落馬なんかしてるせいだぞ?」
セルクルは同じ顔をしたクグロフに悪態をつく。
「俺のせいかぁ?セルクルが漢字理解出来てないせいじゃないか?」
クグロフは笑いながら茶化す。
「関係ないし」
「え?リュイに地上へ招待された!?」
「招待って言うか…無理矢理連れて行きたいだけだと思うよ」引きつりそうな笑いを浮かべたマルームは答える。
「いいじゃん。俺も行きたいよ。地上は王族の許可がなきゃ行けない所だしさ」
セルクルは身を乗り出している。
「王族って言うか、今はリュイしかその許可出せないしな。滅多にないチャンスだな」
クグロフも行く気でいる様子だ。
「シナは?行く?」
「勿論」その答えを聞くとマルームは紙とペンを魔法で出した。
さらさらとペンを走らせる。
独特の文字が書き綴られてゆく。
マルームは書いた手紙を小さな人形に変え聖獣へ渡す。「お願いね」
聖獣は小さな鳴き声をあげ、人形を掴むと窓から空へ舞った。
白い姿はやがて見えなくなる。
次元の境を越え、主の元へ…。
ダークレッドの髪をなびかせた者が手を天空へ向けている。
手に大きな白い鳥が留まる。
その者は鳥から何かを受け取った。
薄い笑みを浮かべて…。
END
ホントに誰が主人公なんだか…(汗)
一応これは続けられる話なんで…いつか続き書くと思われますです
その前に「かえりみち」執筆に取りかかるっスよ〜