アドヴェントクランツに灯る夢  −第三夜−

 

 

 

趙雲がこの家で生活を始めて二週間。
夏侯惇も既に一週間この家で過ごしている。
今日は三本目の蝋燭に火を灯す日。
つまり日曜日である。
は迷っていた。
蝋燭に火を灯すべきか、止めるべきか。

(また誰か出て来ちゃったらどうしよう…)

火を点ける度にその中から無双キャラを吐き出すなんとも怪しいアドヴェントクランツ。
この調子ならば、きっと、また誰かが現れるだろう。

(でも、止めたせいで二人が帰れなくなる可能性があったら大変だし)

が考えていたのは、各国から一人ずつ現れて四本目に火を灯した時に帰って行く、という筋書きだった。
それが正しいとすればこれまで通りにした方が良い。

「どうだかわかんないけどねぇ…」

溜息と共に出て来たのは自信のなさそうな声。
当然、その考えは憶測でしかなくて、やってみなければわからない。
非常に不安だ。
外れていたら、どうやって彼らは帰ればいいのか。

「何がわからないんだ?」

ソファで蹲るように座っていた を上から覗き込む様にして声を掛けたのは隻眼の武将。

「わゎ、惇兄、いつからいたの!?いっつもビックリさせないでって言ってるじゃん!」

ビクッと背筋を伸ばした は自分を見下ろす夏侯惇を睨んだ。
可愛らしく睨まれても怖くなどなく、夏侯惇は微笑んで隣に掛けた。

「何やら考え込んでいる姿が見えたのでな。悩みか?」
「えー…まぁ、悩みと言えば悩みだけど」

思いっ切り彼らの事なので、言うに言えず口を噤む。

「ふ…無理に聞こうとは思わん。だが、聞いて欲しい時はいつでも聞こう。その時は迷わず頼れ」

優しい目で を見詰め、抱き寄せる様な格好で肩をぽんぽんと叩く。

「…うん、ありがと」

は悩みの内容こそ言わなかったが、素直に嬉しそうな顔を見せた。

「あーあ、こういう優しくてカッコイイお兄ちゃん欲しかったー」

思わず真顔で呟いた言葉は本音。
聞こえてしまった夏侯惇は照れているのかそっぽを向いた。

(うん、もう駄目で元々。二人来ちゃったんだもん、三人目だろうが四人目だろうがドンと来いだ!)

寂しい家が明るくなった。
にとってはこの上なく幸せな事。
彼らには悪いが、暫く家族ごっこに付き合って貰っても我が儘ではないだろう。
何年も寂しい時を過ごしてきた なら。

「ね、趙雲って部屋かな?」
「ああ、そうだと思うが…どうした?」
「今日は日曜日だもん。アドヴェントクランツに火を点けるのー」

ぴょんと、ソファから飛び出す様に立ち上がる。

「あの飾り物か?」

自分を呼び出したらしい物だとは知っているので、その表情は複雑そうだ。
二人も呼び出したというのにまだ続けるつもりなのか、とでも思っているのだろうか。

「そ、あのアヤッシーイ飾り」

ニヤリ、と笑って見せる。
こうなったら次は誰が現れるのか楽しんでやろうではないか。
蜀、魏、と続いたからには次は呉。

(呉か…。孫策だけは勘弁して欲しいかも。なんか、家の中引っかき回されそうで怖いし)

いや、趙雲や夏侯惇と手合わせをしたがるかも知れない。

(頭のいい人が望ましいんじゃ…?そうだよ、何かわかる事があるかも!
周瑜とか陸遜とか、諸葛瑾でもいいかな。個人的には堅パパにも会いたいけどね…)

また何やら考え始めた様子の を見て、
アドヴェントクランツの問題について策があるのではと思った夏侯惇はダイニングへ向かう とは別の方へ足を向けた。
趙雲を呼びに。
がダイニングテーブルの前に着いたと同時に趙雲と夏侯惇もダイニングへと足を踏み入れた。

「あ、惇兄、趙雲呼びに行ってくれたの?」
「ああ、三人目が現れるかも知れんからな。初めから全員揃っていた方が良いだろう」

それもそうだと頷く
趙雲も同様に、一度頷いて見せた。

「いざ!」

真剣な面持ちでマッチを一本箱から取り出す。
一つ息を吐いてから、しゅっとマッチを擦る。
ゆっくりと、慎重な動作で蝋燭に火は灯された。
そしてやはり揺れる小さな火。
大きくなった瞬間、もう一人、呼び出されたのだった。
赤い炎の中から現れたのは、炎と同じ様に赤い服装の人物。
陸遜だった。

(火の中から放火魔が…!!)

