「・・・くっっ」
ギリギリの位置まで身体をずらしたまま、 はぎゅっと奥歯を噛み締めた。
「・・・おねえちゃん・・・」
切り立った崖から宙吊りの状態で不安そうに見上げてくる洛陽を
安心させるように少しだけ微笑う。
「・・・大丈夫。絶対に助けてあげるからね?」
「・・・うん」
掴んだ手はもう感覚を失いかけている。
汗で滑りそうになるのを堪えるように、 はぎゅっと瞳を閉じた。
(・・・早く、早く誰か来てっっ!!)

 




素顔のままで

 





今日は気持ちが良い位晴れ渡った青空が広がっている。
刺客の襲撃も無く、朝から元気だった後部座席の2人も昼食後からは大人しく惰眠を貪っている。
「・・・のどかですねぇ」
バックミラー越しに仲良く眠る2人を見て、八戒は口元を緩めた。
「・・・静かで良いな」
助手席の三蔵も、心なしかいつもより穏やかな表情で煙草を燻らせていた。


「何か聴こえる!!」
不意に悟空がガバッと勢い良く身体を起こした。
「・・・ッテテ。何だよ?突然」
悟空に寄り掛かっていた為に、支えが無くなってジープにしこたま頭をぶつけた悟浄が
痛そうに顔を歪めながら後ろに寄り掛かる。
「どうしました?悟空」
「ん〜っと・・・アレ!」
八戒の問いにも答えず、何かを探っていた悟空の指差した先には
崖に宙吊りになっている子供と、それを助けようとしている少女がいた。
「・・・なんかヤバくねぇ?」
「八戒」
「・・・飛ばしますよ!!」
「「「おわっっ!?」」」
八戒がアクセルを踏み込むと同時に、目の前で子供の身体が宙に舞った。



「くっっ!」
流れ落ちる汗の所為で少しずつ滑っていた手がとうとう外れ、洛陽の身体が宙に舞う。
「きゃあぁっっ!?」
「洛陽っっ!!」
は反射的に身を投げると、洛陽の身体を庇うように抱き込んだ。
(・・・神様、この子だけはっっ)
徐々に近づいてくる地面。 は祈るように瞳を閉じた。
「八戒、止めろっっ!!」
聞き慣れない声が耳に届いたと同時にふわりと暖かいモノに包み込まれる。
(・・・な・・に・・・?)
さらりと何かが頬に触れ、ゆっくりと瞳を開けた の視界に映ったのは紅と金。
「大丈夫か?」
「怪我ねぇ?」
2人の言葉に我に返った は、自分の腕の中の洛陽を見た。
「・・・洛陽?」
「・・・ん・・おねえちゃん・・・?」
恐る恐る瞳を開けた洛陽に怪我が無い事を確認すると、 はほぅっと息を吐いた。
「・・・良かった・・・あっっ!?」
安心した途端に自分の置かれている状況を思い出した は、洛陽を抱えたまま慌ててジープを降りると
自分達を助けてくれた人物を改めて仰ぎ見た。
ジープの上から自分を見つめる4対の瞳に、鼓動が早くなる。
(・・・お礼、言わなくちゃ。早く・・早く・・・)
「あ・・・」
「洛陽っっ! !!」
口を開きかけた を遮るように声が聴こえ、振り返ると双子の姉が走ってくるのが見えた。
「涼華・・・」
「もしかして2人を助けて下さったんですか?」
自分達の様子を一通り見て4人を振り仰いだ涼華の行動に、 の胸がズキリと痛む。
(・・・また・・・)
「偶々通り掛かっただけですから」
運転席に座っている翡翠の瞳の青年が、人好きする笑顔で答えるのに
涼華はとんでもないと言うように首を横に振った。
「本当に有難うございました。旅の方ですよね?」
「はい」
「ウチは宿をやっています。お礼と言っては何ですが、是非いらして下さい」
「やったっっ、メシメシ!」
「久々にベッドだっっ」
涼華の言葉に後部座席の2人が騒ぎ出す。
八戒が三蔵をチラリと見ると、段々と眉間の皺が深くなっている。
それを見てここは好意に甘えた方が得策だろうと瞬時に答えを導き出すと、八戒はにっこりと微笑った。
「それでは、お言葉に甘えて」



いつも先に笑顔を見せるから
上手く笑えなくなった
“アノ娘と違って・・・”と比べられるから
長い髪を切った



「うめーーっっ!」
「あぁ。こんなのは久しぶりだな」
「本当に美味しいです」
「・・・・」
あの後一通り自己紹介をした後、涼華の案内で街に着いた一行は宿の食堂で出された料理に舌鼓を打っていた。
物凄い勢いで皿が積み重なっていくのに、新たな料理を運んできた涼華がくすくすと笑いを零す。
「好きなだけ召し上がって下さいね?この料理は全部 が作ってるんですよ」
「・・・へぇ」
「あのお嬢ちゃんが・・・」
「そうなんですか」
長い髪を揺らしながら、にこにこと笑顔を絶やさない涼華とは対照的に
少し不揃いな短い髪と冷めた表情から、中性的な印象を与える
「・・・・」
三蔵はすぐに他の話題に移った4人には加わらず、袂から煙草を取り出して咥えると
火を点けながら厨房の中の を見つめた。

『あ・・・』

何かを言おうと開きかけた唇。
涼華が自分達に向かって話し始めた時、何かを堪えるようにそれを噛み締めていた。
(・・・ったく。くだらねぇ)
小さな盆を持って が厨房の中から出てくるのに気づいた三蔵は、溜息と共に紫煙を吐き出した。
「涼華、私洛陽の部屋に行くから後は宜しく」
「え?あ、うん。・・・じゃあ、ごゆっくり」
にこやかに涼華がテーブルを離れ、軽く頭を下げた が扉の向こうに消えると
悟空が不思議そうに口を開いた。
「なぁ、何で は笑わないのかな?」
「・・・そうだよな。涼華ちゃんみたいに笑えば可愛いのにな」
「人見知りするタイプなのかもしれませんよ?」

「あの娘は昔からそうさ」

「「「え?」」」

「そうそう。涼華と違って可愛気が無くて」
「いつも無表情で冷たいんだよ」

突然会話に割り込んできたかと思えば、そこに居た客達が口々に好き勝手な事を言い始めた。
彼らの口から決まって出てくるのは“涼華と違って”。
「ふざけんな!」
黙って聞いていた悟空が、ガタンと椅子を倒して立ち上がった。
「おい、悟空・・・」
「確かに は全然笑わないけど、そんな風に悪口言うな!」
「な、なんだよ」
「何も知らないクセに・・・」
「何だと!?」
「悟空、落ち着いて下さい」
今にも飛び掛りそうだった悟空は、八戒に宥められて渋々席に着いた。
他の客達も其々自分達の食事や会話に戻っていく。
「だって、こんな美味いモン作れるんだから・・・」
「ええ。僕達だって彼女が冷たい人間だ、なんて思ってませんよ?」
「そうそう。冷たいヤツが身を挺してまで子供を助けようとはしないだろ?」
納得いかないと言うようにブツブツと呟く悟空を宥めるように、八戒と悟浄が声を掛ける。
「・・・・」
それを見ていた三蔵は、無言のまま立ち上がった。
「「「三蔵?」」」
「部屋に戻る」
自分を見上げた3人に一瞥も与えずに身を翻すと、三蔵は食堂を後にした。

 

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