アドヴェントクランツに灯る夢  −第二夜−

 

 

 

窓から外を眺める
何処か寂しげな面持ち。

殿」

名を呼びながら肩に手を置いたのは趙雲。
それにちらりと振り向くもすぐに視線は窓の外へ戻される。
外に見えるのはクリスマスイルミネーションに彩られた家々。

「クリスマスってさ、みんな家族や恋人と過ごすんだよ。でも、私は毎年独りぼっち」

ぽつりぽつりと語る
自分より小さな少女が更に小さく見えた様な気がした。
どこかで見ていられないと感じたのか。
気が付いた時には を己の腕の中に閉じ込めていた。

「趙雲!?」
「今は私がいます。一人などではありません」
「そう、だね。ありがとう…」

窓に映る趙雲に小さく微笑んで、その腕に頬を寄せた。
少しの間を置いて、 は趙雲の腕からパッと抜け出す。

「ね、アドヴェントクランツに火を点けようか」

振り返った顔には笑顔が咲いていた。
腕から逃げてしまった温もりが惜しい気もしたが、彼女に笑顔が戻ったのならそれで良い。
趙雲も笑顔を浮かべて頷き返し、二人は並んでダイニングへ向かう。
テーブルの上には一本の蝋燭にだけ火が揺れるアドヴェントクランツ。

(最初はどうしようかと思ったけど、これのお陰で楽しいクリスマスが送れそう)

趙雲が現れた時の事を思い出しながら、マッチの火を近付けた。
マッチから蝋燭の芯へ移る火。
は手元の火を消して二つの優しげな火をぼんやりと見詰める。

ゆらり

火が揺れた。
それは不自然な揺れ方で、 には見覚えのある揺れ方だった。

(まさか、ねぇ…)

そのまさか、であった。
一瞬大きくなった火。
趙雲は素早く の前に出て庇う体勢になる。
はそっと趙雲の背後から顔を出して炎の中から浮き出る人影を見た。
二本目の蝋燭から現れたのは夏侯惇だった。

(げ、蜀の人間と魏の人間が同じ場に…‥)

大丈夫だろうかと趙雲と夏侯惇を見比べる。
夏侯惇は突然見知らぬ場所に立っていた事について驚いている様で趙雲には気付いていない。

だが趙雲は当然気付いているわけで。
警戒で身を硬くしていた。
その空気が伝わったのか、夏侯惇は漸く趙雲とその背後から覗き見ている に気付く。

「貴様は…!」
殿、下がっていて下さい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。その険悪な空気止めてよー」

此処で戦い始めるのではないかと は気が気でない。
そんな を見て、趙雲は此処が自国でもなければ自分の住まう世界とはかけ離れた場所であった事を思い出した様だ。
ハッとして、笑みを浮かべてくれる。

「そうでした。此処は戦う事を許されない場所でしたね」

二人のやり取りに夏侯惇は付いてゆけず、戸惑っていた。

「私は蜀の趙子龍。魏の夏侯元譲殿とお見受けしますが、此処は此方にいる 殿の屋敷。
どうか気を静めて頂きたい。この場では我々が争う事に意味はありません」

趙雲は夏侯惇へ淡々と語りかける。
しかし夏侯惇はいまいち現状を把握し切れていないらしく眉間に皺を寄せて趙雲を睨んでいる。
一色触発の雰囲気に はハラハラするしかない。

(あ!)

ふと、思い付いた。
趙雲の背後から離れて窓の方へ駆け寄る。
その突然の行動に趙雲はヒヤリとした。
彼女は夏侯惇の横を駆け抜けたのだ。
もし、その時に攻撃でも仕掛けられていたら…。
幸い、夏侯惇も趙雲同様 にはさして気を向けていなかったらしく何事もなかったが。

殿、一体…」
「外を見て。此処が何処か、よく確認してみるのね」

ザッと音を立てて開けられたカーテン。
その向こうには見た事もない景色が広がっている。
夏侯惇は趙雲の事も少女の事も忘れ、窓の外を食い入る様に見詰めた。
その姿を確認した趙雲は安堵の溜息をそっともらす。
自分が出会った時といい、どうして彼女はこうも大胆なのか。
そんな趙雲を見て、 はクスリと笑う。
とてとて、と趙雲の側へ戻って来る

「へへ、びっくりしたって顔してる」
「そりゃあ…あんな危ない事はしないで下さい。目の前で貴女に何かあったら悔やんでも悔やみきれない」

困った様な、仕方がない人だな、とでも言いたげな笑みが浮かべられる。

「ところで、先程の火はなんだったのでしょうね」
「…あー、そうね〜」
殿?」

思わず視線を逸らした はくいと顎を掴まれて趙雲の方へ引き戻される。

「何か知っている様な素振りですね」

にっこりと魅力的な微笑。
はわたわたと視線を泳がせる。

(そんな微笑んで顎掴まないでよ〜!!)