ちょっと笑いそうになるが は持ち堪える。
ここで笑ってしまっては知らないフリを続ける事が出来なくなってしまう。
趙雲と夏侯惇は気を張っている。
陸遜が自分たちに、或いは に襲い掛かる事がない様に、と。
まず、陸遜は驚いていた。
先に呼び出されていた二人と同じ反応。
これは仕方がないだろう。
そして周囲を見渡し始める目に、敵将の姿と、少女の姿が映った。
僅かだが目を見開いた陸遜。

「貴方がたは…!」

戦闘態勢に入ろうとして、違和感を覚える。
二人も警戒は怠っていない。
だが手に武器を取ろうとはしていなかった。
と言うよりも、丸腰の様に見える。

「落ち着け。俺達はお前と戦う気はない」

夏侯惇が口を開く。

「見て、おわかりになるでしょう。此処は貴方の住まう呉ではありませんし、蜀でも魏でもない」
「全く違う国だよ。剣を下げて、ここは戦う場所じゃない。ううん、戦うなんて絶対に許さない」

夏侯惇の後を引き継ぐ様に言った趙雲と、静かに威圧する様な視線を向ける
戦闘の心得などない様に見える隙だらけのこの少女にしては強い瞳だった。
ぐっと、気圧された様に感じてしまうのは何故か。
しかし今はそれを気にする場合ではなくて。

「違う、国…?そんな、馬鹿な…‥」

どうして一瞬の間に違う国へ移動出来るのか。
受け入れられないのも当然。

「動揺するのも仕方あるまい。俺も、趙雲殿も、そうだったからな」
「も?」
「そうです。私達も貴方と同じ様に此処に迷い込んだのですよ」

夏侯惇は肩を竦め、趙雲は穏やかな表情を見せる。
軍師である陸遜がわからない筈もない。
誰一人嘘など吐いている様子はなくて。
何より、見た事のない調度品が並んだ室内や三人がまとっている衣服を見れば一目瞭然なのだ。

「初めまして、ようこそ…って言ったら変かなぁ。私は 。ここは私の家だよ」

にこにこと笑みを浮かべる には先程の不思議な威圧感はない。
毒気を抜かれた陸遜はつられる様に自己紹介をしたのだった。

「あ、こちらこそお邪魔致しております。陸遜と申します」

 

 

 

陸遜がやって来て一週間が経った。

(一週間が早い…楽しい日々はあっという間に過ぎるものなのね〜)

少し残念に思う。
もし、 の考えていた事が本当なら…。
それを考えると気が滅入りそうだ。
一度にいなくなってしまうだろうから、そうなれば一気に寂しい日々が舞い戻って来る。
吐き出された溜息は重かった。

殿?」

名を呼ばれて振り返れば陸遜。
こうして誰かと過ごす暖かい家は今日一日で終わるかも知れない。

「どうかしましたか、覇気がありませんね」
「ちょっとね、考え事ー」

そう言って誤魔化す様に笑う。
そしてはたと思い出した。
三本目の蝋燭を灯す時、考えていたではないか。
知恵を借りられる相手だったらいいな、と。

「わー、私ってばマヌケ!忘れてた」
「なんです、突然?」
「陸遜!ちょっと聞いて」

身を乗り出した は真剣な目をしていた。
陸遜も真剣な表情に切り替えて話を聞く体勢になる。
それを見た は安心して話を始めた。
この一週間思っていた事、四本目に火が灯った時にそれぞれ国に帰る事が出来るのではないかという事を。

「成程。時々何か思い詰めている様子だったのはそれですね」
「え、あれ、そうだったかな?で、陸遜はどう思う?」
「一理あるのでは、と思いますよ。その可能性は捨て切れません。ですが真偽の程は定かではありませんし、やってみないと判明しないでしょうね」

やはりそうか、と肩を落とす

「気落ちするのは早いですよ、 殿。やってみましょう」

クスクスと笑って、陸遜は の背中を一度軽く叩いた。

「そだね。でも、待って!」
「は、はい?」

ダイニングへ向かおうとする陸遜を真顔で引き留めた
ちょっとつんのめって、陸遜は歩みを止める。

「まだ、だめ!」

陸遜は力一杯放たれた言葉に首を傾げてしまう。
その声が聞こえたのか、趙雲と夏侯惇も二人の元へやって来た。

「どうしたんです?」
「趙雲!惇兄!遊びに行こうよ、みんなで行きたい所があるの」

ぴょんぴょんと趙雲へ寄って行った に陸遜は気に食わないという表情を向ける。

「いいですよ」
「ああ、 が行きたいと言うならば共に行くだけだ」
「ねぇ、陸遜、いいでしょ?で、帰って来てから火を点けようよ」

の言葉に納得した。
今、火を点けて帰ってしまったらそれで終わってしまう。
皆で最後に楽しんでからでも遅くはない筈。

「そうですね、行きましょう」

陸遜が頷いた事で四人一緒に出掛ける事が決定。
嬉しそうにしている を見て、男三人も表情を緩めた。
すぐに準備を始め、 の案内でやって来たのは広くて寒い場所。
三人は、この世界へ来て始めて建物内でも寒い場所に来た。
それもその筈、此処はスケート場。
寒くなくてはリンクの氷が溶けてしまう。
が手際よく受付で全員の分のスケート靴をレンタルし、ベンチに腰掛けて履く事に。
言うまでもなく、スケート靴の履き方など知らない三人は長い靴紐に困惑気味。

(ちょっと得した気分。こんな表情、ゲームじゃ見れないもんね)