「あー、なんだ、邪魔して悪いんだがな…」

遠慮がちに声を掛けたのは夏侯惇。
それではたと我に返った趙雲は慌てて手を離す。

「…っ、こ、これは失礼を!」
「えっと、うん、平気…。それで、えーっと」

の視線が夏侯惇へ向く。

「ああ、夏侯惇だ。 殿と言ったか?」
「はい。…ま、趙雲にも勘付かれた事だし話しちゃうね。二人が現れた原因はアレだと思う、多分」

はアドヴェントクランツを指差す。

「やはり、先程の様に私もあの炎の中から…」
「うん、確信が持てなかったから黙ってたんだけど…夏侯惇殿が同じ様に出て来たから、これは間違いないなと思って。
でも火を消しても趙雲は消えなかったし、戻る方法には繋がらないみたいだけど」

三人はアドヴェントクランツへ目を向けた。
この火を消しても元いた場所に戻る事は出来ないが、この場へ来た原因である事は間違いない様だ。

「なんの変哲もない飾りなのに…」

は不思議そうな顔。

「何かの呪いの道具なのではないのか?」

夏侯惇が へ問う。
それに首を横に振る事で答える。
詳しい由来はわからないが、クリスマスをカウントダウンする小道具的な飾り物という感覚しか持っていなかった は自信は持てなかったが否定する。

(呪術とかとは関係ないよねぇ…?)

「取り敢えず!!」

は声を張って言った。
シリアスな場は得意ではないから。

「私は明日学校だし、もう休まなきゃ。趙雲にお願いしてもいいかなぁ。ほら、物の使い方とか色んな事の説明」
「ええ、勿論。この七日間で私も随分色々な事を見知りましたから、一通りの説明は出来るかと思います」
「じゃ、部屋の支度しないと〜。えと、私のいない間、喧嘩しないでね…?」

恐る恐る、 は二人を交互に見やった。
趙雲と夏侯惇は思わず顔を見合わせ苦笑。

「承知した」
「約束致します」

二人は笑って、結留に微笑んだ。

 

 

 

は趙雲がいる事で先週とは違い安心して授業に集中出来た。

(惇兄も戸惑ってるんだろうなぁ。ちょっと見てみたかったかも)

そっと、口元にだけ小さな笑みを浮かべてカバンを肩にかけた。

〜かーえろー」

友達二人が手招きしている。

「あ、うん。って置いて行くな!」
「早く早く、外見てみなよ」

二人の友達は の体を窓の方へ向ける。
窓の外には無機質な街並みが広がっている…筈だった。

「わ…!雪降ってたんだ!!」

廊下側の席である は雪が降り始めていた事を知らなかった。
あっという間に街を白く染めた雪は今もひらひらと舞っている。
三人ではしゃぎながら学校を出ると、聞き慣れた声が耳に届いた。

誰だと思い、声のした方を見れば…。

「かッ夏侯惇殿…!?」

小さくだが、驚きの声を上げてしまう。
その横には趙雲がいる。

「ちょっと趙雲、なんで夏侯惇殿連れ出してるの!?」

言いながら趙雲へ駆け寄る。
すると雪で足を滑らせバランスを崩してしまう

「っと、危ないぞ。足場が悪い所で走るな」

がっしりとした腕に支えられた。
見上げれば腕の主は夏侯惇。

「あ、ごめんなさい…」
「いや、平気か?」
「はい、なんともないです」
「だから心配だったんですよ。二人でお迎えにあがりました」

そこでハッとする。
そろそろとした動きで後ろを振り返ると…。
ニヤニヤとした表情の友達二人の姿。

(ヤバイ…二人には趙雲見られてるんだ)

「やーだなぁ、 ったら彼氏に迎えに来て貰っちゃって!」
「見せ付けてくれるわね〜」
「や、それ違うから、勘違いだって」
「「じゃ!邪魔者は退散するわ〜」」

きゃーきゃーと騒ぎながら二人は足早に去って行ってしまった。

「人の話聞きなさいっての」

空笑いで二人の背を見送る は頬が引きつりそうになっている。

「ご友人方、行ってしまいましたが良かったのですか?何か約束などがあったのでは」
「え、何もないよ。気にしないで。帰ろっか、折角向かえに来て貰っちゃったし」

えへへ、と嬉しそうに笑う に趙雲と夏侯惇は自然に笑みをもらす。

「ああ、女官から買い物を頼まれていたんだったな」
「だから女官じゃないって…」
「これが買ってくる物だそうです。寄り道しながら帰りましょうか」

趙雲は買い物リストらしき紙を一枚 に渡す。

「そうだね。新しいマフラー欲しいんだよ〜、買っちゃおうかな!」

不意にスキップでもしそうな勢いの の手が握られる。

「転ぶぞ」

夏侯惇の手に、自分の手が握られていた。
反射的に手を引こうとするも叶わず、しっかりと繋がれたまま。
どうやら夏侯惇には危なっかしい娘と認識されたらしく、家に着くまで放して貰える事はなかった。

 

 

 

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−2005/12/25−