に教えられながら履いたのはいいが、こんな履き物で一体何をするのか。
思う事は一緒らしく、顔を見合わせてしまった。

「さて、履けたし行きますかー。こっちだよ」

靴に付いている金属は怪我をする恐れもあるから気を付ける様にと忘れずに伝えながら、容易く立ち上がって見せた
これだけ不安定そうなのに、さも簡単そうに歩いている姿を見て、三人も重い腰を上げ立ち上がる。
立てなくもないが、 の様に楽に歩いて行くのは非常に難しかった。
それでもなんとか歩いて行く。
のんびりしていたら に置いて行かれてしまいそうで、必死に追いかけた。
低い壁の様な塀の様なものがある場所で は待っていた。
そして壁の内側を指差した。
目を向ければ一面に張った見た目にも厚みのある氷の地面があって。

「建物の中に氷が…!」

驚きの声を上げたのは趙雲だ。
声こそ上げないが夏侯惇と陸遜も同様に驚きの表情。

「この上を滑って遊ぶの。上手く滑れると楽しいよ」
「だが、この履き物は…歩くのも辛いな」
「ええ…」

初めて履いたスケート靴に四苦八苦して、夏侯惇は横の趙雲へ言う。
全くその通りだという顔で趙雲は頷く。
見た事のないよろよろと慎重に歩いている姿に、 は込み上げる笑いを押さえ込む。

「慣れるとそうでもないよ」
殿は平気そうに歩きますね」
「うん、毎年やってるし」

感心した様に言う陸遜に返事をしながらリンクへ出た はスーッと滑り出す。
ピタ、と止まって手で招き寄せる。
に倣って陸遜もリンクへ一歩踏み出す。

「わ…!?」

リンクに出た途端に転んだ陸遜。
思わず爆笑してしまう
そう、スケートを楽しみたいという思いもあったが、実は三人の間抜けな姿が見られたら面白いなと思って以前から連れて来る事を考えていたのだ。
少し恥ずかしそうにはにかみ笑いを浮かべる陸遜。

「ふふ…大丈夫?立てそう?」

は手を差し出す。
一瞬躊躇うも陸遜は笑顔で手を重ねる。
転んだ陸遜を見たからなのか趙雲と夏侯惇はそっと氷にスケート靴を乗せた。
ふらふらしながら滑り出す三人。

「む、これは、なかなか…」
「均衡を保つのが難しいですね」

面白い光景だなぁと思いながら も滑り出す。
危なげなく氷の上を進む はすぐに三人に追い付き追い越してしまう。

「流石にお上手ですね」
「そんな事ないよ。陸遜だってすぐに上手くなるよ、運動得意でしょ?」

滑ろうよ、と差し出された手を、陸遜は躊躇わずに取ると二人で滑り出す。

「まるで姉と弟だな」
「そう、ですか?」

微笑ましいと言わんばかりの夏侯惇。
対して趙雲の表情からは不満さが滲む。
そんな二人を余所に、 に引っ張られた陸遜は結構なスピードで一周回らされていた。

「は、速くありませんか!?人に、ぶつかりますよ!」
「大丈夫ー。それに陸遜だってこうした方が早く慣れるよ」

要するに習うより慣れよという事らしい。
確かに武将として鍛えている陸遜ならばその方が早いだろうが。

「え… 殿!?」

不意に放された手。
を見やれば「がーんばれー、陸遜」と悪戯っ子の笑みで手を振っている。
あれだけの速度が出ていたにも関わらず、 は趙雲と夏侯惇の間でピタリと静止していた。
陸遜が気付かぬうちに、リンクを一周していたのだ。

「鬼だな、

夏侯惇は思わず呟いた。

「惇兄もやるぅ?」
「いや、まぁ、遠慮しておこう」

覗き込んで聞く に苦笑して断る。
少し移動するだけでも結構大変なのだ。
あの様に速度が出せる様になるにはまだ時間が必要だろう。
何より止まり方がわからない。

殿、滑り方は教えてくれないんですか」
「えー、教えてって言われてもな…。教え方わかんないし」
「では、 殿はどうやって?」
「自力だよ。何度も転びながら感覚で覚えていくしかないね」

浮かべられた笑顔の裏に良からぬ企みを感じた二人だった。
初めから醜態を楽しむ腹であったのだと、気付かされた瞬間でもあった。

「人が悪いですね」
「全くだ、悪趣味だな」
「あ、ひどーい。だってみんな何やってもすぐにこなしちゃうでしょ。難しいとやり甲斐もあるし楽しんで貰えると思ったのに」

格好悪い所も見てやろうと思ってたけどね、と舌を出したがそれが本音だろう。

「ええ、本当にやり甲斐がありますね」
「ぎゃー、陸遜!急に出て来ないでよッ。てか、生還おめでとう」

茶化す様に言う を陸遜は追いかけ始める。
笑いながら逃げ出す は他の客を巧みに避けつつ一定の距離を保ちながら追われ続ける。
の荒い指導の効果なのかコツを掴んだのか、短時間で随分上達した陸遜であった。

 

 

 

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−2005/12/28−